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「どういうことだ?」
「どういうって……」
そのままを聞いたつもりだった。子どもなんかいなくても、家族になりたい、好きだと聞けたらそれだけで良かった。けれど、アサギにはそのままに伝わらなかったようだ。
「何かあったのか?」
アサギが怪訝な表情でユズハの顔を見つめる。
昼間ギンシュとナギサに会ったと言ったから、何か言われたとでも思ったのだろう。ユズハは、それに首を振った。
「何もない。ごめん、変なこと言って。お茶淹れようか」
ユズハが苦く笑って立ち上がる。心配をさせたくて、あんなことを言ったわけではない。だったらこのまま流して貰って、何もなかったことにしたいと思った。
「お茶なら俺が淹れる。ユズハは座ってろ」
身重なのだから、とアサギがユズハの後ろに付く。
「このくらい平気だってば。そもそも茶葉がどこにあるかも知らないだろ?」
ユズハがチェストの上に置いたままだった水差しを手に取り、チェストの引き出しを開ける。その瞬間、後ろから手が伸びて、引き出しの中に置いていた薬が拾われた。
驚いてユズハが振り返る。薬はアサギの手にあり、それをアサギが見つめている。
「それ……」
「……俺は仕事でこういったものを取り締まることもしている。これが何かも知ってる」
アサギは宮廷騎士団団長という肩書だが、騎士団といっても剣を振り回しているようなものではなく、昔からの名称を引き継いでいるだけで、実際は宮廷に関わる警備や貿易品の取り締まりをしていると聞いた事がある。きっとナミカがくれた薬もどこかの国から正規ではないルートで入ってくるものなのだろう。だから、知っているのだ。
アサギが薬を捨て、固まったままのユズハの体を後ろから掬い上げ、そのままベッドに投げる様に下ろした。水差しが床に転がり、派手に床を濡らしていく。アサギのスーツも汚していたが、アサギはそれに構うことはなかった。
「あれを飲んだのか? ユズハ」
こちらを見下ろすアサギの目が眇められる。怒の色を含んだその表情にユズハの背中が凍った。言葉が出てこない。
「お腹の子、殺したのか?」
アサギが乱暴にベッドに乗り上げる。そのまま体に乗られそうになり、ユズハは咄嗟に自分の腹を庇うように丸くなった。無意識だったけれど、ユズハの中に子どもを守りたいという気持ちがあったのだろう。
それを見たアサギが動きを止め、静かにベッドを降りた。今度はベッドの端に腰掛けて、ユズハの頭を優しく撫でる。
「薬は飲んでいないんだな?」
「……飲んでない」
ユズハが震える声で答えると、アサギの手がこちらに伸び、そっとユズハの手を取った。そのまま引き起こすと、ユズハを後ろから抱きすくめる。
「怯えさせて悪かった。でも……どうしてあの薬を持っているのか、どうしてあんなことを聞いたのか、それを聞いてもいいか?」
当然の言葉だと思った。お腹の中にいる子は、ユズハの子であると同時にアサギの子でもある。それを殺す薬がすぐそこにあるのだ。怒りと同時に恐怖も感じたかもしれない。
「あの薬は……ここの先輩に貰って……おれが子どもができたことに戸惑っていたからだと思う。親切心でくれたんだ。子どもを殺したいからじゃない」
ナミカはお守り代わりに、と言ってくれた。本当にその薬を使えと言っていたわけではないのだ。それを分かって欲しくて、ユズハは振り返り、その目を見つめた。
そうか、とアサギが頷く。少し優しい表情になったアサギに体を預けたユズハは、それに、と言葉を足した。
「アサギは初めから、子どもを作りたがってたでしょう? だから……アサギにとって大事なのは子どもだけで、この子が生まれたらおれは捨てられるんじゃないか、なんて思ったら、いっそのこと生まれない方が、アサギを自分の元に留めておけるんじゃないか、とか、王宮にも行かなくて良くなるんじゃないか、とか……色々考えちゃって」
ユズハが自らのお腹に視線を向ける。まさか自分自身の子が一番のライバルと感じるなんて予想もしていなかった。そして、予想していなかったことが、もう一つ。
「ユズハは、俺に捨てられることを怖いと思っているのか?」
アサギの声が少し嬉しそうだった。悔しいけれどその通りだ。ユズハはアサギをまっすぐに見つめた。
「……アサギが好き」
それが一番予想していなかったこと。あんなに嫌いだったのに今はこんなに愛しいと思う。体を初めて開いた相手だからとか、番になったからだとか、きっと思い込みみたいなものもあるのかもしれない。
それでも、知らないことを知らないと素直に言えるところも、ユズハのことを考えてデートに連れ出してくれたことも、発情期のユズハを気遣いながら優しく抱いてくれたことも、子どもが出来て、それを素直に喜んでくれたことも、全部を好きだと言える。
今、この先アサギとずっと抱き合えないと言われても、きっと他の人を選んだりはしないだろう。これはオメガの本能ではなく、ユズハの気持ちだ。
「俺も愛してるよ、ユズハ」
アサギがぎゅっとユズハを抱きしめ、頬にキスをする。ユズハが頷くと、今度は唇にキスをしてくれた。
