余命わずかな王子様

ぷり

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ep1◆延命処置のための婚約

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「なぜ白い結婚なんだよ!オレは世継ぎだぞ」

「そのようなことを申されましても、私、聖女ですから、男性と共寝しますと力を失います」

「跡継ぎが必要だろう!」

「王命と神殿命令ですので、私に申されましても」


 10になる頃から婚約し、共に過ごしてきたエリオット様と聖女である私の結婚は、白い結婚、と王命と神殿命令により決まった。

 何故なら彼の命が、もう長くないからだ。

 それを知っているのは、国王と王妃、彼の主治医、身の回りの側近。
 そして聖女であり、妻である私。

 ――本人は、知らない。

 彼の身体は実は病気でもうボロボロ。
 生きているのが不思議なくらいだ。

 なのに何故このような憎まれ口をたたき、元気そうに見えるのか、というと、聖女である私が傍にいるからだ。

 聖女である私は聖属性の魔力を持っている。

 この世の魔力保持者は、生まれてから何かしらの属性に覚醒する。
 火・風・土・水・光・闇・聖、そして魔。

 聖属性の特徴は、主に人の身体の怪我や病気を治癒する魔法の属性だ。
 だが、私は生まれた時の魔力判定で、聖魔法を既に持っていたため、生まれてすぐ神殿に引き取られた。

 銀髪に空色の瞳。
 聖女になるものは、大抵色素が薄い。
 私の他にも聖女はいるが、みな、プラチナブロンドだったり、淡い桃色であったりする。

 身体に常に回復・浄化と痛みを遮断し、身体を頑健にする魔法を定期的に彼に流している。

 世の中には、高レベルの聖魔法を持ってしても治らない、謎の病気がある。
 
 彼の場合は、病気の原因がどこにあるのか、さっぱりわからない。
 自然と血液が濁っていくのだ。

 私は先程の医療行為に加えて、血の浄化を定期的に行っている。

 聖女は何人かいるが、私が一番下っ端だったこと、そして年齢が同じだった為に依頼された。


 ****

  ――5年前。私が10歳になる頃だったか。

「頼む。セシル殿」
「――かしこまりました」

 深々と頭を下げる王様に、私は頷いた。
 王子の婚約者、実質延命処置の任務を引き受けることを、だ。

 国王夫妻はこのエリオット殿下を溺愛しており、できるだけ延命させてやりたいとお考えなのだ。

 国王が低姿勢に見えるが、この国では聖女は敬われ、その地位は王族に匹敵する。
 たとえ出身が平民であったとしてもだ。

 つまり、立場が同等なのだ。

 聖女の力に目覚めたら、神託によって神殿へ導かれ、そこで聖女としてふさわしい教育を受ける。

 私達聖女は皆、感情の起伏を抑える方法を学び、いつも冷静であることを求められる。
 そして子をなしてはならない。
 男性と共寝すると聖女としての力が失われるからだ。

 聖女は国に結界を張り、魔物の侵入を防いだり、要人の医者代わりを務めたりもする。また、その他にも様々な奉仕活動がある。街の安寧を守るのに必要不可欠な存在なのだ。

 王が私に頼んだのは、いわゆるその要人の医者代わりだ。
 第一王子のエリオット様は生まれた時から病に犯されており、医者の診断では10の歳まで生きられないと言われた。

 その10歳まで生きた王子に、私という婚約者が与えられることになった。

「セシル様、引き受ける必要はありませんよ」

 護衛である神官騎士のファビンが私に進言する。

「いえ、これもきっと神のお導きなのでしょう。私は王城へ通います」

 この仕事が入った為、聖女が行うべき他の奉仕活動はかなり減った。
 とはいえ、楽になったわけではなかった。

 婚約者として初顔合わせの席から、殿下の相手は大変だった。

「おい、おまえ……なんでそんなムスっとしているのだ!」

 青空広がる庭園の中、太陽の光に金髪をキラキラ輝かせながら、エリオット殿下は怒鳴った。

「ムスっとしておるつもりはないのですが、そう見えましたなら謝罪致しま……」

 ピッ!

