簒奪王の劣情と黄金の秘めごと

陣リン

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第一章 夜に秘める

屈辱のくちづけ(6)

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「何だ、この椅子は。クッションもないのか」

 吐き捨てたのは、尻の衝撃が予想以上にひどかったからだ。
 すみません、とカイン。
 神妙な面持ちに驚いたのも束の間、こちらを見下ろす真顔から真意は見えない。

「なんなら僕の膝に乗りますか?」

「はぁ?」

 本気か冗談か計りかねアルフォンスは結局、無視することに決めた。

 窓の外で動く景色。
 愛馬の姿はもうどこにも見えない。
 故郷はゆっくりと遠ざかっていく。

 姉王はきっと自分を心配してくれるだろう。
 同時に賢明な判断を下すに違いない。
 つまり、都合良く退却していく敵軍を追わず静観。
 国境付近の防備を固める。

 いずれ外交ルートで問い合わせは入ろうが、捕虜として捕らえられたであろう弟の救出のために危険を冒すようなことはするまい。
 それは姉が冷たいからでなく、民を想う良き王であるからだ。

 不意に頬に熱いものが触れた。

「やめっ……!」

 またあの手に身体をいいようにされる。
 そう思って身をよじったアルフォンスは、ぴたりと寄り添って座るカインが驚いた表情でこちらを見やる様に一瞬呆けた。

 見開かれる黒曜石の眼の奥で何かがキラキラと光っている。
 目を凝らすとカインの眼に映る自分の貌が見える。
 真珠が零れるような雫、それが己の頬を伝う涙だと気付きアルフォンスは小さく声をあげた。
 体の左側が熱く燃える。

「ち、違う……俺は泣いてなんか……」

 高慢を包み込むように、カインの手がアルフォンスの頬に添えられた。
 長い指が目尻を拭う。

「夕べは我を忘れて無茶をしてしまいました。馬車の揺れはつらい? 身体が痛む?」

 探るように近付く唇。
 耳元をくすぐるやわらかな息遣い。
 問いに、アルフォンスは首を振った。
 だってあんなこと、何でもないんだから。

「王都から離れるのがつらいですか?」

 もう一度首を振る。
 これまで軍の遠征で何度も国を離れた。
 特段、感傷なんてあるはずない。
 それに自分には国と民を守るという責任がある。
 ならば何故こんなにも心が乱れるのだ。

「見るな……っ」

 湿気を吸って跳ねた黄金の毛を、カインはゆっくりと撫でた。
 唇がアルフォンスの頬に触れ、零れる涙を啜る。
 強情さと頼りなさの間を揺らぐ王弟は、触れられるたびにピクリと睫毛を震わせた。

「あなたを泣かせたのは僕です。全部、僕のせいにしていいから。だから……」
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