日に向かう花

環 花奈江

文字の大きさ
上 下
28 / 70
4章 疑惑

しおりを挟む
 虫騒動の翌朝、篤樹は登校するや否や、洋輔を相手に愚痴をこぼした。

「なーんか昨日は、思いっきり肩透かしを食らった気分でさ」

 洋輔の席の脇にしゃがみ込んだ篤樹は、口を尖らせながら葵の弟に訴えかける。
 篤樹は確実に好意を伝えたはずだった。それなのに、彼女の語る虫ネタのインパクトでその辺も全てうやむやにされたのだ。

 ……まさかとは思うけど、俺の話の続きを封じるためにあのおぞましいゴキブリ話に持って行ったんじゃないよな?

 『何も思っていない人と……』と篤樹が切り出した際の、葵のあの困惑しきった顔を思い出すに、そう疑いたくもなる。
 その話題には触れないで欲しいから色気の欠片も無い虫の話なんてされたのでは……そう考えているうちに昨夜はひどく落ち込んでしまい、いっそ兄ちゃんに相談でもしようかと思ったが、遠方に住んでいる人にわざわざこの気分を電話口で語ったり、文章に直してメールするのもためらわれて、結局、一番身近な関係者にぶつけることにしたのだ。

「なぁ、もしかして俺ってお前のねーちゃんにとっては弟みたいなもんで、男として扱われてないのかな?」

 ここは、そんなことないだろ、と全力で慰めてほしいところだったのだが、洋輔はさもありなんとばかりに大きく頷いた。

「そうだろうな。いや、そうだと思ったよ。あの人見知りの激しいねーちゃんが、会うの二回目の男にあそこまでフレンドリーな訳ねぇもん」

 さすが弟。洋輔は一目で葵の抱いている感覚を見抜いていたらしい。

「やっぱりねーちゃんはどこまで行ってもねーちゃんだったな」

 ゴールデンウィークに言われたこの言葉が、再度聞かされた今はずっしりと重く篤樹の頭上にのしかかってくる。
 篤樹は洋輔の机の上に力無く倒れ込んだ。

「なんだよ……そこら辺、分かってたんならちゃんと教えろよ」
「だって、篤樹はねーちゃんのこと何とも思ってないなんて言うから、必要ないかと思ってさ」

 洋輔はからかうような目で篤樹の顔を覗き込んできた。

「けど、その様子だとちょっとは意識してきたってことだよな?」
「……残念ながら、ちょっとどころじゃない」

 昨日、葵の口から飛び出した『あっちゃんとは何でもない』発言やその後の一連の態度は、全てが想像以上のダメージをもたらしている。ここまでの凹み方になるということは、要するにそういうことなんだろう。
 洋輔は慰めるように落ち込む友人の肩を叩いてくれた。

「大丈夫だって。あのねーちゃんならライバルもろくにいないし、このまま一緒に試験管振ってりゃ自然となるようになるだろ」

 とてつもなく楽観的な意見を洋輔が述べたとき「えー、そうかなぁ?」と突然口を挟んできた子がいた。璃子だ。偶然隣のクラスから友人を訪ねて来ていて、篤樹たちの話を聞いていたらしい。

「何だよ?」

 璃子がそこにいると気付いていなかったのと、話を勝手に聞かれていた不快感で、篤樹の声は自然と低くなる。
 しかし彼女はそれにめげることなく、妙に明るい声で言い放ったのだ。

「だって、高梨先輩って彼氏がいるらしいよ」
「え」

 思わず声をハモらせてしまう男子二人を、これだから男ってのは、と璃子は半ば憐れみを込めた目で見回してくる。

「彼氏がいないなんてあっちゃんの希望であり、高梨くんが教えてもらってないだけなんでしょ。先輩だってもう高三なんだから彼氏の一人や二人、いてもおかしくないよ」
「その話、誰から聞いたんだよ?」
「この前カラオケ行った時、宮沢先輩から」
「ホントだろうな?」
「疑うなら高梨先輩本人に聞いてみたらいいじゃん」

 璃子の言葉に、篤樹と洋輔は弾かれたようにお互いの顔を見合わせてしまった。そこを真正面からぶつかれと?

