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ep8◆ 空
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彼が亡くなった次の日に、私は王宮の自室を引き払い、神殿へと帰った。
「セシル様。エリオット殿下のお葬式に参列なさらないのですか」
ファビンが気遣って声をかけてくれた。
しかし、私は、
「ええ。私は神殿で彼の死を悼みます。参列するよりも、私は彼のために鐘を鳴らしたいのです」
そう言って、私は司祭様を訪ね――
「エリオット様の訃報を知らせる鐘を、私につかせてください」
とお願いした。
神殿の自室で、いつか殿下がくださった兎のぬいぐるみ達を、しばし抱きしめた。
元気に生まれてきた貴方と出会いたかった、と思いつつも、彼が身体に問題のない王子ならば、私達は出会うことすらなかったかもしれないという考えがふとよぎる。
懐中時計を借りて、定められた時間を確認し、神殿のもっとも高い場所にある鐘つき堂へ登る。
彼の大好きだった青い空が、近づいてくる。
お葬式で彼の棺に寄り添うよりも、ここのほうが彼が近くにいる気がした。
そして私は鐘を鳴らした。
街中に響く大きな鐘だ。
これなら――
「……っ」
堪(こら)えていた涙が溢れた。
私は鐘を鳴らし続ける。
もうどこにもいない彼に、私はここにいると知らせたくて。
嗚咽を上げようとも、鐘がすべてを打ち消してくれる。
ここなら誰にも見られない。聞かれない。
「……おまえ、笑えよ」
そんな声が聞こえた気がした。
「あなたがいつか、迎えに来てくださったら、その時は」
結局、属性魔法にも目覚めることもなかった貴方。
魂となった今――
――空を舞うことは、できましたか?
◆
その後セシルは、自ら鐘つきを引き受けた。
セシルは毎日、兎のぬいぐるみを入れたカゴを持って、鐘つき堂へ登り続け――半年がたった頃。
「おや、セシルの姿が見えないようだが」
夕食の席で司祭が、聖女たちの顔を見回すと
「夕方の鐘の音は聞こえましたから、鐘つきの仕事は終えているはずです」
「私、隣室なので先程、声をかけたのですが、返事がありませんでした」
揃わないと食事が始められない。
数人がセシルを探しに出ると――。
「セシル、なんてこと」
セシルは鐘つき堂でぬいぐるみたちをカゴごと抱きしめ、壁にもたれるようにして息絶えていた。
セシルは、ここ1年ほど、エリオット王子に生命を分け与える術を使い、無理矢理生かしていたのだ。
自分の寿命が極端に縮むほどに。
発見されたのは、日が沈みかけた夕焼け空だった。
彼女が最後に見た空が青空だったのか茜色の空だったのか。
それは誰も、知らない。
ただその眠っている彼女の表情は、笑顔だった。
FIN
「セシル様。エリオット殿下のお葬式に参列なさらないのですか」
ファビンが気遣って声をかけてくれた。
しかし、私は、
「ええ。私は神殿で彼の死を悼みます。参列するよりも、私は彼のために鐘を鳴らしたいのです」
そう言って、私は司祭様を訪ね――
「エリオット様の訃報を知らせる鐘を、私につかせてください」
とお願いした。
神殿の自室で、いつか殿下がくださった兎のぬいぐるみ達を、しばし抱きしめた。
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お葬式で彼の棺に寄り添うよりも、ここのほうが彼が近くにいる気がした。
そして私は鐘を鳴らした。
街中に響く大きな鐘だ。
これなら――
「……っ」
堪(こら)えていた涙が溢れた。
私は鐘を鳴らし続ける。
もうどこにもいない彼に、私はここにいると知らせたくて。
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ここなら誰にも見られない。聞かれない。
「……おまえ、笑えよ」
そんな声が聞こえた気がした。
「あなたがいつか、迎えに来てくださったら、その時は」
結局、属性魔法にも目覚めることもなかった貴方。
魂となった今――
――空を舞うことは、できましたか?
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その後セシルは、自ら鐘つきを引き受けた。
セシルは毎日、兎のぬいぐるみを入れたカゴを持って、鐘つき堂へ登り続け――半年がたった頃。
「おや、セシルの姿が見えないようだが」
夕食の席で司祭が、聖女たちの顔を見回すと
「夕方の鐘の音は聞こえましたから、鐘つきの仕事は終えているはずです」
「私、隣室なので先程、声をかけたのですが、返事がありませんでした」
揃わないと食事が始められない。
数人がセシルを探しに出ると――。
「セシル、なんてこと」
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セシルは、ここ1年ほど、エリオット王子に生命を分け与える術を使い、無理矢理生かしていたのだ。
自分の寿命が極端に縮むほどに。
発見されたのは、日が沈みかけた夕焼け空だった。
彼女が最後に見た空が青空だったのか茜色の空だったのか。
それは誰も、知らない。
ただその眠っている彼女の表情は、笑顔だった。
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