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 その後、私は寝るまで刺繍をして過ごした。
 チクチク。
 クローバーの髪留めを刺繍した。

 その横にブラウニーの帽子、アドルフさんの眼帯……。
 ……帰りたい。

 結構夜更かししてしまった。
 目にクマつくっても怒られるんだよなぁ、教育係に……。
 そろそろ寝ようかと、針を片付けていたら、バルコニーで何か音がした。

「みっ」
 モチが飛びだしてバルコニーに飛んでった。
「ちょ、ちょっとモチ…………あ……」

「プラムか……?」
 ――小声で名前を呼ばれた。
 あ、アドルフさんだ……! バルコニーにアドルフさんがいる……!
 ……え、なんで!?

 アドルフさんは、ちょっと呆然としてこっちを見ている。
「ア…!!」
 アドルフさんは素早く私の口を塞いで、バルコニーを締めた。
「しーっ」

 私は、頷いた後、抱きついて泣いた。
「アドルフさん……アドルフさん……!!」
「……いや、びっくりしたな。場所が特定できたから様子を見に来たんだが。随分と見違えた、な、と」

「(ぐしぐし)……髪とか伸ばさなきゃいけなくて……髪がこの色じゃなきゃ、他人に見えるかも?」
「いや、プラムはプラムだ。良い意味で言ったんだ。……半年でちょっと背も伸びたか?」
 アドルフさんは私の涙を拭って、そのまま私の顔をじーっと見た。

 ???

「(正直、心底驚いた……もともと容姿の良い娘とは思ってたが、半年会わなかっただけで随分と綺麗になった。やばいなこれは……)」

「背は……のびたかな? ヒール履かされてるからよくわからないや。……アドルフさん?」

「あ、いや。すまん。……元気か?」
「……ちっとも元気じゃないよ。帰りたいよ……迎えに来てくれたんだよね? ブラウニーは?」

「あ、いや、すまんが今日は様子を見に来ただけだ。今はまだ帰っても解決しないことはわかるよな?」
 私はしょんぼりしたが、それは理解できるので仕方なく頷いた。
 そんな事したらココリーネのことだから、ヒース領に、私達に何するかわからない。

「ホントはブラウニーを寄越してやりたかったんだが……ブラウニーもここ半年、荒れててな。
もし見張りに見つかったりしたら荒ぶって暴れかねないから、無理やり納得させておいてきた。すまんがオレで我慢しておくれ……娘よ……」

 ブラウニー……私が捕まったばっかりに……ストレス貯めさせてごめん、ごめんね……。
 アドルフさんも、そんな事言わないで。

「そんな事ないよ! 会いたかった! アドルフさんにもすっごく、すっごく会いたかったんだから!」
 ぎゅっと抱きついたアドルフさんからは、相変わらずブラウニーに似た匂いがする。落ち着く……。

「そうか、オレのことも忘れないでくれたか」
 アドルフさんは笑顔で頭をなでて、私をなだめてくれた。

「当たり前だよー!! うわーん、おとうさーん!!」
 ううう、この手を放したくない……。
「おとうさんは禁……まあ今日はいいか」
「え、いいんだ!」

「うん、まあ……お父さんとしての自覚を持っていかないといかないな、とちょっと思ったわけデス。これからのぼくは」
アドルフさんは少し目を反らしながら言った。

「何それ、変なの」
 私は少し笑った。

「それにしても、数ヶ月もほったらかしになってごめんな……ちょっとライフラインまで絶たれて手も足もでなくなってなぁ」
 ブラウニーとアドルフさん側の事情も聞いた。

「えげつない……」
 ココリーネ、狡猾だな……。
 そりゃそんな事されたら助けにこれないよね。むしろよく状況が好転したもんだと思う。

「公爵家に連れて行かれたのはわかってたんだが、魔力反応あったら公爵家なんて、すぐバレるだろうし広いから、お前がどこにいるか特定できないと難しくてな。
ただでさえ兵士がうろついてるし、あのエルフが厄介だと思ってたし……せめて見取り図でも手に入れたかったんだが、情報屋も公爵家から手を回されて……と、言い訳ばっかだな、おじさん」

