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第二章 異世界ロランベル
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「せい…」
彼らが期待して、国王の後ろを覗き込んで言葉を失った。
「せ、聖女…さま? これが?」
背後から現れた背の高い明るい髪色の紫紋を見て、彼らは皆口をあんぐり開けて呆然とする。
「へ、陛下、聖女…様とは…」
「それがな、宰相…少し手違いがあって…」
「手違い…とは?」
宰相と呼ばれた者が、鸚鵡返しに国王の言葉を繰り返す。
「クルーチェ、この者のことは気にせず」
「恐れながら、暫しお待ちください」
大神官が宰相に何か言いかけたのを、副神官長が遮る。
「ファビアン、私が話している所を…」
「申し訳ございません。ですが、彼…カドワキのことで、お話したいことがございます」
副神官長が話の途中で割り込んで来たことに大神官は憤慨したが、当の副神官長はそれどころではない様子で訴えた。
「副神官長、いつも冷静なそなたが、そのように慌ててどうした? 申してみよ。」
国王が許可を出す。
「これを、ご覧ください」
「お、おい、何を」
副神官長は紫紋の右手を引っ張り、国王の前に突き出した。
「こ、これは…!!」
「そんな…」
「なんと」
国王と大神官、そして宰相が突き出された紫紋の右手の甲を見て口々に驚きの声を発する。
「なんだ、この傷がどうしたんだ?」
紫紋の右手の甲には十字の傷が刻まれていた。
「カドワキ殿、この傷はいつから?」
国王が質問する。
「さあ、いつの間に…あ、そういえば、飛花ちゃんと手を握り合って、変な空間にいた時に痛みがあったような…何かに当たったのかな」
「ということは、以前からあったものではないと?」
紫紋の答えを聞いて、副神官長が更に確認する。
「紫紋さん、怪我をしていたんですか」
紫紋の後ろから、飛花が飛び出してきて、彼の傷を見た。
「怪我なんて良くあるし、体には昔バイクで転倒した時の傷や、盲腸をした時の傷もあるし、そんな珍しいことじゃ…わ」
飛花が紫紋の手に触れた途端、その傷が光を放った。
「い、今光ったか?」
「ひ、光りましたね」
紫紋と飛花も驚いたが、他の者たちの驚きの方がもっと大きかった。
「こ、これは…初めて見たが、正しく『聖騎士の印』」
「間違いありません。聖女様が触れた瞬間、光輝いたのですから」
「『聖騎士の印』だって!」
国王を初め、近くに居て十字の印が光るのを目にした者達が、口々に「聖騎士の印」という言葉を口にすると、それを聞いた外野の者からもそんな声が上がった。
「聖騎士の…印って、何だ?」
「わ、私にわかるわけないじゃないですか」
紫紋が飛花を見て言うが、彼女も意味がわからずブンブンと首を振る。
「『聖騎士』とは、聖女様を護るため、神から選ばれる騎士のことです。そしてその身には騎士を表す剣の紋様が刻まれると、教典には記されています」
副神官長が二人に説明する。
「剣…聖騎士…」
紫紋は自分の手の甲をしみじみと眺める。
「すると、俺に飛花ちゃんを護れと、神様が決めたってことか?」
「そう言うことになります」
「それは、名誉なこと…なんだよな?」
「もちろんです。過去にも聖騎士になろうと志願者が殺到したと記録されております。」
副神官長が力説する。
「しかし、本来なら候補者を募り、そこから選ばれる予定でした。既にその手筈も整っております」
「致し方あるまい。候補者達には事情を話し、解散させるしかないだろう。しかし聖騎士まで異界の者とは…これは前代未聞の事態だな」
宰相の言葉を聞き、国王がそう言ってから紫紋達を振り返った。
「お二人共、こちらへ」
国王に手招きされ、紫紋と飛花は互いに顔を見合わせてから、国王の隣まで歩いて行く。
途中大神官の前を通ると、彼は忌々しげに紫紋を睨みつけていた。
彼の紫紋に対する心象はかなり悪く、雑魚だと思っていたら「聖騎士」だったのが気に入らないという気持ちが、ありありと浮かんでいた。
「皆のもの、紹介しよう。こちらの黒髪の女性がこの度異界から呼び寄せた聖女様、アスカ・ムラサキ様だ」
国王が紹介すると、全員から歓喜の声が上がった。
「あれが…」
「なんと神々しい」
「正しく聖女様」
誰もが飛花を褒め称える。緊張からか、飛花は表情が強張り、紫紋のスーツよ袖をぎゅっと掴んでいる。
「それからこちらが…」
国王は紫紋を横目で見てから、コホンとひとつ咳払いしてから続けた。
「聖女様と同じ異世界から来られた、シモン・カドワキ。彼は『聖騎士』だ。カドワキ殿、右手の甲を」
「え、あ、ああ」
言われても紫紋は右手の甲を皆に見せた。
「あれが、聖騎士の」
「そんな…」
「なんてことだ」
紫紋に対しては、驚きと戸惑い、そして悲嘆の声が混じり合っていた。
望んで来た訳でもなく、もとより「聖騎士」になるつもりもなかったのに、紫紋も複雑な気持ちだった。
「お二人はこの世界に来られたばかり、詳しいことを説明し、落ち着かれてから改めて披露の機会を設ける故、暫し待つように」
「陛下の仰るとおりにせよ。皆、持ち場に戻れ」
