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38 燕の怒り
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尊の体が強力な磁石に引っ張られるように窓ガラスに向かって飛んでいき、下りていたブラインドがガシャガシャと音を立てて歪んだ。
「ぐはっ」
尊は蛙が潰れたような声を出した。
高野も大平も鈴木も何が起こったのかわからず、口も目も大きく見開いてその場で固まっている。
「燕様」
ジャッカルはいち早く事態を察し、燕の名を呼んだ。
和音たちが燕を見ると、青い瞳の中心に金色の炎が渦巻き、銀髪の毛先がまるで糸に引っ張られるように立ち上がっていた。
「貴様…黙って聞いていれば、和音を侮辱するのもいい加減にしろ」
まるで獣の唸り声のような声が燕の口から絞り出される。
「獣でももう少し子に愛情を注ぐというのに、お前の罪は横領ではない。娘を愛さずその存在を否定し、自分の都合で振り回したことだ」
「え、燕」
「グハッ、く、くるし…」
ビリビリと空気が震える。尊は窓ガラスに磔にされ首のあたりをかきむしてっている。
「傷つき、夢の中で泣いていた。そんな和音をこれ以上傷つけ、苦しめるな」
「グアア」
尊の口から涎が垂れ、鼻血が流れる。
「その口、二度と和音を侮辱できないよう舌を引きちぎってやる」
「わあああ、や、や…ひいいいい」
尊の体が更に上へと持ち上げられ、それに合わせてバキバキとブラインドが折れていく。
「燕、やめて」
父を助けたいと思うより、このままでは燕が罪を犯すことになる。
和音は燕の体に抱きつき、体を張って彼を止めた。
「和音」
身を寄せる和音の気配に燕は我にかえって彼女を見て名を呼んだ。
ドサリ
尊の体が床に落とされ、彼はそのまま失神した。
ジャッカルが直様倒れ込んだ尊に駆け寄り、脈を確かめる。
「大丈夫。生きております」
その場に安堵のため息が漏れる。
「良かった」
尊が生きていたことより、燕が人殺しにならなくて良かったことに安堵する。
「和音…」
「あれ、私…」
その途端、酷い耳鳴りがして目の前の燕の姿が霞んできた。
「和音!」
そのままずるりと和音の体が崩れ落ち、燕が抱き留め床に倒れるのは免れたが、彼の自分の名を連呼する声を聞きながら、和音は意識を手放した。
次に彼女が目覚めたのは、見覚えのある部屋だった。
「ここは…」
そこは国立健康管理センターのあの特別室だった。
「和音!」
目を開けるとすぐ燕の顔が視界に飛び込んできた。
「燕…私は…? ここ、病院?」
「ああ、そうだ。警視庁の会議室で急に気絶して倒れて、そのままここに運んだ」
「そう…」
額に腕を置き、天井を見上げながら和音も何があったか記憶を思い起こす。
「子供は?」
はっと、気づいてお腹に振れる。子供に何か異常でもあったのだろうか。
「大丈夫。子供に異常はない。極度の緊張とストレスが重なったらしい」
「良かった」
子供が無事と聞いて体の力が一気に抜けた。
それから桃田と坂口を燕が呼んで、体調を確認してくれた。
「倒れる前の状況を教えていただけますか?」
桃田に尋ねられ、胸のむかつきや吐き気、頭痛があったことを伝えた。
「なるほど、頭痛は緊張によるものでしょうが、吐き気などは悪阻かもしれませんね」
「あ、あれ…悪阻だったんですね」
今は収まっているが、あれがよく聞く悪阻だったのかと和音は納得して笑った。
「どうして笑っていられるんだ。苦しかっただろう? すまない。気づかなくて」
燕の方が辛そうに言う。
「だって、悪阻ですよね。病気じゃなくて。赤ちゃんがいる証拠よ」
「しかし…」
「燕様、確かに匂いに敏感になったり、食べ物が受け付けなかったり、症状は大変な部分はありますが、和音様のおっしゃるように、ちゃんとお腹に赤ちゃんがいるから起こることです」
「そうだが…しかし」
「人により重さも期間も様々ですし、食べられなければ母体が栄養失調になって、点滴、ということもありますが、それを気に病んでいては先に進みません」
「そうです。そのために私達がいるのですから。ご安心ください」
「とりあえず一週間ほどこのままここで様子を診ます。バミューダに戻れるか和音様の体調を見ながら考えましょう」
