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【04】突然の別れ

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「ミューラ、荷物をまとめていらっしゃい」

 院長先生が言った。


「え、今すぐですか? 数日頂けたりはしないのですか? ねえ、院長先生、今回は前触れのお話ではないの?」

 ミューラの希望は通らないどころか、すぐに発つなど、いきなりすぎる。


 引き取りには普通、前触れがある。
 なのにミューラは何も聞かされていない。

 ミューラは、すがるように院長を見上げたが、院長は申し訳無さそうな瞳で首を横に振った。

「ごめんね、ミューラ。本来ならあなたの言う通りなのだけれど。あなたのお父様とお母様はここから10日以上かかる領地からいらっしゃったので、滞在時間も限られているの」


「そんなに、遠く……」

 ミューラは、すぐに発たなくてはいけない上に、これからそんな遠くまで連れて行かれるのかとショックを受けた。

 さらに――。

 
「そうだ。孤児院の荷物など必要ないでしょう。処分していただけますか」
「そうね、これからは貴族として生きていくのだもの。見窄らしいものは何一つ必要ないわ」

「え……」

 両親は勝手にもそう言い始めた。

 孤児にだって私物はある。
 寄付でもらった人形の『アン』、お気に入りのアクセサリ、髪留め……。
 どれも大切にずっと使ってきたものだった。

 少なくとも人形(アン)は持っていきたかった。
 もう汚くてボロボロだけれど、ずっと友達だった赤毛の髪に赤いワンピースを着て赤い靴を履いた、ニコニコした笑顔のお人形。

「あの、お人形だけでも……」

「まあ、だめよ。どうせ汚くてボロボロなんでしょう? そうだ、戻ってきたお祝いに、貴族の子にふさわしいお人形を一つ買ってあげましょう。ね? あなた」
「そうだな。お祝いは、しないと」


「いえ、私は」

 さらに言おうとした時、院長が肩に手を置いた。
 見ると首を横に振っている。
 目が、逆らっちゃだめよ、と言っている。

 ミューラの目から涙が落ちた。


「じゃ……じゃあ、孤児院の子たちに、お別れを言ってきます……」

「あなたはこれから貴族の子になるというのに、何故泣くのかしら? 喜ぶべきでしょう。……しかも平民の子どもに挨拶を?」
「まあ、それくらいはいいだろう。この子も先程まで平民だったのだから。その代わり手早く済ませなさい」

「(嘘……)」


 挨拶を許してもらったものの、その貴族夫婦の厳しい発言に、ミューラは愕然とした。



 ミューラは、院長室を出て、廊下にでると、足早にキッチンへ向かった。
 キッチンに近づくに連れて走り出し――。


「エド!!」


 キッチンにいた、エドガーに抱きついた。
 エドガーを見たとたん、涙は溢れて嗚咽になった。


「わ、どうした……!?」

「私、引き取られる……すぐにいかなきゃいけないの」


「え!」

「……もう、会えないかも」


 周りに他の子もいる状態で、ミューラは自分の状況を説明した。

「なんだよ、それ……っ」


「ミュー……」
「行きたくない……行きたくないよ。でも無理なのわかるから……」

 エドガーはギュッと目を目を瞑ると、抱きついてきたミューラを抱きしめかえし、頭をなでた。

「……絶対に手紙を書く。そして1人で稼げるようになったら、会いに行くから」
「うん、うん」

 他の孤児たちも、心配して2人の周りに群がる。
 ミューラに懐いていた小さな子も、ミューラに抱きついていた。

「……エド、おねがい。私の人形知ってるでしょ? 預かっててくれる? いつ取りに来られるかわからないけど」
「わかった。いつか絶対届けてやる」

 ミューラはコクリ、と頷いた。
 エドガーは自分のポケットから青いバンダナを取り出すと、ミューラの手首にキュ、と巻いた。

「人形といつか交換してくれ」

「……え、でもこれは」


 エドガーが大事にしていたバンダナだ。
 彼が捨てられた時に小さな彼をくるんでいたものだったらしい。


「いつか戻って来るのだから、問題ない」
「エド……」


「ミューラ、そろそろ……ご両親はもう馬車にいらっしゃるわ」

 そこへ院長先生が呼びに来た。


 しかし、ミューラはエドガーに抱きついて離れなかった。

 そのうち、待ちきれなくなった両親が、御者に命じて2人を引き剥がし、ミューラを力付くで馬車に乗せた。

 ミューラは窓からエドガーがどんどん小さくなっていくのを、ただ泣きながら見つめていた。

「エド……エド……」


 そしてエドガーは、孤児院の前で、その馬車が見えなくなるまで見送っていた。

「(いつか絶対……迎えに行く……)」

 ――そう誓い、ミューラの前では見せなかった、涙を流して。
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