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第三章 昨日の敵は今日も敵か味方か

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 紫紋はほんの数秒程度と思っていたが、飛花の体感では十分程二人は手を重ねて微動だにしなかったらしい。

「心配しました」
「すまなかった」
「いいえ、イケメン二人が手を繋いで対峙している光景は滅多に見られないので、ごちそうさまでした」
「ごち?」
「あ、いえいえこっちの話です」

 飛花が笑って誤魔化すので、その件については、それ以上詮索できなかった。

「ファビアン、どうだ?」

 宰相がぐったりする副神官に尋ねる。

「大丈夫です」

 ふう~っと彼は悩ましげなため息を吐くと、ぱちりと目を開いて薄青の瞳を輝かせた。

「なんて、素晴らしい! カドワキ殿、あ、シモンと呼んばせてもらってよろしいですか? 私のこともぜひファビアンとお呼びください」

 副神官のファビアンが紫紋の両手を握り、体いっぱいに喜びを溢れさせる。

「ああ、それは構わないが…」

 自体が把握出来ず、紫紋は戸惑いながらもそう答えた。

「ファビアン?」
「こんなこと、初めてです。全力で力を出し切るということが、こんなにも気持ちいいものとは、初めて知りました」

 恍惚とした表情で、頬を赤らめて言う。

「ということは」
「彼の聖力は私以上ということです。玉に亀裂が入ったのも、測定の限界を超えたからでしょう。しかも、私はいっぱいいっぱいだったのに、シモンさんはまだ余裕がありそうですね。おそらく千を超えるかと」
「なんと…」

 熱弁を振るう副神官に対し、他の三人は目を見開く。

「私が思うに、おそらくこちらの世界に呼び寄せた際に、聖女殿の力と守護騎士の力が混じり合い、結果、二人の力がばらついたのではないでしょうか」
「では、本来聖女が持つ聖力が、彼に流れたと?」
「それはわかりません。元々の二人の力がどれくらいあったのか、知る術はありませんから」
「もしかして、俺が飛花ちゃんの力を奪ったのか?」

 その話だと、そういうことになるのかと、紫紋は飛花を見た。

「奪ったというよりは、誰が見てもシモンさんの方が体力もあるので、二人のそれぞれの体格に合わせた力を与えられたとも考えられます。もしこの数値の力が聖女様にあったら、きっと器である体が保たなかったでしょうから」
「じゃあ、私は紫紋さんのお陰で救われた?」
「稀に双子などに起きる現象です。例えば男女の双子の場合、体力は男の子の方があったりしますから、属性は同じでも容量が異なります。母親のお腹の中で、魔力が混じった結果、こうなることがあります」

 副神官の憶測が正しいのかどうかは別にして、測定の結果は結果。
 
「じゃあ、私は聖女ではない、ということですか? 聖女…聖人は紫紋さん?」
「いえ、彼の数値が極端なだけで、聖女様の聖力数値は、過去の聖女様のものより僅かに少ないだけです。他の属性が増えた分、割合として減っただけと考えられます」

 飛花の疑問を宰相が否定する。

「全体の容量は十分ありますから、他の属性はそのままに、聖力だけを伸ばす訓練をすれば、数値は上げることが出来ます」
「この数字では世界樹の浄化には不十分、ということですか?」
「実際に世界樹の元に行って、その瘴気化具合を見てみなければ何とも言えませんが、多いほうがいいでしょう。枯渇しては命に関わります」
「その若造がいれば、十分だろう。そのための聖女の守護騎士なのだから、二人で成し遂げればいいだけだ。護りは他の者に任せればいい」

 横から大神官が割って入ってきた。

「大神官様、では…」
「騎士団にも通達を出せ。守護騎士と聖女は二人でひとつ。どちらが欠けても、世界を救うことは出来ない」
「大神官長の言うとおりだ。宰相、そのように取り計らえ」

 大神官の話を聞き、国王が命令する。

「仰せのとおりに」

 宰相が立ち上がり、失礼しますと言って部屋を出ていく。

「なんだ、何か文句でもあるのか?」

 紫紋が自分をじっと見ていることに気づき、大神官が眉を顰める。

「いえ、文句はありません。色々生意気なことを言ってすみませんでした」

 紫紋が頭を下げると、大神官は目を見開いた。

「なんだ、急に」
「いきなり見知らぬ世界に連れてこられ、俺も余裕がなかった。その点を考慮して、無礼な態度を許してもらえませんか?」
「自分の行いを反省していると?」
「もちろん、全面的に俺が悪いとは言いません。あなたの俺に対する態度も、褒められたものではありませんでした。なのでお互い先程までの諍いは水に流し、やり直しませんか?」
「な、なんだと!」

 紫紋の言葉に、大神官は声を張り上げた。

「く、くくくく」
「クスクス」

 それを見て、国王と副神官が思わず笑いを漏らす。飛花もフフフと笑顔を見せる。

「へ、陛下、何を笑っておられるのですか」
「大神官長、そなたがそのように取り乱すのは珍しい。孫と祖父のようでなかなか見ものだぞ」
「な…こ、このような不躾で不遜な孫など、願い下げです!」
「まあ、そう言うな。若者がこのように歩み寄っているのだから、そなたも年長者としても聖職者としても、分別ある行動をすることだ」

 決して怒っているわけではないが、国王の言葉には有無を言わせぬ迫力があった。
 やはり一国を統べる者は、ただ者ではないと、紫紋は思った。

「陛下がそうおっしゃるなら…カドワキとやら、先程の言葉、本心であろうな」
「もちろん、いい加減なことは言いません」
「ならよい。私も少し大人気なかった。聖女様共々、この世界のために、尽力を尽くしてくれるなら、私は何も言うまい」

 まだ少し上から目線な言い方だったが、これが彼の精一杯の譲歩なのだろうと、紫紋は何も言わなかった。
 
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