上 下
40 / 87
第ニ章 溺れればよかった、その愛に

約束はきっと儚い(1)

しおりを挟む
 やはりまずは軍人としての視点で見てしまう。
 己の置かれた状況も、そしてこの窓の外の景色も。

 窓ごしに射しこむ明るい陽光を浴びながら、アルフォンスは厳めしい表情で腕を組んでいた。
 何ということはない。
 無理にでも思考を外へ向けないと馬車での甘い囁きを思い出してしまうからだ。

 身体の奥を裂かれた傷はもう癒えた……多分。
 だが心に刻まれた快楽は、ともすれば不意に鎌首をもたげアルフォンスを苦しめるのだ。
 あの男の手を思い出して、無意識に自分で弄ってしまいそうになる。

 男ばかりの戦場で、兵たちがよく軽口を叩いていたっけ。
 女が恋しい、あたたかい肌が恋しいと。
 なんて下品な奴らだろうと、そのときは思っていたが……成程。こういう感情だったのか。

「アルフォンスさん、また勝手に外へ出ましたね?」

 背後からの嘆きも、この際聞こえないふりをしておく。

「わたしはこのお部屋の中でアルフォンスさんのお世話をするよう言われてるんですからね。外へ出てはいけません」

 僧か学者のようなガウンをまとった中年の男が白髪混じりの頭をかきむしった。
 フリードと名乗ったこの男、当然のような顔をして朝から夜までアルフォンスの部屋に居座っている。
 王直々に客人の世話係に任命したということだが、もちろんこれは体のよい見張りに他ならない。

 しかしこのフリード、見たとこかなりのポンコツのようだった。

 彼がうたたねをしている隙に、アルフォンスは何度も部屋を抜け出していた。
 ロイから良いことを聞いたとばかりに水路に入り浸ることができるのは、このフリードが昼寝を欠かさないおかげでもある。

「しかしあの船というやつは水に浮かんでいるせいか、いらぬ方向に力が加わっている気がするな」

「はて、そうですか? 機能的な形だと思うんですけど?」

「水の影響を受けて縦横に動いて節操がない。しかも小刻みにだ。あれは乗り手への攻撃の意志か?」

 キョトンとした表情のフリード。
 感覚を思い出したか、アルフォンスは己の胸を押さえた。

「船が揺れると、喉がキユッと締まって胃が膨張しそうになる」

「アルフォンスさん……?」

 真顔のフリード。
 声が低い。

「難しく仰いますけど、それは船酔いというやつですよ」

「ふなよい?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

視線の先

茉莉花 香乃
BL
放課後、僕はあいつに声をかけられた。 「セーラー服着た写真撮らせて?」 ……からかわれてるんだ…そう思ったけど…あいつは本気だった ハッピーエンド 他サイトにも公開しています

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

処理中です...