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第一章 夜に秘める

「剣を忘れるな」(3)

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「えっ?」

 アルフォンスが訝しむのも頷けよう。
 ディオールは身寄りがなく奴隷の身に落ちたところをアルフォンスの亡き両親に救われ、二人は共に育ったのだ。

「幼いころに生き別れた。実際、記憶はあまりないんだ。私も最近まで兄が生きているなんて知らなかった。しかもクーデターを起こしてグロムアスの国王の座についているなど」

 生き別れた弟をずっと探していたと、兄カインから手紙が来たのは二か月ほど前のことと言う。

 毎年のように繰り返されるレティシア国境の小競り合いに手を焼く兄は一度レティシア王都へ進軍し、軍事国家グロムアスが誇る大軍を見せつけてやりたいと述べてきた。
 目的は不可侵条約。
 あわよくば同盟締結だと。

 悪い話ではないと、一瞬躊躇した後にディオールは王都へ向かう複雑な地形図を送ったという。

 現実にグロムアス軍は一定距離をあけて包囲したものの、攻撃を仕掛ける兆候すら見せなかった。
 あとは条約を結べば万事解決である。

「まさかあんたが使者にたつなんて思わなかった。何より、兄があんな暴挙にでるなど……」

 湯の中で王弟は顔を覆った。
 頬が濡れているのは涙を隠すためだろうか。

「お前を裏切者と罵ったが、違ったんだな。血は水より濃いという。お前は元々の味方に忠実だっただけなんだな……」

 微かに漏れる笑み。
 湯面に映るディオールの苦い表情を見ないように目を閉じた。
 心の中で決別の言葉を吐く。
 二人でやって来た山路の道のりを、今度は独りで帰ることになるのだ。

「あいつはどこだ? 戻ってこないうちに俺は戻るぞ」

「あいつ?」

 おうむ返しに尋ねるかつての部下は、そういえば少々愚鈍なところがあり手を焼いたものだった。
 元主君の苛立ちを感じたか、ディオールは焦った様子だ。

「あ、兄上なら軍の中枢の者たちと作戦会議を……」

「何だと! まさか、王都を攻める気か?」

 姉上──と叫び立ち上がったアルフォンスだが腰がカクリと折れ、その場で揺らぐ。

「あっ……」

 後孔からトロリと熱が溢れたのだ。
 股の間をゆっくりと垂れ落ちる。
 腹の奥に吐き出された精液であると気付き、今度は上体が傾いだ。

 とっさにディオールの手が伸びる。
 剥き出しの腰と肩を支え抱き寄せたのも、決して他意はなかったのだろう。

 だが次の瞬間、アルフォンスの手が翻る。

「俺に触るなっ!」

 パンと小気味良い音をたて、白い手の平がディオールの頬を打った。
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