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うちの鬼上司が飼うネコは
しおりを挟む「うわあ、猫だ」
「現場に迷い込んできたみたいで、親猫も迎えに来ないし、仕方なく保護してきたんだけど」
匠がオフィスで仕事をしていると、水谷が段ボール箱を抱えて戻って来た。その中を見て、匠が笑顔になる。
「まだご飯も食べないくらい小さいんじゃないですか?」
タオルにくるまれて力なく啼くその猫はとても小さかった。毛並みもまだ整っていない。
「とりあえず連れてきたはいいけど、どうしたらいいかと思って……」
水谷がため息を吐きながら周りを見やる。午後七時を過ぎたオフィスには、既に匠しか残っていなかった。
「猫飼ってる人なんていましたかね」
「真田くんとか飼わないかなあ?」
うちはペット禁止だしなあ、と水谷が段ボール箱をデスクに置く。
「温かくしてミルクでも置いておけば、一晩くらいここに置いてもいいかしら?」
「んー……どうですかね。とりあえず、店開いてるうちに子猫用のミルク買ってきますか?」
匠の言葉に水谷が、そうね、と答えた、その時だった。オフィスのドアが開き、まだ居たのか、という声と共に克彦が顔を出す。
「あ、お帰りなさい、市原主任」
匠がそれに気づき頭を下げる。克彦は、お疲れ様、と優しい顔をしてこちらに近づいた。
「その箱は?」
「あ……現場に子猫が迷い込んでて、保護したはいいけど、どうしたらいいのか……」
克彦の問いに水谷が答える。それを聞いて克彦が箱の中を覗いた。それから表情を険しく変えた。
「小さいな。水谷、今開いてる動物病院を探してくれ。辻本、捨ててもいいようなタオルか何かないか?」
「えっと……あ、カーディガンでもいいですか?」
匠が聞きながら、着ていたカーディガンを脱ぐ。克彦はそれに、買って返す、と言ってから、それを受け取った。
「主任、ここから車で十分くらいのところに病院あるみたいです」
水谷が自身のスマホの画面を克彦に見せる。匠のカーディガンで子猫を包んだ克彦は水谷のスマホの画面を自身のスマホで写真に撮り、匠を振り返った。
「辻本、付き合ってもらえるか?」
「あ、はい。行きます」
匠は慌てて自分の席からカバンを持ち上げる。それを見ていた水谷が、施錠は任せて、と微笑んだ。
「猫の方はおねがいね、辻本くん」
水谷の言葉に匠は頷いて、克彦と共にオフィスを出た。
「……そんなに急ぐ感じなの? 克彦」
「大分衰弱してるみたいだからな。それに拾った猫は、どんな病気を持っているか分からない。むやみに触れる前にちゃんと検査をした方がいい」
克彦が箱の中で大人しくなった猫を見ながら答えた。ちょうどエレベーターが来て、そのドアが開く。乗り込んでから、匠が、克彦、と口を開く。
「猫飼ったことあるの?」
「子どもの頃に、明彦が拾ってきてな。自分たちに知識がなくて、生死の境をさまよわせてしまって……それでも、十五年生きてくれた」
「そうなんだ」
「この子にはそんな思いをさせたくない」
エレベーターが一階へと着き、ドアが開く。克彦はビルを出ると、通りに向かって手を挙げた。ちょうど走っていたタクシーが目の前で止まる。
「もう少し頑張れな」
克彦は抱えた猫に優しく話しかける。その横顔が本当に愛しそうで、少しだけ猫に嫉妬してしまう匠だった。
病院で処置をしてもらうと、猫は心なしか元気になったようで、さっきよりも大きな声で鳴いていた。
「とりあえず、目立った傷もないし、病気も持ってないようです。飼い主が決まったら手続きもありますから、また連れてきてください」
獣医の言葉に克彦も匠もほっとする。会計をしてから病院を出た克彦と匠は、再びタクシーに乗り、自宅へと戻った。
「えっと……とりあえず暖かいベッドとトイレ、それから子猫用のミルクの用意、ね」
病院から貰った紙に書かれたことを読み上げ、匠が病院から買って来たものをダイニングテーブルの上に置く。
克彦はリビングのソファの傍にそっと段ボール箱を下ろした。
