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第三章 昨日の敵は今日も敵か味方か

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「もちろん、大神官様への謝罪のことです」
「ああ、そのことか。大の大人がカッコ悪いよな。初対面の相手につっかかるなんて。もう三十歳になるのに」
「大神官様も悪い方ではないのですが、少し頭が固いというか…あ、悪口と思わないでくださいね。ただ新しいものを受け入れ難いのだと思います。でも、一度受け入れられたら、とても面倒みのいい温かい方です」

 副神官の言葉に嘘はなさそうだ。

「俺もつい歯向かってしまいました。でも、あなたに対する態度から、この人は悪い人ではないのどと思いました」
「私に対する態度…ですか?」
「そうです。上司と部下というだけでなく、あなたのことを気にかけていた姿には、好感が持てました」

 紫紋の言葉を聞いて、彼は納得したかのように頷く。

「私は幼いうちから聖力が膨大で、早くから神殿預かりになりました。その時大神官様はまだ副神官になる前で、親元を離れて寂しがる私を、とても気遣ってくれました。言わば大神官様は育ての親みたいなものです」

 副神官は懐かしそうに目を細める。

「育ての…じゃあ、その相手に俺がつっかかったのを見て、嫌な気分にさせてしまいましたね」

 自分が慕う相手に冷たい態度を取られたら、嫌な気分になるだろう。

「大神官様の態度も、行き過ぎた部分はありましたし、先に謝って歩み寄られたシモンさんの行動には、感服いたしました。ですからあなたのことを嫌な方とは思っておりません」
「それを聞いてほっとしました」

 万人に好かれることは難しいし、そんなことを望んではない。しかし、嫌われるのは嫌な気分だ。

「幼い頃から神殿にいたということは、さっき一緒にいた宰相さんと、これから行く騎士団にいるお兄さんとは、仲がいいんですか?」
「特に悪くはないと、私は思っています。それぞれ別の道を歩んでおりますから、普段は殆ど交流はありませんが、会えば互いの近況を話し、両親とも手紙のやり取りは続けております。シモンさんのご家族は、どのような方なのですか?」

 自分の家族の話が出たから、当然こっちのことも聞いてくるだろう。

「俺は両親が離婚して、小さい頃から祖父母の手で育った。今は祖父母も亡くなり次第、両親はそれぞれ家庭を持っているから、滅多に会うことはなかった」
「………」

 悪いことを聞いてしまったという気持ちが、副神官の顔に浮かぶ。

「気にしないで。俺の国の言葉に『遠くの親戚より近くの他人』ってのがあって、肉親との縁は薄いが、仲間には恵まれている。だから寂しいと思ったことはない」

 痩せ我慢でもなんでもなく、それは本心だ。紫紋にとって祖父母が亡くなった今は、血の繋がった家族より仲間の方が大事だ。

「では、私も『近くの他人』として、お仲間に入れていただけますか?」
「ファビアン副神官を?」

 藪から棒の提案に、紫紋は驚く。

「先ほどの聖力交換は、私にとって初めての経験でした。正直に申しますと、この上ない喜びと恍惚感でした」
「あ、ああ、そうなのか? 俺にはよくわからなかったが…」

 何だかちょっとエロい言い方に聞こえなくもない。
 その上、そのことを語る彼の目は潤み、頬を赤い。まるで発情しているように見えなくもない。

「たぶんそれは、シモンさんの方が聖力が多いからでしょうね。私の全聖力を注いでも、あなたにはまだ余裕がある。何よりあなたの聖力は清廉でとても清々しく、何度でも味わいたくなるほどです」
「そ、そうか…」

 益々怪しい雰囲気に流れていく。

「シモンさんは、私のことお嫌いですか?」
「え!」

 いきなりな質問に、声が裏返る。

「えっと、嫌いとか好きとか別に…」

 出会ったばかりの相手を、いきなりその二択で考えたことはない。
 不良時代、縄張り争いでやり合った奴らとも、敵対はしていたが、本当の意味で憎み合ってはいなかったし、嫌いとは思っていなかった。

「私をこの世界での、あなたにとっての『近くの他人』にしていただけますか?」

 変に固執するな、とは思うが断る理由もない。

「飛花ちゃんも大事だ。だから、それ以外は誰が一番とかは決められない。」
「構いません。それと、定期的に聖力交換することをお約束していただけますか?」
「わかった。いつするかとは、そっちに任せる」
「はい」

 副神官はまるで今にも踊りだすのでは、と思うくらい喜んでいた。
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