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31 求愛行動

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自分の最後を共に過ごす相手として和音を選んだという燕。
それはただ、ゆりかごとして、子供を生むためだけの相手というより、ずっと壮大な話だった。

「燕、私は…」
「本当は、ここまで話すつもりはなかったが、君がいつまでも遠慮気味なのは、きっと自分がただ、子供を生むのに適しているから選ばれたのだと思っているようだったから」
「それは、そう…です」

自分の考えを言い当てられて和音はどきりとした。

「でも、燕。私は・・どうしてそこまで・・だってあなたと私はこの前病院で会ったのが初めてで」
「君はそうでも、私は違う。君のことも含めて私は名前のあがった候補者には全員会いに行った。陰から見守っていただけだが。その上で、君に決めた。別に私の子供を産むと言うことが特別偉いわけではない。私もトゥールラークの中では地位は高いが、神でも何でもない。私の子を産ませてやるとか、そんなおこがましいことは思っていない」

燕の子供を身籠ることの偉大さも重要さも数音にはわからない。宿った命に罪はないし、身籠ってしまったなら、大切にはするつもりだ。
そうまでして子孫を残したいということなのだろう。

「これは理屈じゃない。君を見た時から私は君しか見えなくなった。君以外は考えられない。五百年生きてきて、初めてそう思える人に巡り会えた。これはトゥールラーク人のさがだ。この人だと思ったらそれ以外は受け入れられない」
「私は、燕のことはいい人だと思います。格好いいとも・・燕が、私を子供の母親としてだけでなく、私がいいと言ってくれたことも嬉しく思います。でも、燕が私に言ってくれたようには、まだ思えない」

ごめんなさい。と和音は謝った。
同じだけの想いを返せない。そこまで重く深い愛情を燕に抱けるか、これまで己のすべてを捨ててもいいと思えるような熱い恋などしたことがない。
これが恋だと実感したこともない。
母のことは大事だが、「愛している」とまで言ったこともない。

「気にすることはない。それがトゥールラーク人と地球人の差だ。愛情を返してもらおうとは思わない。私が勝手にすることだ。一緒にいてくれるだけでいい。私がこれからたくさんの愛を和音に注ぐ。注いで注いで、私の愛が溢れて、そして和音の心を満たすことが出来たら、その時に、和音の出来る範囲で応えてくれればいい」

今でも十分すぎるほどなのに、まだまだ足りないと燕は言った。
その言葉だけで、和音は溺れそうになる。

「トゥールラーク人の溺愛の表現のひとつに、『求愛給餌』というものがある」
「『求愛給餌』?」
「そう。生物に見られる求愛行動のひとつだ。地球にも同じすることをする生物がいるが、相手をつなぎ止め、栄養補給や獲物を狩る能力を誇示するために行う」

それを聞いて、先ほどから和音の口に食べ物を持ってくる燕の行動を思いだした。

「さすがに自分で獲物を狩るということはないが、君が望むなら鳥や動物を狩ってもいい。ジビエというものもあるしね」

あれが求愛の一種だとは思わなかった。

「地球でも人がナイフやフォークで食べ始めたのは十五世紀頃。それまでは手で食べ、ナイフは大きな肉を切って取り分けるためのものだった」

フィンガーボールは今でもあるし、手で食べる文化はあるから、それ自体は驚かない。
でも、人の手から食べさせるという行動に、求愛の意味があると聞かと、そのひとつひとつに彼の思いを感じて、和音は体が熱くなった。

「和音」

親が名付けた名前だが、彼がその名を優しく呼ぶと、慣れ親しんだその名の響きが、これまでとまるで違って聞こえる。

「混乱させてしまったか?」

首を僅かに傾げ、燕の銀髪がさらりと流れる。
問いかける青い眼差しと視線が絡みあい、和音は胸が詰まって何も言葉が出てこなかった。
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