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第ニ章 溺れればよかった、その愛に

刺さる棘(1)

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 カイン王がいよいよ婚約するという噂を聞いて、ディオールは心臓が嫌な音をたてるのを自覚した。
 よもや相手が自分の元主人、弟同然の幼馴染ではあるまいかと勘ぐったのだ。

 どうやらそれは違うようで、胸を撫で下ろす。

 王位を簒奪した宿命か、カイン王の足元は盤石とは言い難かった。
 軍を掌握しているからこそ今のところ表立って反逆する者はいないが、その優位を失ってしまっては権力の失墜は目に見えている。

 軍との結びつきをより強固にするために、これまでも有力者の娘や姉妹との婚姻話は何度も上がっていたらしい。
 いずれも立ち消えになったのは、おそらく王が乗り気ではなかったからだろう。

 しかし情勢は日に日に王にとって良くない方向へ転じているように感じる。
 先だっては城内で斬りかかられたというではないか。
 敵国の王弟に熱をあげ、花嫁のように囲って夜ごと睦みあっているという──そんな下衆な噂も、カインの立場をより不安定なものにしていた。

 不穏な気配が城内に立ちこめている──そうは思うものの、ディオールは何もできなかった。
 この国に来て間もないし、自分が王の実弟であると発表されたわけでもない。
 第一、実感もなかった。
 さらにいえば居場所もない。

 しょせん自分は裏切者なのだ。
 そう思うたびに心に刺さった棘は増えていく。

 だからである。
 巨きな身体を縮めるようにして王宮の裏庭にまでやってきたのは。

 ここは人工池が造られており、細い水路を伝って城下街と結ばれている。
 午前中は運輸の船で賑わっているが昼を過ぎれば閑散とし、今は小舟が静かに揺れているだけだ。
 一人になりたいディオールの恰好の隠れ場所となっていたのだ。

 池からさらに奥まった庭に続く細い小道は元は王の散歩道だったという。
 佇む小庵の瀟洒な骨組みが、今や蔦に覆われていた。
 手持無沙汰なディオールにとって、ここはもはや慣れた道である。

 小さな白い花を踏まないように俯きながら小道に足を向ける。
 寒冷地のレティシアでは見る機会のない可憐な花に心和んだときだ。

 初めに、白い足が見えた。
 金色のサンダルから覗く爪の輝きに目を奪われ視線が動く。
 水路に沿って吹く風を受けて、白い衣服がはためいていた。

 太陽を見上げるようにディオールが目を細める。
 ふわりと揺れる黄金色の髪が眩しくて。

 アル──と、声をかけることができなかったのは数日ぶりに会う弟分の美貌に戸惑ったからではない。
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