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第2章 新しい生き方
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「こんな時こそ、魔法の出番だ」
「魔法」
「この首飾り付いている石に魔力が宿っていて、そこにあたしの術を施してある。これを着けていると、ほんの少しだけど顔が違って見える」
「顔が…違って見える?」
イヴォンヌはアネカが彼女の手に乗せた首飾りを、得体の知れないものを見るかのように眺めた。
親指の爪くらいの大きさの黒く輝く石が、真ん中に付いて、黒光りしているその石に、自分の顔が歪んで映っている。
「そ、目が少し本当より細く見えたり、口が少し大きく見えたりとか」
「外に出るときこれを着けていれば、父たちには私だとわからない?」
「ただし一瞬だけ。残念だけど、あたしの力はそれ以上保たないから。せいぜいもってほんの五分ってとこかな。だから人違いだと思わせたらすぐに離れてね」
「はい」
まだ半信半疑の様子で、イヴォンヌはアネカと首飾りを交互に見る。
魔法に触れたことがないので、よくわからないが、アネカを疑う理由もない。
「ありがとうございます。何から何まで…本当に。ここまでしてもらって、どう恩を返していいか」
「返してもらおうなんて、思っていないよ。だから気を遣わないで。あたしが自分の生活のためにやっていることだ。何しろ綺麗な部屋に住めて、煩わしい数字とも向きあわなくていいし、美味しいものが食べられる。対価としては十分過ぎるくらいだよ」
半分は本音。半分はイヴォンヌに気を遣わせないためだろうが、イヴォンヌは自分がしたことに、ここまで感謝の言葉を向けられたことがなく、それだけでもアネカと出会えたことにを嬉しく思った。
(たとえ、ここを出ることがあっても、あの家にだけは戻りたくない)
「まあ、あんたの家族はそれが当たり前だと思って、愚かにもあんたを蔑ろにしたせいで、今頃後悔しているだろうけどね」
「え…?」
アネカがくれた首飾りを見つめていたイヴォンヌは、その言葉を聞いて顔を上げた。
「悪い評判が流れかけている。使用人の扱いや、お金払いが悪くなったって。取引している商人たちからもね」
ここ最近家の切り盛りはイヴォンヌの仕事だった。
義母は学がないことを露見されたくなく、元からあまり家計に関わりたがらなかった。
出来るのは浪費することだけ。
ミランダも同じ。
父も面倒くさいことは嫌いで、元々嫌嫌仕事をやっていた。
「まあ、少しはイビィの有り難みを身に沁みているといいけどけ」
「だといいのですが…多分恨みだけが募っていると思います」
イヴォンヌを省みなかったことより、いなくなったことに恨み辛みを口にしているだろう。
「……そうかい。なら、こっちも罪悪感が薄れるってものだ」
「ふふ、そうですね」
今のアネカの話を聞いて、イヴォンヌの家族への未練は断ち切られた。
黙って出ていったことに、悪かったかと、少し感じていたところだ。
「心残りがあるとしたら、母のものを何も持ち出せなかったことでしょうか」
と言っても、母の形見は大したものはあまりない。イヴォンヌの亡き母のものは、衣服などは殆どエラに捨てられ、装飾品は取り上げられた。
残っていたのは、母が死ぬ間際にイヴォンヌのために刺繍してくれたハンカチくらいだ。
「でもきっと、それも捨てられているでしょうね」
「まあ、物質的なものは、いつかは無くなる。だけど、お母上との思い出は、イビィの中にある」
「そうですね。ふふ、実は母は刺繍などが苦手で、出来は良くなかったんです…あ、あれ?」
笑って済まそうと思ったが、アネカの顔がぼやけて、知らぬ間に涙が滲んでいた。
アネカは空になったイヴォンヌのカップを、彼女の手からすっと引き上げ、ポンポンと肩を優しく叩いた。
「いいよ。あたしはもう寝るから」
そう言ってアネカはイヴォンヌを一人残し、自室へ引き上げて行った。
一人残されたイヴォンヌは、一人ボロボロと涙が涸れるまで泣き続けた。
下手な慰めもしないアネカの心遣いが、イヴォンヌにとっては有り難かった。