さっきまで元気に鳴いていた猫は、病院で貰ったミルクでお腹がいっぱいになったのか、今は小さな寝息を立て、ぐっすりと眠っている。
「無事でよかったね、克彦」
「ああ、そうだな」
匠はソファに座り、猫を眺める克彦に近づいた。箱の中で丸くなっている猫に手を伸ばす。指先で毛並みを撫でるが、ぐっすり眠っているのか、反応はなかった。
「……可愛い」
「うちで飼うか?」
このマンションはペット大丈夫なはずだ、と克彦が言う。匠は、どうしようかな、と猫の寝顔を見つめた。
可愛らしいその寝顔がいつも見れるのなら、それは素敵な時間をすごせるような気がした。
「まあ、よく考えるといい。とりあえず、夕飯を作るよ。今夜は長いから、夜食も作らなきゃな」
克彦がシャツの袖を捲り上げてキッチンへと向かう。
「どういうこと?」
匠が少し赤くなって克彦を見つめる。明日は休みだ。いつも週末は二人でゆっくりと過ごすのだが、そんな気合を入れてまで何かするのだろうか、もしかして朝まで抱かれちゃうとか……なんて思いながら答えを待つと、その子、と克彦が視線で段ボール箱を指す。
「多分、一晩見ててあげないと。ミルクだって勝手に飲めるわけじゃなさそうだし」
朝までどちらかが起きてることになると思う、と言われ、匠は、そっか、と視線を落とした。
朝までいちゃつくのかなんて考えた自分が恥ずかしい。そんな匠に気付いたのか、克彦がこちらへと歩み寄った。
「私も、この週末は匠と思い切り愛し合う予定だったよ」
克彦が匠の背後に座り、背中から抱きしめる。匠が振り返ると、克彦はその唇に優しいキスを落とした。
「ねえ、克彦……やっぱり俺にはまだペットを育てるのは無理みたい」
「そうか?」
「ん……まだ可愛がるより、可愛がられたい」
匠が克彦を見上げ微笑む。克彦はそれに頷いてもう一度匠にキスをした。
「うちにはもう、甘えん坊のネコが一匹いたな。私も今は、その一匹を全力で甘やかしたい」
「そうして、克彦」
匠が目を閉じ、克彦に体を預ける。すると克彦は匠の体を抱き上げ、膝の上に乗せた。
「飯は少し後にして、少しこうして居よう」
克彦が匠を抱き寄せる。匠はそれに抵抗することなく克彦の背中に腕を廻した。
克彦の胸に顔を埋め、その体温に甘えるように包まれていると、隣から小さな鳴き声が響いた。
「お呼びだな」
克彦が匠からそっと腕を解き、となりを見やる。子猫が起きたようだ。
「ミルクの用意をしてくるよ。匠は猫を見てて」
匠の体を膝から下ろし、克彦が立ち上がる。匠はそれに頷いてから、子猫を見つめた。
「……アレは、俺のだから、お前は他を当たれよ。ちゃんと探してやるから」
匠が真剣に子猫に言うと、克彦の小さな笑い声が聞こえた。けれど、匠は気にすることなく、子猫を見つめる。
分かったのか、分かっていないのか、子猫が、にゃあ、と鳴く。
「心配しなくても、私は匠のものだよ」
「ずっと?」
「もちろん」
克彦が頷く。匠は立ち上がると、キッチンに居た克彦に後ろから抱きついた。
「うちのネコはやんちゃだな」
「克彦がちゃんと躾けて」
「どうだろう? 私は甘いらしいから」
「じゃあ……ずっと甘やかして、ワガママネコに育ててよ」
「家では誰よりも甘やかしてあげるよ」
克彦が匠の頭を優しく撫でる。
このままずっと甘やかし続けて欲しい――匠はそう思って目を閉じた。
後日、子猫は真田が引き取ってくれることとなり、匠に毎日猫の画像が送られてくるようになるのだが、それはまた、別のお話。
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感想ありがとうございます!!
匠の元の部屋に関して、そういう展開もスッキリして良いかなとも考えましたが、克彦的にはおそらく「匠を手中におさめること」が一番だったと思うので笑、部屋を取り返しちゃうと一緒に暮らせないと思えば話題にもしない方が私的に克彦っぽいと思ったので、そちらを選択した次第です(〃艸〃)
でもきっと家賃は一切入れないようにしてたと思うし、更新しないことで彼らは部屋を追い出されたかもしれないですね!