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第一章 夜に秘める

屈辱のくちづけ(8)

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「愛……?」

「ええ」

 先走りを馴染ませるよう、それはゆっくりゆっくりとアルフォンスの身体の奥へと侵入してきた。
 腹の内側を走る感覚に、思わず黒衣の胸元にしがみつく。

 馬車は岩場を抜けたようだった。
 石畳で整備されていない地面は、この雨で足場が悪い。
 荷駄や人の往来で穿たれた泥がそのままの状態で固まっている。

 馬車の車輪がとられ、カタカタと揺れるたびに身体の奥を走る振動にアルフォンスは涙声を漏らした。
 敏感に腫れあがった乳首にカインの黒衣の布地が擦れる。

「うそだっ……」

 呻き声が深くなり、やがて吐息に変じる。
 微かな喘ぎ声が混ざるのに、時間はかからなかった。

「何が嘘ですか?」

 腕の中の囚われ人を愛おしそうに抱きしめる。
 互いの息遣いとカインの囁き声が、狭い車内で反響して幾重にも聞こえた。

 必死に首を振りながら、アルフォンスはこの期に及んで憎まれ口を叩いた。

「あいしてるなんて絶対にうそだ。んっ……ほんとうに好きなら、こんなことしない」

「好きですよ。僕が好きだと言うと、繋がっている奥がキュッと締まって応えてくれますよ」

「ちが……」

 熱い息遣いが鼻にかかり、湿った粘膜がアルフォンスの唇を強引に拓かせる。
 挿し入れられる舌に口中を犯されながら、アルフォンスは黒衣の肩に腕を絡めた。

 ああ、肌と肌が合わされば伝わる熱がきっと思考力を奪ってくれるに違いない。
 無意識の動きだろう。
 震える指先が、黒衣の裾を強く引っ張る。
 こんな邪魔な布なんて剥いでしまえと言わんばかりに。

「アルフォンス殿下?」

 だが、予想外に強い力がアルフォンスの手首を縛めた。
 両手の指を絡めてきたのは、アルフォンスの自由を奪うためか。
 訝しげに顔をあげる金髪の青年の耳元で囁かれる深い声。

「愛していますよ。本当だ。だからどうか呼んで。僕の名を」

「……誰が呼ぶか」

 誤魔化されたような気がする。
 強者のカインが、囚われの王弟のために肌を晒すいわれなどないと言いたいのだろうか。
 よく考えればそれも道理だ。

 翡翠色の双眸から雫があふれ、零れ落ちる。
 それは震える感情ゆえか、突き抜ける快楽のためか。
 アルフォンス自身にも分からなかった。

「愛している、アルフォンス。あの時からずっと……」

「うぅっ……そんなこと言うな……っ」

 そんな言葉を信じてはならない。
 けれども、ああ──アルフォンスは目を閉じる。
 頼むから痛くしてほしい。
 肌を這い回るカインの手は優しく、頬を嬲る舌先は震えている。
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