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15 ■ O My Father 02 ■

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「はあ、もう、いいよ。サインするよ」
 ヤツはめんどくさくなったかのように、ため息をついた。


「……これは、勘違いしないでほしいから言うんだけどね。僕は別に……本気でプラムに好かれようとは思っていないんだよ、ブラウニー」

「……は?」
「そりゃ、好かれたら好かれたで構わないし、喜ばしい。でも僕は……」

 神父は少し遠い所をみるような目をして、迷いを見せて黙った。
 一瞬、ヤツの心の隙を見た気がしたが、オレには関係ない事だ。

「なんでもいい、オレたちの邪魔はしないでくれ」

「邪魔なのは君だって言ってるでしょ。……保護者の件は裏目にでちゃったね。あーあ、失敗しちゃったな。せめてスタートは原作になぞらえて教会卒業にしたかったんだけどね。
もう色々狂っちゃってるから、これはもうダメかもしれないねぇ……」

 まったく自分の都合ばっかりベラベラと。
 オレはこんなヤツを何年も親と思って慕ってたのか。

「あんたはどうも、その物語に沿った人生をプラムに送らせたいみたいだな。
でもそれなら他の……悪役令嬢とやらのほうは、いいのかよ。
お前の納得できるとかいう攻略対象がぞっこんらしいじゃないか。まさにもうお前の紡ぎたい物語とやらは最初から終わってんだよ」

「ああ……なるほど。そっちはそんな事になってるんだ。どうでもいいね。
プラムさえその気になれば攻略対象なんてすぐに心変わりするさ。そういうものだからね。
……だからプラムをメロメロにしちゃった君は……邪魔なんだよねー」

「邪魔邪魔うるせぇよ。あんたはプラムを自分のモノのように思ってないか。
オレの事だって…そんなに邪魔ならこうなる前に殺せば良かっただろ」

 何年もオレの心の中の大事な場所にいたヤツが、オレを邪魔だと言う。
 オレを殺したいと言ってくる。

 あんたにとってオレは一体なんだったんだ?

「いやーだって。教会卒業までは君は必要なんだよね。
君や教会の他の子供達だって、物語の始まりに必要なパーツの一つなんだよ。モブだけど」

「パーツ……」
 プラムがこいつと話して落ち込んでいたのに頷ける。
 こいつと話ししてると心が蝕まれて行く気がする。

 まさかお前にとってオレがただのパーツだったとは。

「……でもね、ブラウニー。……これは本当の事だから言うんだけどね」
「次、その語りだしでオレに話しかけたら、あんたの舌を切る」

「君……プラムを独占したばかりか、この語りだしまで僕から奪うつもりかい!? そんな子に育てた覚えはないよ!?」

 ふざけてんのか。腹が煮えくり返る。

 ――ああ、育ててくれたよ。いっぱい感謝してたよ!

 我慢が限界を超えた。
 オレは神父に飛びかかって押し倒し、ダガーを神父の額に刺そうと試みた。

「わ!?」
 こういう奴らは心臓狙っても生きてる場合が多いとアドルフさんが言っていた。

 頭を狙って思考を奪うべきだ。
 生き残っても……死ね!

「待ちなさい!? あっ! このダガーも祝福されてる! 痛っ」
 神父がダガーを止めようと触れたら、そこから黒い煙が上がった。

 ほう、それは尚更いい。
 プラム、グッドジョブだ。

 祝福されたダガー打ち込めば、祝福の効果が消えない限り火傷を負い続けるんじゃないだろうか。
 それ良いな。中から焼き切れろ。
 
オレはグググ、と力を込めたが――

「やめなさいって!」
 さすがに力負けして、ダガーは奪われ、押しのけられたオレは床に転がった。
「……ちっ!!」

「ハアハア……、いや、大したもんだね。そんな軽い身体で僕を押し倒すなんて。
奇襲もピカイチじゃないか…ああああ、ふざけんなよ、まじで……うわ、ダガー熱…さすがプラムの祝福……」
 眉間からもダガーを持つ手からも煙が上がっている。
 体勢を整えて構えたが、向こうから攻撃してくる気配はない。