 アドルフさんは困ったように頭をかいた。
 私は首を横に振った。
 ……すっごく大変だったんだ。

 そして私も自分の状況をアドルフさんに説明した。
 リンデンやギンコには言えない、ココリーネが前世男って話をしたあたりでアドルフさんは頭を抱えた。

「……うっわ、まじか偉いなプラム、よくぞそれで心を保った。うわぁ、これはブラウニーに話したら……アイツ間違いなくキレ散らかしてここに単独攻め込みかねないわ。公爵令嬢殺人事件起こしかねないわ。
ああ、でもアイツ、隠しても気づくからなぁ~オレ聞き出されるかも……妙に鋭いんだよあいつ……ぶらうにーこわい……」

 アドルフさん、おまえもか。

「あ……うん、言わない方が良いことも聞き出してくるよね。私もすぐバレる……(震え)」
「「ぶらうにーこわい……」」

 二人で声がそろって、二人で少し笑った。
 こんなの久しぶりだ。嬉しくてまた泣きそう。

「…アドルフさん、巻き込んでごめんね。ブラウニーと私を引き取らなければ、こんな……」
 アドルフさんは真面目な顔になって首を横に振った。

「ストップ。まだ家族になって日が浅いしな。そう思いたくもなるよな。……でもな。
お前らを引き取るって決めたのはオレの責任だし、決めた以上はなにがあろうと家族だ。
オレはお前たちが既に大切なんだよ。
お前達がオレを必要だと言ってくれる限り、オレはお前達とずっといるってもう決めているんだ」

 『お前がオレを好きだと言ってくれる限り、オレはお前とずっといるって決めているんだ』

「……?」
 ふと、アドルフさんとブラウニーが被って見えた。

「オレはお前らといて楽しいぞ。家族とか久しぶりにできたからな」
 アドルフさんが私の頭をなでながら優しく微笑む。

「……」
私はさらにギュッと抱きついた。
嬉しすぎて、何も言えない。

「……ごめんな、もう少しここで待っててくれ。今度こそ絶対迎えにくるから。
 モチはまた置いてくから心の拠り所にしてくれ。モチ、プラムを頼むぞ」

「み」
 モチが私の頭に乗ってきた。
 私はコクリと頷いた。
「み…、みっ」
 マロも私の肩にのって、頬ずりしてきた。
「あ、マロ…マロも久しぶりだったね……会いたかったよ」
 私は人差し指でマロの頭をなでなでした。

「さてと、プラム。これからの事だが。
リンデン坊っちゃんがうちに来たのは知ってるな?」
「うん、行くって言ってた」

「要点だけ言うぞ。お前は一度オレの籍から抜いて、リーブス公爵家の養子になる」
「今、私達は家族っていいましたよね!? いきなり捨てられた!?」
 すごく重い話ししたばっかだよ!!!

「ははは! すまんな。いや、だから、お前はそこから、うちの息子に嫁げばいいんだよ」
「とつぐ」
「そう、それで元通り。大体いまは違法な拉致監禁状態だ。ヒース男爵家の力が弱いから揉み潰せてるだけに過ぎない。お前がリーブス公爵家の令嬢になれば、こっちは合法的に取り返せるんだ、お前を」
……なるほど。

「その代わり15歳まではリーブス公爵家で教育を受けること、15歳まではブラウニーとは結婚できないことは頭にいれておいてくれ」

「……そんな事でいいの?そんな事でここを出れるなら全然いいよ!」
「なんていい子なんだ……ブラウニーとは大違……くっ」
 アドルフさんが目頭を抑えた。
 私は察した。
 ブラウニー……、相当アドルフさんに苦労かけたわね……。

「さて、それじゃそろそろ行くわ。……これ、ブラウニーから手紙だ」
「!! ありがとう」
 私は手紙を受け取った。嬉しい……その手紙に触れるだけでブラウニーをいっぱい感じる気がした。

「じゃあな」
 アドルフさんはそう言って手を振ると、壁を手でつたって、闇へ消えていった。
 こ、ここすごい高いよ!? すご!?

 ……と、いけない。
 巡回の見張りに見られたらアドルフさんが危ないや。

 私はバルコニーから引っ込んで枕元以外の明かりを消し、ベッドに腰掛けた。
 手にしたブラウニーの手紙……まだ開いてすらいないのに、心が震えて涙が手紙に落ちた。

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