イヴォンヌはこの日、本当に久し振りに思い切り泣いた。
「泣くのはこれで…最後にしよう」
そう心に決めて。
「魔法」
「この首飾り付いている石に魔力が宿っていて、そこにあたしの術を施してある。これを着けていると、ほんの少しだけど顔が違って見える」
「顔が…違って見える?」
イヴォンヌはアネカが彼女の手に乗せた首飾りを、得体の知れないものを見るかのように眺めた。
親指の爪くらいの大きさの黒く輝く石が、真ん中に付いて、黒光りしているその石に、自分の顔が歪んで映っている。
「そ、目が少し本当より細く見えたり、口が少し大きく見えたりとか」
「外に出るときこれを着けていれば、父たちには私だとわからない?」
「ただし一瞬だけ。残念だけど、あたしの力はそれ以上保たないから。せいぜいもってほんの五分ってとこかな。だから人違いだと思わせたらすぐに離れてね」
「はい」
まだ半信半疑の様子で、イヴォンヌはアネカと首飾りを交互に見る。
魔法に触れたことがないので、よくわからないが、アネカを疑う理由もない。
「ありがとうございます。何から何まで…本当に。ここまでしてもらって、どう恩を返していいか」
「返してもらおうなんて、思っていないよ。だから気を遣わないで。あたしが自分の生活のためにやっていることだ。何しろ綺麗な部屋に住めて、煩わしい数字とも向きあわなくていいし、美味しいものが食べられる。対価としては十分過ぎるくらいだよ」
半分は本音。半分はイヴォンヌに気を遣わせないためだろうが、イヴォンヌは自分がしたことに、ここまで感謝の言葉を向けられたことがなく、それだけでもアネカと出会えたことにを嬉しく思った。
(たとえ、ここを出ることがあっても、あの家にだけは戻りたくない)
「まあ、あんたの家族はそれが当たり前だと思って、愚かにもあんたを蔑ろにしたせいで、今頃後悔しているだろうけどね」
「え…?」
アネカがくれた首飾りを見つめていたイヴォンヌは、その言葉を聞いて顔を上げた。
「悪い評判が流れかけている。使用人の扱いや、お金払いが悪くなったって。取引している商人たちからもね」
ここ最近家の切り盛りはイヴォンヌの仕事だった。
義母は学がないことを露見されたくなく、元からあまり家計に関わりたがらなかった。
出来るのは浪費することだけ。
ミランダも同じ。
父も面倒くさいことは嫌いで、元々嫌嫌仕事をやっていた。
「まあ、少しはイビィの有り難みを身に沁みているといいけどけ」
「だといいのですが…多分恨みだけが募っていると思います」
イヴォンヌを省みなかったことより、いなくなったことに恨み辛みを口にしているだろう。
「……そうかい。なら、こっちも罪悪感が薄れるってものだ」
「ふふ、そうですね」
今のアネカの話を聞いて、イヴォンヌの家族への未練は断ち切られた。
黙って出ていったことに、悪かったかと、少し感じていたところだ。
「心残りがあるとしたら、母のものを何も持ち出せなかったことでしょうか」
と言っても、母の形見は大したものはあまりない。イヴォンヌの亡き母のものは、衣服などは殆どエラに捨てられ、装飾品は取り上げられた。
残っていたのは、母が死ぬ間際にイヴォンヌのために刺繍してくれたハンカチくらいだ。
「でもきっと、それも捨てられているでしょうね」
「まあ、物質的なものは、いつかは無くなる。だけど、お母上との思い出は、イビィの中にある」
「そうですね。ふふ、実は母は刺繍などが苦手で、出来は良くなかったんです…あ、あれ?」
笑って済まそうと思ったが、アネカの顔がぼやけて、知らぬ間に涙が滲んでいた。
アネカは空になったイヴォンヌのカップを、彼女の手からすっと引き上げ、ポンポンと肩を優しく叩いた。
「いいよ。あたしはもう寝るから」
そう言ってアネカはイヴォンヌを一人残し、自室へ引き上げて行った。
一人残されたイヴォンヌは、一人ボロボロと涙が涸れるまで泣き続けた。
下手な慰めもしないアネカの心遣いが、イヴォンヌにとっては有り難かった。
イヴォンヌはこの日、本当に久し振りに思い切り泣いた。
「泣くのはこれで…最後にしよう」
そう心に決めて。
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