「あのねぇ……。悪いけど、君と僕じゃスペックが段違いなの。
君はホント、ホントにね、優秀だけれど、ただのモブなんだよ? ちょっとは自覚しなさい?」
 うぜえ、困り顔すんな。

「この際だから言っておくんだけどね。……君は決してこの先の物語の運命にはついていけない。
 そんなスペックはないから。プラムから聞いてない?君じゃ力不足なんだよ、ブラウニー。
 あっ! そうか、モブって言い方がわからなかったかな? 言い方変えようね。

 ――君は優秀だけどあくまで一般人、吹けば飛ぶような一般人なんだよ?
 逆に攻略対象はただの恋愛相手じゃないんだ。生まれつき運命を乗り越えるための力を与えられているんだよ。わかったかな!?」

「……君はきっと『運命の強制力』によって消されるよ。たとえ僕が君を殺さなくてもね」
「……もうその類の話しは聞き飽きた」

 オレは睨みつけて、神父がサインした書類を懐にしまい込んだ。

「サインは確かにもらった。これでもうオレはあんたに用がない……さようなら」

  ――部屋を出る際にヤツの名前を知らなかった事に気がついたが、もうどうでもよかった。

 プラムに会いたい。
 その後オレはプラムを探した。
 すぐに見つかった。
   教会の庭にある木の下にある皆で作ったベンチ。
 そこに座ってぼんやりしている。

「プラム」
「……あ、ブラウニー…え! なんで泣いてるの……? わ、それにその頬の怪我!」

 泣いてる? オレが?まさか。

 オレはプラムの横に座りながら言った。
「……ちょっとぶつけただけだ」
「えええ!? そんな感じの傷じゃないよ? ……ちょっと、治すから顔貸し」
 オレの顔を包み込もうとしたプラムの手を掴んで、オレはそのまま口づけした。

「んん!?」
 あまりにもいきなりだったからか、プラムが口を塞がれたまま、うなった。
 どうしたんだろうか、オレ。
 こんなに衝動的だったろうか。

 ――身体が重い。

 先程、瘴気に触れて吸い込んだからかもしれない。
 瘴気は慣らすことができるから訓練はしてきたし、プラムの祝福もあったのに。
 あいつのは濃度が濃かったのかもしれない。

「う……」
 オレは、体制が保てなくなって、プラムの膝に倒れ込んだ。
「ちょ……ちょっと!ブラウニー、熱があるよ!」

「大丈夫……だ」
 意識が混濁してきた。

 ああ、身体より……心のほうが重たい。痛い。
「大丈夫じゃないよ!」

 人の心っていうのは思うようにならない。
 自分の心でさえ。
 オレは長年慕っていた父親のような存在を失った。 
 見限ったとはいえ、こういうのは割り切れない気持ちってやつなんだろう。
 心が勝手に神父を求めている。失ったものを恋しがっている。

「なんでだよ……」
「ブラウニー……?」
 心配そうな顔でプラムがオレの顔を覗き込んでいる。
 オレの一番大事なもの。

 ――誰になんといわれようと。
「オレはお前が好きなんだよ、プラム」

 ――どれだけのヤツがお前を好きで、オレがたかが、その中の一人で……神父のいう脇役のつまらない男でも。

「お前がオレを好きだと言ってくれる限り、オレはお前とずっといるって決めているんだ」
「オレがお前を守るって決めているんだ」

 ――神父なんかより、はるかにオレのほうがお前に執着してるし、
「お前がオレを思うよりも、ずっと昔から、オレのほうがお前を思って……」

 喋ってるのか考えてるだけなのかわからなくなった。
 心の恥部を留めなく吐露している気がする。

「ブ、ブラウニー……。い、いきなり何を。何かあったの? ……って寝ちゃった」
 意識を失いながら、真っ赤に頬を染めたプラムがオレの額の古傷に口づけしたのを感じた。
 心が解ける気がした。

「このまま少し寝てね、ブラウニー。その間に私が治してあげる。……大好き」
 耳元にプラムの優しい声が聞こえる。
 プラムの白く光る手がオレの頭を撫でている。

 温かい。

 オレの頬につたった涙をプラムが拭うのを感じながら――そこでオレは、意識を失った。

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