「しょうがないなぁ。じゃあ私が聞いておいてあげるよ」

 自分が聞き出すと名乗りを上げようとしない二人の様子に苦笑した璃子が、自らその役目を買って出てくれた。

「こういうのは女同士の方が余計な腹の探り合いがなくていいもんね。じゃあ次の部活の時、結果発表してあげる」

 璃子は楽し気に言うと、友人との会話に戻っていったのだった。

 ……まさかの彼氏持ちと来たか……。

 篤樹の胸にはまだ強い衝撃が残っている。そうか……それだから篤樹から向けられる好意を迷惑に感じたというのなら、辻褄はあうけれど……。
 葵が他の男と並んで歩く姿なんて全く想像できない。いや、想像したくないだけか。
 篤樹は何とも言えない情けない表情を浮かべて、洋輔と顔を見合わせるしかなかった。



 璃子の言う次の部活というのは翌週ではなかった。中間試験があり、その一週間前から部活動は休みに入ってしまったのだ。
 だから篤樹が再び化学実験室へ顔を出したのは、璃子と約束をしたちょうど三週間後、6月も半ばのことだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

ロリっ子がおじさんに種付けされる話

オニオン太郎
大衆娯楽
なろうにも投稿した奴です

連れ子が中学生に成長して胸が膨らむ・・・1人での快感にも目覚て恥ずかしそうにベッドの上で寝る

マッキーの世界
大衆娯楽
連れ子が成長し、中学生になった。 思春期ということもあり、反抗的な態度をとられる。 だが、そんな反抗的な表情も妙に俺の心を捉えて離さない。 「ああ、抱きたい・・・」

お父様の相手をしなさいよ・・・亡き夫の姉の指示を受け入れる私が学ぶしきたりとは・・・

マッキーの世界
大衆娯楽
「あなた、この家にいたいなら、お父様の相手をしてみなさいよ」 義姉にそう言われてしまい、困っている。 「義父と寝るだなんて、そんなことは

婚約者に忘れられていた私

稲垣桜
恋愛
「やっぱり帰ってきてた」  「そのようだね。あれが問題の彼女?アシュリーの方が綺麗なのにな」  私は夜会の会場で、間違うことなく自身の婚約者が、栗毛の令嬢を愛しそうな瞳で見つめながら腰を抱き寄せて、それはそれは親しそうに見つめ合ってダンスをする姿を視線の先にとらえていた。  エスコートを申し出てくれた令息は私の横に立って、そんな冗談を口にしながら二人に視線を向けていた。  ここはベイモント侯爵家の夜会の会場。  私はとある方から国境の騎士団に所属している婚約者が『もう二か月前に帰ってきてる』という話を聞いて、ちょっとは驚いたけど「やっぱりか」と思った。  あれだけ出し続けた手紙の返事がないんだもん。そう思っても仕方ないよでしょ?    まあ、帰ってきているのはいいけど、女も一緒?  誰?  あれ?  せめて婚約者の私に『もうすぐ戻れる』とか、『もう帰ってきた』の一言ぐらいあってもいいんじゃない?  もうあなたなんてポイよポイッ。  ※ゆる~い設定です。  ※ご都合主義です。そんなものかと思ってください。  ※視点が一話一話変わる場面もあります。

夫は魅了されてしまったようです

杉本凪咲
恋愛
パーティー会場で唐突に叫ばれた離婚宣言。 どうやら私の夫は、華やかな男爵令嬢に魅了されてしまったらしい。 散々私を侮辱する二人に返したのは、淡々とした言葉。 本当に離婚でよろしいのですね?

結婚して四年、夫は私を裏切った。

杉本凪咲
恋愛
パーティー会場を静かに去った夫。 後をつけてみると、彼は見知らぬ女性と不倫をしていた。

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

処理中です...