「ありがとう」
桃田たちが診察を終え、また燕と二人になり、和音は自分が倒れた後のことについて燕から話を聞くことになった。
「ぐはっ」
尊は蛙が潰れたような声を出した。
高野も大平も鈴木も何が起こったのかわからず、口も目も大きく見開いてその場で固まっている。
「燕様」
ジャッカルはいち早く事態を察し、燕の名を呼んだ。
和音たちが燕を見ると、青い瞳の中心に金色の炎が渦巻き、銀髪の毛先がまるで糸に引っ張られるように立ち上がっていた。
「貴様…黙って聞いていれば、和音を侮辱するのもいい加減にしろ」
まるで獣の唸り声のような声が燕の口から絞り出される。
「獣でももう少し子に愛情を注ぐというのに、お前の罪は横領ではない。娘を愛さずその存在を否定し、自分の都合で振り回したことだ」
「え、燕」
「グハッ、く、くるし…」
ビリビリと空気が震える。尊は窓ガラスに磔にされ首のあたりをかきむしてっている。
「傷つき、夢の中で泣いていた。そんな和音をこれ以上傷つけ、苦しめるな」
「グアア」
尊の口から涎が垂れ、鼻血が流れる。
「その口、二度と和音を侮辱できないよう舌を引きちぎってやる」
「わあああ、や、や…ひいいいい」
尊の体が更に上へと持ち上げられ、それに合わせてバキバキとブラインドが折れていく。
「燕、やめて」
父を助けたいと思うより、このままでは燕が罪を犯すことになる。
和音は燕の体に抱きつき、体を張って彼を止めた。
「和音」
身を寄せる和音の気配に燕は我にかえって彼女を見て名を呼んだ。
ドサリ
尊の体が床に落とされ、彼はそのまま失神した。
ジャッカルが直様倒れ込んだ尊に駆け寄り、脈を確かめる。
「大丈夫。生きております」
その場に安堵のため息が漏れる。
「良かった」
尊が生きていたことより、燕が人殺しにならなくて良かったことに安堵する。
「和音…」
「あれ、私…」
その途端、酷い耳鳴りがして目の前の燕の姿が霞んできた。
「和音!」
そのままずるりと和音の体が崩れ落ち、燕が抱き留め床に倒れるのは免れたが、彼の自分の名を連呼する声を聞きながら、和音は意識を手放した。
次に彼女が目覚めたのは、見覚えのある部屋だった。
「ここは…」
そこは国立健康管理センターのあの特別室だった。
「和音!」
目を開けるとすぐ燕の顔が視界に飛び込んできた。
「燕…私は…? ここ、病院?」
「ああ、そうだ。警視庁の会議室で急に気絶して倒れて、そのままここに運んだ」
「そう…」
額に腕を置き、天井を見上げながら和音も何があったか記憶を思い起こす。
「子供は?」
はっと、気づいてお腹に振れる。子供に何か異常でもあったのだろうか。
「大丈夫。子供に異常はない。極度の緊張とストレスが重なったらしい」
「良かった」
子供が無事と聞いて体の力が一気に抜けた。
それから桃田と坂口を燕が呼んで、体調を確認してくれた。
「倒れる前の状況を教えていただけますか?」
桃田に尋ねられ、胸のむかつきや吐き気、頭痛があったことを伝えた。
「なるほど、頭痛は緊張によるものでしょうが、吐き気などは悪阻かもしれませんね」
「あ、あれ…悪阻だったんですね」
今は収まっているが、あれがよく聞く悪阻だったのかと和音は納得して笑った。
「どうして笑っていられるんだ。苦しかっただろう? すまない。気づかなくて」
燕の方が辛そうに言う。
「だって、悪阻ですよね。病気じゃなくて。赤ちゃんがいる証拠よ」
「しかし…」
「燕様、確かに匂いに敏感になったり、食べ物が受け付けなかったり、症状は大変な部分はありますが、和音様のおっしゃるように、ちゃんとお腹に赤ちゃんがいるから起こることです」
「そうだが…しかし」
「人により重さも期間も様々ですし、食べられなければ母体が栄養失調になって、点滴、ということもありますが、それを気に病んでいては先に進みません」
「そうです。そのために私達がいるのですから。ご安心ください」
「とりあえず一週間ほどこのままここで様子を診ます。バミューダに戻れるか和音様の体調を見ながら考えましょう」
「ありがとう」
桃田たちが診察を終え、また燕と二人になり、和音は自分が倒れた後のことについて燕から話を聞くことになった。
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