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幕間〜ロクサーヌ
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西の空にかかった月が白くなり、東の空が次第に明るくなっていくのをただじっと眺めていた。
ルブラン公との話が長引いたのかもしれないと思いつつ、レオポルドがとうとう部屋を訪ねてきてくれなかったことに不安を思える。
話が終わってレオポルドも疲れてどこかで眠ってしまったのかも知れない。
寝ている私を起こしては悪いと、気を使ってくれたのかもしれない。
頭の中でレオポルドが訪ねてきてくれなかった理由をあれこれ考えた。
もしかしたら怪我が悪化して苦しんでいるのかもという考えまで浮かんだ。
私が案内された部屋は玄関から西にある棟で、昨日まで使わせてもらっていたのは確か東棟だった。そこに行くには一度中央にある中央棟を通るか広大な庭を横切る必要がある。
取り敢えず中央棟に向かいかけて、そこで侍女と出くわした。
「お嬢様…御用があればベルを鳴らしていただければ」
「レオポルドはどこに?」
驚く侍女の言葉を遮りレオポルドのことを訊ねた。
「スタエレンス卿ですか?」
「そうです。彼は…」
「スタエレンス卿なら朝食をお取りになり、朝早くお出かけになられました」
「え…出かけた?」
いないとは思わず訊き返した。
「はい。閣下とパライン様と三人で少し前に」
私に何も言わず出かけたと聞き、置いてきぼりにされた気持になった。
出かけるならひと言伝言をくれればと思い、苛立ちより寂しさがわきあがった。
「何か私に伝言はありますか?」
「ご滞在の間はお嬢様に誠心誠意お仕えするようにと、閣下から申し使っております」
ルブラン公からの伝言を聞きたかったわけではないが、彼女は公爵家に仕えている人なのだからそれも仕方ない。
「お目覚めになられたのなら朝食をお持ちしますので、お部屋にお戻りください」
廊下でいつまでも居座るわけにもいかず、彼女の言うとおり部屋に戻ることにした。
「では、レオポルドが戻ってきたら、何時でもいいので会いたいと伝えていただけますか」
「畏まりました」
「色々と忙しいのよね」
自分に言いきかせるようにわざと口に出した。昨夜の馬車の中のレオポルドの態度は何だかおかしかった。妙によそよそしく、目を合わそうとしてくれなかった。
「いつもと違ったって…私はレオポルドの何を知っているんだろう」
トレイシーとルーファスとの結婚が決まった時の顔合わせでは一言も言葉を交わさなかった。
結婚式でも素面ではほんの二言三言
その後は二年半も音信不通で、私は彼を意識すらしていなかった。
そしてベイル家の温室で再会してからの、両家顔合わせ。
最初余所余所しい態度を取っていた私も、少しずつ彼に打ち解けた。そしてあの日の相手がレオポルドだと思い出し、ぐっと距離が近づいたと思った。
あのトレイシーの結婚式の日、私は酔っていたが、レオポルドは素面だった。
私が迫ったようなものだが、レオポルドがそれに応えてくれたのは、その時から私に特別な感情を持ってくれていたから。
そう彼は言ってくれたし、私もそれを信じ、彼に応えた。
私も心のどこかで彼を意識していたことを自覚している。
今では彼のことを愛している。
なのに…
なぜか昨夜からレオポルドが余所余所しい。
本当なら休むべきなのに、ずっと忙しくしている。
出会って一緒に過ごした時間は短くても、家族よりも誰よりも互いに深く心も体も繋がっていると思っていたのに、彼が今、何を考え何を思っているのかわからなくなった。
我儘なのはわかっている。怪我をした体を押しても早く事態を収拾しようとしているレオポルドが私を構う暇がないのだと自分に言い聞かせた。
けれどその日、いつまで待ってもレオポルドは会いに来てはくれなかった。
ルブラン公との話が長引いたのかもしれないと思いつつ、レオポルドがとうとう部屋を訪ねてきてくれなかったことに不安を思える。
話が終わってレオポルドも疲れてどこかで眠ってしまったのかも知れない。
寝ている私を起こしては悪いと、気を使ってくれたのかもしれない。
頭の中でレオポルドが訪ねてきてくれなかった理由をあれこれ考えた。
もしかしたら怪我が悪化して苦しんでいるのかもという考えまで浮かんだ。
私が案内された部屋は玄関から西にある棟で、昨日まで使わせてもらっていたのは確か東棟だった。そこに行くには一度中央にある中央棟を通るか広大な庭を横切る必要がある。
取り敢えず中央棟に向かいかけて、そこで侍女と出くわした。
「お嬢様…御用があればベルを鳴らしていただければ」
「レオポルドはどこに?」
驚く侍女の言葉を遮りレオポルドのことを訊ねた。
「スタエレンス卿ですか?」
「そうです。彼は…」
「スタエレンス卿なら朝食をお取りになり、朝早くお出かけになられました」
「え…出かけた?」
いないとは思わず訊き返した。
「はい。閣下とパライン様と三人で少し前に」
私に何も言わず出かけたと聞き、置いてきぼりにされた気持になった。
出かけるならひと言伝言をくれればと思い、苛立ちより寂しさがわきあがった。
「何か私に伝言はありますか?」
「ご滞在の間はお嬢様に誠心誠意お仕えするようにと、閣下から申し使っております」
ルブラン公からの伝言を聞きたかったわけではないが、彼女は公爵家に仕えている人なのだからそれも仕方ない。
「お目覚めになられたのなら朝食をお持ちしますので、お部屋にお戻りください」
廊下でいつまでも居座るわけにもいかず、彼女の言うとおり部屋に戻ることにした。
「では、レオポルドが戻ってきたら、何時でもいいので会いたいと伝えていただけますか」
「畏まりました」
「色々と忙しいのよね」
自分に言いきかせるようにわざと口に出した。昨夜の馬車の中のレオポルドの態度は何だかおかしかった。妙によそよそしく、目を合わそうとしてくれなかった。
「いつもと違ったって…私はレオポルドの何を知っているんだろう」
トレイシーとルーファスとの結婚が決まった時の顔合わせでは一言も言葉を交わさなかった。
結婚式でも素面ではほんの二言三言
その後は二年半も音信不通で、私は彼を意識すらしていなかった。
そしてベイル家の温室で再会してからの、両家顔合わせ。
最初余所余所しい態度を取っていた私も、少しずつ彼に打ち解けた。そしてあの日の相手がレオポルドだと思い出し、ぐっと距離が近づいたと思った。
あのトレイシーの結婚式の日、私は酔っていたが、レオポルドは素面だった。
私が迫ったようなものだが、レオポルドがそれに応えてくれたのは、その時から私に特別な感情を持ってくれていたから。
そう彼は言ってくれたし、私もそれを信じ、彼に応えた。
私も心のどこかで彼を意識していたことを自覚している。
今では彼のことを愛している。
なのに…
なぜか昨夜からレオポルドが余所余所しい。
本当なら休むべきなのに、ずっと忙しくしている。
出会って一緒に過ごした時間は短くても、家族よりも誰よりも互いに深く心も体も繋がっていると思っていたのに、彼が今、何を考え何を思っているのかわからなくなった。
我儘なのはわかっている。怪我をした体を押しても早く事態を収拾しようとしているレオポルドが私を構う暇がないのだと自分に言い聞かせた。
けれどその日、いつまで待ってもレオポルドは会いに来てはくれなかった。
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