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第三章 憎しみと剣戟と
花の向こうで眠れ(9)
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※ ※ ※
グロムアスの街の高台には前世紀の要塞が残っている。
石造りの建物は朽ち果て苔むしており、活用はおろか観光に訪れる者すら稀という場所だ。
陽は落ちた。
月が見ているのは今しも崩れ落ちそうな黒衣の男だ。
丘を登る足取りは不確かで、途中何度も立ち止まってしまう。
そのたびに一歩足を踏み出す姿は、死を前にした人間の執念というものを感じさせた。
「もう少しだ……」
吹きすさぶ風に、カインは再び足を止めた。
見下ろす街は光に満ちている。
無数のオレンジの光の中に、グロムアス城下町が黒く影を作っていた。
祭の熱気がここまで届くことはないが、耳をすませば華やかな音楽が微かに聞こえてくる。
そこは裏切りや暴力など、遠い世界の出来事のように思えた。
だが、これは《血の祝祭》。
自分は王位を追われるのだ。
昨年、祭の賑わいに乗じてカインが「先王を殺して王位を奪った」と思っている連中は、今年同じことをするのだろう。
今も手負いの王にとどめを刺そうと追ってきているに違いない。
月明かりの下、黒衣の男は薄く微笑んだ。
裏切り者はロイだと分かった。
先王を引きずり下ろす計画を立てていたのだと、己が口で告げたのだ。
それだけで似合いもしない「王になった」目的は果たせたではないか。
元々、拾ってもらった命だ。
惜しくはない。
この劣情の終着点はしょせん、死だ。
むしろ仮初めにも王になったおかげで、ずっと夢見ていた黄金にもう一度会えた。
人生の最後の数日を幸福に過ごせる人間などそうはいまい。
できれば夢をみたまま最後の瞬間までアルフォンスを抱いていたかった。
だが、そうはいくまい。
もしも己の死が愛する人を傷つけるなら、その前に離れてしまうよりほかあるまい。
「……っ」
カインはその場に膝をついた。
街の明かりがいくつも重なって見える。
思ったより失血が酷いのだろう。
あるいは先日の襲撃で受けた傷が開いたのかもしれない。
──早くあの場所へ。
ロイの部下らに見つかって、軍人の横暴さでズタズタに切り刻まれるのはごめんだ。
できればひとり静かに眠るように逝きたい。
旧世紀の遺物である要塞に訪れる人はあまりいない。
だからだろう。
踏み固められていない地面には一面、可憐な花が咲いているのだ。
グロムアス国王に救われこの国に連れてこられてから何度も怖い夢をみた。
夜明けに泣きながらこの場所に駆けてきたものだ。
黄金色に輝く花があのときの少年の髪の色に似ていて、潰れそうになる幼い心を救ってくれた。
彼にもらった黄金の花のペンダントをこの場所で天に透かしと眺めると、それはそれは美しく輝くのだ。
踏みしめた足元から青臭い草の匂いが溢れてきた。
あと数歩で遺跡が視界に入る。
一歩、二歩──しかし、そこでカインの足は止まった。
目の前に広がる丘には、花。揺れている。
しかしそこに待ち焦がれた黄金はない。
月光に冷たく照らされ、それは拒絶するような刃の色をしていた。
グロムアスの街の高台には前世紀の要塞が残っている。
石造りの建物は朽ち果て苔むしており、活用はおろか観光に訪れる者すら稀という場所だ。
陽は落ちた。
月が見ているのは今しも崩れ落ちそうな黒衣の男だ。
丘を登る足取りは不確かで、途中何度も立ち止まってしまう。
そのたびに一歩足を踏み出す姿は、死を前にした人間の執念というものを感じさせた。
「もう少しだ……」
吹きすさぶ風に、カインは再び足を止めた。
見下ろす街は光に満ちている。
無数のオレンジの光の中に、グロムアス城下町が黒く影を作っていた。
祭の熱気がここまで届くことはないが、耳をすませば華やかな音楽が微かに聞こえてくる。
そこは裏切りや暴力など、遠い世界の出来事のように思えた。
だが、これは《血の祝祭》。
自分は王位を追われるのだ。
昨年、祭の賑わいに乗じてカインが「先王を殺して王位を奪った」と思っている連中は、今年同じことをするのだろう。
今も手負いの王にとどめを刺そうと追ってきているに違いない。
月明かりの下、黒衣の男は薄く微笑んだ。
裏切り者はロイだと分かった。
先王を引きずり下ろす計画を立てていたのだと、己が口で告げたのだ。
それだけで似合いもしない「王になった」目的は果たせたではないか。
元々、拾ってもらった命だ。
惜しくはない。
この劣情の終着点はしょせん、死だ。
むしろ仮初めにも王になったおかげで、ずっと夢見ていた黄金にもう一度会えた。
人生の最後の数日を幸福に過ごせる人間などそうはいまい。
できれば夢をみたまま最後の瞬間までアルフォンスを抱いていたかった。
だが、そうはいくまい。
もしも己の死が愛する人を傷つけるなら、その前に離れてしまうよりほかあるまい。
「……っ」
カインはその場に膝をついた。
街の明かりがいくつも重なって見える。
思ったより失血が酷いのだろう。
あるいは先日の襲撃で受けた傷が開いたのかもしれない。
──早くあの場所へ。
ロイの部下らに見つかって、軍人の横暴さでズタズタに切り刻まれるのはごめんだ。
できればひとり静かに眠るように逝きたい。
旧世紀の遺物である要塞に訪れる人はあまりいない。
だからだろう。
踏み固められていない地面には一面、可憐な花が咲いているのだ。
グロムアス国王に救われこの国に連れてこられてから何度も怖い夢をみた。
夜明けに泣きながらこの場所に駆けてきたものだ。
黄金色に輝く花があのときの少年の髪の色に似ていて、潰れそうになる幼い心を救ってくれた。
彼にもらった黄金の花のペンダントをこの場所で天に透かしと眺めると、それはそれは美しく輝くのだ。
踏みしめた足元から青臭い草の匂いが溢れてきた。
あと数歩で遺跡が視界に入る。
一歩、二歩──しかし、そこでカインの足は止まった。
目の前に広がる丘には、花。揺れている。
しかしそこに待ち焦がれた黄金はない。
月光に冷たく照らされ、それは拒絶するような刃の色をしていた。
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□□□□□
2023年 9月 1日:前編始動
2024年 7月 1日:前編完結
編集して再始動。
のんびりですが、お付き合いくださりありがとうございました。φ(. . )
□□□□□
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