上 下
42 / 87
第ニ章 溺れればよかった、その愛に

約束はきっと儚い(3)

しおりを挟む
 うちの坊ちゃんとはカイン王のことであろうか?

 背が高く慇懃な態度を思い返すに、その呼び名には著しく違和感を覚える。
 もっと言うとだ。

「坊ちゃんなんて気色悪い」

 呟いた感想は、幸いフリードの耳には届いていないようだった。
 分別あるはずの中年は、しかし己のお喋りに夢中なようだ。
 今は何やらカイン王の幼少期の逸話を懐かしそうに話している。

 グロムアスに来たばかりのころ、夜中にうなされては城中に響く大声で泣いていたとか。
 剣の稽古が苦手だったとか。

 再びアルフォンスの意識は窓の外へ向けられる。
 市壁の唯一の弱点である水路だが、そこを足掛かりに攻撃を仕掛けるには大軍で攻め込むような正攻法では駄目だ。
 少数の精鋭による隠密行動で、あの場所から街に入り込む。

 もちろんグロムアスとて弱点を放置はしていない。
 見張り小屋を造って昼夜問わず兵士が常駐している。

「騒ぎにならないように水路を突破できる精鋭がレティシアにいるか?」

「脱出の計画ですか?」

 不意に耳元で囁かれ、アルフォンスは息を呑んだ。
 フリードのそれではない。
 深く響く声に、耳朶が熱くなる。


 いつのまに入って来たのか、グロムアス首都に来てから初めて会うカイン王である。
 動揺を悟られまいと、アルフォンスはコホンと咳払いをした。

「こ、声に出ていたか。そんな筈はないんだが」

「しっかり声に出ていましたよ。それにご自分では気付いていないでしょうけど、あなたは意外と考えていことが顔に出るタイプのようだ」

 反射的に顔を俯けるアルフォンス。
 その細い顎が、王の指に捉えられる。
 くいと上を向かされ、尚も往生際悪くアルフォンスは視線を泳がせていた。
 黒曜石の熱い視線とぶつかると、我知らず唇がひらく。
 カインの顔がゆっくりと近付いた。

「坊ちゃんの大事なひとは結構な暴れん坊で困りますよ」

 しかし、そこでフリードの無粋な一言が邪魔をする。
 顎の戒めが解かれた。
 そのようですねと、カインが苦笑を返す。

「アルフォンス殿下が脱走されても僕を呼べばいいんですよ。あなたはこの部屋にいてください」

 ハイハイと面倒くさそうに頷くフリード。
 カインはアルフォンスに向き直った。

「ところでグロムアスの都はいかがですか? 実際、かなりうろついていらっしゃるようですが」

 やはり行動は王に筒抜けのようだ。
 アルフォンスは舌打ちしてみせた。

「こんなところにずっと閉じ込められていたら息が詰まる。ちょっとくらい外に出たっていいだろう」

「それは……できるだけ快適に過ごしていただきたいのですが。ですが、あまりうろつかれても安全を保障できませんし」

「安全というなら俺に剣を持たせろ」

 低い笑い声。

「それは……」

 そうして差し上げたいのはやまやまなんですがと、カインの声はどこか楽しげだ。

「でもそうすると、今度は僕の首が危うい」

「分かってるじゃないか」

 交わす言葉はやわらかい。
 ほだされてはならないと、アルフォンスは視線をそらす。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

影の子より

STREET
BL
 視えるもの。  聞こえるもの。  触れるもの。  それら全てが新鮮であり、全てが心を突き動かした。空っぽで真っ白な世界に色が着き、徐々に拡がっていった。穏やかな何かに守られていた、幼い頃。そして、誰もが大人になっていく。そう思っていた。ずっと。──ずっと。  長い年月を経て、対立を繰り返す、南北ガラハン公国。  影として生きた青年と、争いの先にあるものを眺めた青年。  生命は受け継がれ、つながっていく。時には愛情として。時には重荷として。その狭間で揺られながら、彼らは生きた。  □□□□□    2023年 9月 1日:前編始動    2024年 7月 1日:前編完結    編集して再始動。    のんびりですが、お付き合いくださりありがとうございました。φ(. . )  □□□□□

子ども扱いしないでください! 幼女化しちゃった完璧淑女は、騎士団長に甘やかされる

佐崎咲
恋愛
旧題:完璧すぎる君は一人でも生きていけると婚約破棄されたけど、騎士団長が即日プロポーズに来た上に甘やかしてきます 「君は完璧だ。一人でも生きていける。でも、彼女には私が必要なんだ」 なんだか聞いたことのある台詞だけれど、まさか現実で、しかも貴族社会に生きる人間からそれを聞くことになるとは思ってもいなかった。 彼の言う通り、私ロゼ=リンゼンハイムは『完璧な淑女』などと称されているけれど、それは努力のたまものであって、本質ではない。 私は幼い時に我儘な姉に追い出され、開き直って自然溢れる領地でそれはもうのびのびと、野を駆け山を駆け回っていたのだから。 それが、今度は跡継ぎ教育に嫌気がさした姉が自称病弱設定を作り出し、代わりに私がこの家を継ぐことになったから、王都に移って血反吐を吐くような努力を重ねたのだ。 そして今度は腐れ縁ともいうべき幼馴染みの友人に婚約者を横取りされたわけだけれど、それはまあ別にどうぞ差し上げますよというところなのだが。 ただ。 婚約破棄を告げられたばかりの私をその日訪ねた人が、もう一人いた。 切れ長の紺色の瞳に、長い金髪を一つに束ね、男女問わず目をひく美しい彼は、『微笑みの貴公子』と呼ばれる第二騎士団長のユアン=クラディス様。 彼はいつもとは違う、改まった口調で言った。 「どうか、私と結婚してください」 「お返事は急ぎません。先程リンゼンハイム伯爵には手紙を出させていただきました。許可が得られましたらまた改めさせていただきますが、まずはロゼ嬢に私の気持ちを知っておいていただきたかったのです」 私の戸惑いたるや、婚約破棄を告げられた時の比ではなかった。 彼のことはよく知っている。 彼もまた、私のことをよく知っている。 でも彼は『それ』が私だとは知らない。 まったくの別人に見えているはずなのだから。 なのに、何故私にプロポーズを? しかもやたらと甘やかそうとしてくるんですけど。 どういうこと? ============ 番外編は思いついたら追加していく予定です。 <レジーナ公式サイト番外編> 「番外編 相変わらずな日常」 レジーナ公式サイトにてアンケートに答えていただくと、書き下ろしweb番外編をお読みいただけます。 いつも攻め込まれてばかりのロゼが居眠り中のユアンを見つけ、この機会に……という話です。   ※転載・複写はお断りいたします。

処理中です...