「どういうって……」
そのままを聞いたつもりだった。子どもなんかいなくても、家族になりたい、好きだと聞けたらそれだけで良かった。けれど、アサギにはそのままに伝わらなかったようだ。
「何かあったのか?」
アサギが怪訝な表情でユズハの顔を見つめる。
昼間ギンシュとナギサに会ったと言ったから、何か言われたとでも思ったのだろう。ユズハは、それに首を振った。
「何もない。ごめん、変なこと言って。お茶淹れようか」
ユズハが苦く笑って立ち上がる。心配をさせたくて、あんなことを言ったわけではない。だったらこのまま流して貰って、何もなかったことにしたいと思った。
「お茶なら俺が淹れる。ユズハは座ってろ」
身重なのだから、とアサギがユズハの後ろに付く。
「このくらい平気だってば。そもそも茶葉がどこにあるかも知らないだろ?」
ユズハがチェストの上に置いたままだった水差しを手に取り、チェストの引き出しを開ける。その瞬間、後ろから手が伸びて、引き出しの中に置いていた薬が拾われた。
驚いてユズハが振り返る。薬はアサギの手にあり、それをアサギが見つめている。
「それ……」
「……俺は仕事でこういったものを取り締まることもしている。これが何かも知ってる」
アサギは宮廷騎士団団長という肩書だが、騎士団といっても剣を振り回しているようなものではなく、昔からの名称を引き継いでいるだけで、実際は宮廷に関わる警備や貿易品の取り締まりをしていると聞いた事がある。きっとナミカがくれた薬もどこかの国から正規ではないルートで入ってくるものなのだろう。だから、知っているのだ。
アサギが薬を捨て、固まったままのユズハの体を後ろから掬い上げ、そのままベッドに投げる様に下ろした。水差しが床に転がり、派手に床を濡らしていく。アサギのスーツも汚していたが、アサギはそれに構うことはなかった。
「あれを飲んだのか? ユズハ」
こちらを見下ろすアサギの目が眇められる。怒の色を含んだその表情にユズハの背中が凍った。言葉が出てこない。
「お腹の子、殺したのか?」
アサギが乱暴にベッドに乗り上げる。そのまま体に乗られそうになり、ユズハは咄嗟に自分の腹を庇うように丸くなった。無意識だったけれど、ユズハの中に子どもを守りたいという気持ちがあったのだろう。
それを見たアサギが動きを止め、静かにベッドを降りた。今度はベッドの端に腰掛けて、ユズハの頭を優しく撫でる。
「薬は飲んでいないんだな?」
「……飲んでない」
ユズハが震える声で答えると、アサギの手がこちらに伸び、そっとユズハの手を取った。そのまま引き起こすと、ユズハを後ろから抱きすくめる。
「怯えさせて悪かった。でも……どうしてあの薬を持っているのか、どうしてあんなことを聞いたのか、それを聞いてもいいか?」
当然の言葉だと思った。お腹の中にいる子は、ユズハの子であると同時にアサギの子でもある。それを殺す薬がすぐそこにあるのだ。怒りと同時に恐怖も感じたかもしれない。
「あの薬は……ここの先輩に貰って……おれが子どもができたことに戸惑っていたからだと思う。親切心でくれたんだ。子どもを殺したいからじゃない」
ナミカはお守り代わりに、と言ってくれた。本当にその薬を使えと言っていたわけではないのだ。それを分かって欲しくて、ユズハは振り返り、その目を見つめた。
そうか、とアサギが頷く。少し優しい表情になったアサギに体を預けたユズハは、それに、と言葉を足した。
「アサギは初めから、子どもを作りたがってたでしょう? だから……アサギにとって大事なのは子どもだけで、この子が生まれたらおれは捨てられるんじゃないか、なんて思ったら、いっそのこと生まれない方が、アサギを自分の元に留めておけるんじゃないか、とか、王宮にも行かなくて良くなるんじゃないか、とか……色々考えちゃって」
ユズハが自らのお腹に視線を向ける。まさか自分自身の子が一番のライバルと感じるなんて予想もしていなかった。そして、予想していなかったことが、もう一つ。
「ユズハは、俺に捨てられることを怖いと思っているのか?」
アサギの声が少し嬉しそうだった。悔しいけれどその通りだ。ユズハはアサギをまっすぐに見つめた。
「……アサギが好き」
それが一番予想していなかったこと。あんなに嫌いだったのに今はこんなに愛しいと思う。体を初めて開いた相手だからとか、番になったからだとか、きっと思い込みみたいなものもあるのかもしれない。
それでも、知らないことを知らないと素直に言えるところも、ユズハのことを考えてデートに連れ出してくれたことも、発情期のユズハを気遣いながら優しく抱いてくれたことも、子どもが出来て、それを素直に喜んでくれたことも、全部を好きだと言える。
今、この先アサギとずっと抱き合えないと言われても、きっと他の人を選んだりはしないだろう。これはオメガの本能ではなく、ユズハの気持ちだ。
「俺も愛してるよ、ユズハ」
アサギがぎゅっとユズハを抱きしめ、頬にキスをする。ユズハが頷くと、今度は唇にキスをしてくれた。
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