 顔に何かを投げつけれられた。
 なんだか、ヌメヌメしている。そして動く。

 私はそれを手に取った。

「ケロッ」

 ――若草のような鮮やかな緑の、カエルだった。

「………」

 本当は、叫んで投げ捨てたかったが、私は聖女としての訓練を受けている。
 私はカエルを手で優しく包み込むと、庭園の小池にそっと逃がした。

 してやったり、という気持ちがその薄茶の瞳に浮かんでいるエリオット殿下に、私は静かに説教した。

「エリオット殿下。命あるものをこのように悪戯(いたずら)の道具になさってはなりません」

「……なんだよ、お前つまらないやつだな! 悲鳴の一つでもあげろよ!」

 エリオット殿下は、甘やかされて育っており、気性が少々荒くていらっしゃった。

 これは……これから大変かもしれない、と思ったがこれも神様が私に与えられた試練なのだろう。

「なっ! 聖女様になんということを!!」
「す、すまないセシル殿!」
「申し訳ありません、セシル様!」

 遠方に控えていたファビンが憤慨して近寄ってこようとし、国王夫妻に謝罪される。

「いえ、構いません。むしろカエルのほうが災難でしょう」

 私は冷静を保ち、ハンカチで濡れた顔を拭いた。

 ――それにしても元気そうだ。

 そのカエル事件のあとも、紅茶を飲みながら変な顔をたまにしてくる。
 今度は大道芸人のマネでしょうか。

 本当に病気なのかしら……と、失礼ながら疑ってそのまま国王夫妻とエリオット殿下とティータイムを続けていたのだが――。

「それでは、本日はこれで失礼いたします」

 そういって解散となった時、

 バタッ!!

「う……あ……」

 エリオット殿下が、青い顔をして倒れた。
 まるで、毒でも飲んだかのような苦しみようだった。

「エリオット!」
「エリオット殿下!!」
「エリオット様!」

 駆け寄る国王夫妻と私。
 私は、聖魔法でエリオット殿下の症状を見て、とりあえず回復の魔法と浄化の魔法を流す。

 これは……御本人の血が毒のようなものだ、と私は思った。
 聞いていたとおりだ、原因がわからない。

 毒を盛られたのではない。
 先程、毒の浄化の魔法をティータイムが始まるまえに、私自ら口にするものすべてに行ったのだ。
 呪いでもない。
 今まで神殿の奉仕時間に大多数の平民を癒やしてきたが、こんな症状は初めて見た。

 ……こんな病気が、本当にあるのね。

 私が治療を行うと、エリオット様の呼吸は次第に安定した。

「……気絶されているようですが、起こしますか?」
「いや、今日はこのまま寝かせておこう。セシル殿、ありがとう」

 供の者に抱えられ、エリオット殿下と、国王夫妻は城へ戻って行かれた。

「……驚きました。悪戯した時はあんなに元気でいらっしゃったのに」

 ファビンが帰り道そう漏らした。

「私もです。いくら王子で手厚い看護が今まで合ったとは言え、よくこの歳まで延命できたものです」

「しかし、延命措置ならそういう聖女という役職で通うだけでは駄目なのですか?」
「エリオット殿下が、もう10歳なのに婚約者がいないのはおかしい! と仰ったそうです。それなら治療ができる女性をおそばに、と王に王宮医師が進言したらしいわ」

「……なんて迷惑な」

「ファビン。そんな事を言ってはいけないわ。これも神様のお導き。それにエリオット殿下は周囲に誤魔化されて自分のご病気を知らないのですもの。婚約者を欲するのは王子としては当然だわ。跡継ぎだと思っているのだもの」

「お茶会の様子を見るに、婚約者というより遊び相手を欲してそうでしたけどね」

 ファビンが顔を顰(しか)めた。

 ちなみに、内々に決まっている正統な後継者であらせられる弟殿下は。まだ立つこともできない小さな赤子だ。

「――子供ですもの」

 そんなことを言う私も王子と同じ年なのだが。

 歩きながら、先程の苦しむ王子を思い出した。
 ――婚約したものの、付き合いは短そうだ、そう淡々と思った帰り道だった。


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