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 午前中はずっとデスクワークをしていたその日、央樹は見上げた時計が昼を過ぎていることに気付いて、大きく両腕を伸ばした。ずっと同じ姿勢で作業をしていたからだろう、体からミシミシという音が聞こえそうだった。
 歳かなあ、なんて思って切なくなっている央樹に、主任、と声が掛かり、央樹は振り返った。そこには上田が立っていた。
「ああ、お疲れ様。今日も外だったのか?」
「はい。午前中だけですが」
 その言葉を聞いて央樹は上田の後ろに視線を向ける。けれど、そこに暁翔は現れなかった。
 そんな央樹の視線に気づいたのだろう、上田が、結城さんなら、と口を開いた。
「まだ仕事があるとかで、昼も戻らないそうです」
 一人で戻ってきました、と言われ央樹は、そうか、と答えた。央樹の表情が残念そうに見えたのか、上田がにこりと笑う。
「主任、結城さんと仲いいから、戻ってこなくて寂しいですか?」
「さ、寂しいって……部下にそんなことは思わないよ」
 お互いに大人なのだし、今は仕事中だ。寂しいとか、そういった感情を持ち込むところではない。
「まあ……そうですよね。ところで、主任、お昼まだですか?」
「ああ……」
「だったら、一緒しませんか?」
 社食でもいいですし、と言われ、央樹が眉を下げる。
「悪いが……弁当なんだ」
「そうなんですか。あ、もしかして彼女さん、ですか?」
 上田が変わらずの笑顔でそんなことを言う。央樹はそれにどきりと心臓を跳ねさせたが、冷静を装い、どうして急に、と笑った。
「最近主任、すごく円くなって優しくなったって、女子社員が噂してて。それで、もしかしてって、思ったんです」
 違いますか? と聞く上田に、違うよ、と央樹は答えて席を立った。
「彼女じゃないよ。僕の恋人は仕事だからな」
 央樹はデスクの足元に置いていた小さなトートバッグを手に取り、オフィスを出た。
 休憩室には数名の社員が居たが、席は空いているようだ。その一つへと落ち着いた央樹はバッグの中から弁当を取り出した。
「……僕にはこんなものを作るくせに、自分はちゃんと昼を食べてるんだろうな」
 手元のスマホの画面には移動を続ける暁翔の様子が見える。随分忙しいようだ。
 央樹はその画面を開いたまま弁当の蓋を開けた。から揚げに卵焼き、ブロッコリーのサラダに肉じゃがが入っている。シンプルだが手の込んだ弁当だ。暁翔がオムライスを作りに来たあの日から、暁翔は毎日こうして央樹に弁当を作ってくれていた。せめて昼だけでも自分の作ったものを食べさせたいという暁翔の気持ちらしい。断る理由もない央樹は、それを有難く食べていた。
 食べているのに、内側から支配されるような独特な感覚も、なんだか少しドキドキして、央樹はひそかにこの時間を楽しみにしていた。
「あれ? 柏葉主任?」
 いただきます、と手を合わせた央樹にそんな声が掛かる。顔を上げると、そこには猪塚がいた。同僚と二人で自販機の前にいるので、飲み物を買いに来たのだろう。
「お久しぶりです。その後、調子いかがですか?」
「ああ……もう大丈夫だ」
 央樹が頷くと猪塚がほっとした表情を見せる。
「それは、良かったです。今日は、結城さんはご一緒ではないんですか?」
 上田にも寂しいかなんて聞かれたが、どうやら自分と暁翔は一緒にいるのが当たり前くらいに思われているらしい。嬉しいが、正直少し恥ずかしい。
「そんな、常に一緒ではない。結城は基本、外回りだから」
「そうですよね。結城さんも、主任とは特別な関係とかじゃないって言ってましたし」
「そう……だな」
 央樹が頷くと、食事中に失礼しました、と猪塚が頭を下げてその場を離れていく。
「……特別じゃ、ない……」
 猪塚にはそう説明しているのか、と思うと、なぜか少し落ち込んでいる自分がいた。他人、特に会社の人間に『特別だ』なんて言えるわけがないのだから、当たり前のことなのだが、なぜか暁翔なら素直に『央樹はおれのもの』くらい言ってそうな気がしていたのだ。実際は、ちゃんと互いの立場を考えて言葉を選んでいた。それでいい。それでいいはずなのに、なぜかひどく寂しい気がして、央樹はスマホの中で忙しそうに移動する暁翔の位置情報をただぼんやりと見つめ続けていた。
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