国王の言葉を継いで宰相が言い放つと、その場にいた者たちは数人を残し、去っていった。
彼らが期待して、国王の後ろを覗き込んで言葉を失った。
「せ、聖女…さま? これが?」
背後から現れた背の高い明るい髪色の紫紋を見て、彼らは皆口をあんぐり開けて呆然とする。
「へ、陛下、聖女…様とは…」
「それがな、宰相…少し手違いがあって…」
「手違い…とは?」
宰相と呼ばれた者が、鸚鵡返しに国王の言葉を繰り返す。
「クルーチェ、この者のことは気にせず」
「恐れながら、暫しお待ちください」
大神官が宰相に何か言いかけたのを、副神官長が遮る。
「ファビアン、私が話している所を…」
「申し訳ございません。ですが、彼…カドワキのことで、お話したいことがございます」
副神官長が話の途中で割り込んで来たことに大神官は憤慨したが、当の副神官長はそれどころではない様子で訴えた。
「副神官長、いつも冷静なそなたが、そのように慌ててどうした? 申してみよ。」
国王が許可を出す。
「これを、ご覧ください」
「お、おい、何を」
副神官長は紫紋の右手を引っ張り、国王の前に突き出した。
「こ、これは…!!」
「そんな…」
「なんと」
国王と大神官、そして宰相が突き出された紫紋の右手の甲を見て口々に驚きの声を発する。
「なんだ、この傷がどうしたんだ?」
紫紋の右手の甲には十字の傷が刻まれていた。
「カドワキ殿、この傷はいつから?」
国王が質問する。
「さあ、いつの間に…あ、そういえば、飛花ちゃんと手を握り合って、変な空間にいた時に痛みがあったような…何かに当たったのかな」
「ということは、以前からあったものではないと?」
紫紋の答えを聞いて、副神官長が更に確認する。
「紫紋さん、怪我をしていたんですか」
紫紋の後ろから、飛花が飛び出してきて、彼の傷を見た。
「怪我なんて良くあるし、体には昔バイクで転倒した時の傷や、盲腸をした時の傷もあるし、そんな珍しいことじゃ…わ」
飛花が紫紋の手に触れた途端、その傷が光を放った。
「い、今光ったか?」
「ひ、光りましたね」
紫紋と飛花も驚いたが、他の者たちの驚きの方がもっと大きかった。
「こ、これは…初めて見たが、正しく『聖騎士の印』」
「間違いありません。聖女様が触れた瞬間、光輝いたのですから」
「『聖騎士の印』だって!」
国王を初め、近くに居て十字の印が光るのを目にした者達が、口々に「聖騎士の印」という言葉を口にすると、それを聞いた外野の者からもそんな声が上がった。
「聖騎士の…印って、何だ?」
「わ、私にわかるわけないじゃないですか」
紫紋が飛花を見て言うが、彼女も意味がわからずブンブンと首を振る。
「『聖騎士』とは、聖女様を護るため、神から選ばれる騎士のことです。そしてその身には騎士を表す剣の紋様が刻まれると、教典には記されています」
副神官長が二人に説明する。
「剣…聖騎士…」
紫紋は自分の手の甲をしみじみと眺める。
「すると、俺に飛花ちゃんを護れと、神様が決めたってことか?」
「そう言うことになります」
「それは、名誉なこと…なんだよな?」
「もちろんです。過去にも聖騎士になろうと志願者が殺到したと記録されております。」
副神官長が力説する。
「しかし、本来なら候補者を募り、そこから選ばれる予定でした。既にその手筈も整っております」
「致し方あるまい。候補者達には事情を話し、解散させるしかないだろう。しかし聖騎士まで異界の者とは…これは前代未聞の事態だな」
宰相の言葉を聞き、国王がそう言ってから紫紋達を振り返った。
「お二人共、こちらへ」
国王に手招きされ、紫紋と飛花は互いに顔を見合わせてから、国王の隣まで歩いて行く。
途中大神官の前を通ると、彼は忌々しげに紫紋を睨みつけていた。
彼の紫紋に対する心象はかなり悪く、雑魚だと思っていたら「聖騎士」だったのが気に入らないという気持ちが、ありありと浮かんでいた。
「皆のもの、紹介しよう。こちらの黒髪の女性がこの度異界から呼び寄せた聖女様、アスカ・ムラサキ様だ」
国王が紹介すると、全員から歓喜の声が上がった。
「あれが…」
「なんと神々しい」
「正しく聖女様」
誰もが飛花を褒め称える。緊張からか、飛花は表情が強張り、紫紋のスーツよ袖をぎゅっと掴んでいる。
「それからこちらが…」
国王は紫紋を横目で見てから、コホンとひとつ咳払いしてから続けた。
「聖女様と同じ異世界から来られた、シモン・カドワキ。彼は『聖騎士』だ。カドワキ殿、右手の甲を」
「え、あ、ああ」
言われても紫紋は右手の甲を皆に見せた。
「あれが、聖騎士の」
「そんな…」
「なんてことだ」
紫紋に対しては、驚きと戸惑い、そして悲嘆の声が混じり合っていた。
望んで来た訳でもなく、もとより「聖騎士」になるつもりもなかったのに、紫紋も複雑な気持ちだった。
「お二人はこの世界に来られたばかり、詳しいことを説明し、落ち着かれてから改めて披露の機会を設ける故、暫し待つように」
「陛下の仰るとおりにせよ。皆、持ち場に戻れ」
国王の言葉を継いで宰相が言い放つと、その場にいた者たちは数人を残し、去っていった。
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