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幕間〜ロクサーヌ

9 ★レオポルド

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鉄格子の覗き窓がついた鉄の扉の際の壁に取りつられた松明の灯りに近づき過ぎた夜行性の虫が一瞬の内に焼き尽くされるのを無感情に眺めていた。

窓のない石造りの壁に囲まれた場所で目が覚めて、今が昼か夜かもわからず何日そこにいるのかもまるで検討がつかない。

空腹の度合いから、丸一日も経っていないとは思うが、気を失っていた時間がどれほどかわからないので、それも当て推量でしかない。

両手両足首には鉄輪が嵌められ、そこから伸びた鎖は頑丈な壁に繋がっている。

目の前に置かれた水や歯が折れそうなくらい硬いパンを辛うじて手を伸ばして口に運べる程度の自由さが認められているようだが、それが置かれているということはすぐに殺すつもりはないのだろうか。

てっきりすぐに殺されるか、激しい拷問でも受けるかと思っていたが、パンと水が一度運ばれただけで、時折見張りらしき男が鉄格子の向こうからこちらを覗き見る程度で、ほぼ放置されている。

「…つ」

呼吸の度に痛みが襲う。背中の打撲は広範囲に渡り、肩も痛む。骨には異常なさそうだが、この程度で済んでよかった。

ソフィーはどうしただろう。助からなかったかも知れない。

あの日、ソフィーが監禁されている場所に辿り着いた。

ドラウ渓谷の入り口にあるその建物は渓谷の垂直に伸びる岩壁を背にして建っていた。

「ここの小屋に来るのも久しぶりだな」

ルブラン公の下で仕事をするようになってから、ここには何度となく足を運んだ。数あるルブラン公が所有する建物のうちのひとつであるここは、捕らえた他国の間者などを一時拘束し、尋問したりする場所に使われている。

渓谷の間に建ち、四方のうち三方を断崖絶壁の壁に囲まれている。

小屋というよりは少し立派な石造りの地上二階地下一階の建物に馬で訪れると、レオポルドに気づいた見張りが駆け寄ってきた。

「お久しぶりです、レオポルド様」
「デライル、息災だったか」

デライルは五年前からここに管理人として住み込んでいる。元は軍にいた彼は病気を患い前線での任を務めることができず現場を退いた。

「お陰様で、薬をきちんと呑んでいれば大丈夫です」

病気で妻を亡くし、二人の息子も成人して一人は軍に、もう一人は政府の役人として地方に赴任している彼は、退役までの残りの任期をここで務めることに生き甲斐を感じている。

「それは良かった。ところで、相変わらずか」

ソフィーの様子を訊ねると、デライルは渋い顔で頷いた。

「レオポルド様に会わせるまでは何もしゃべらないと」
「そうか…」

取り調べ当初から彼女はそのことしか言わないとは聞いていた。
しかし彼にとってコリーナの安否が最重要課題であったし、いくらソフィーがそう望んだからと言って、相手の言いなりになることもできない。
希望が通らないと悟れば彼女も根負けすると思っていた。

「ここまで頑固で意思が強いとは…」

だからこそ底辺から成り上がりあそこまでのし上がったのだろう。

「その根性を別のことに使えば死ぬまで楽が出来ただろうに」
「レオポルド様のご意見はもっともです。ですが、他人から見て無駄で生産性のない行いも、当の本人にとっては何よりも代え難いものであることもまた真理」
「哲学者だな」
「ここでは時間だけはありますから、お陰でこの五年でこれまでの人生で読んできたより多くの書物に触れることができました」

この場所に送られてくる者はそれほど多くなく、一年の半分は誰もいない。しかしひとたび誰かが送られてきたならば尋問は昼夜を問わず行われ、入れ替わり立ち替わり人が訪れるようになり、殆ど休む暇がなくなる。
繁忙期と閑散期が著しく激しい場所だった。

「ところで、婚約されたとか、おめでとう御座います」
「ありがとう」

険しくなっていた顔が婚約者の話題になった途端に和らぐのを見て、デライルは物珍しいものを見た思いがした。

「レオポルド様は本当にゼロか百なのですね」
「どういう意味だ?」
「大抵の男は、美人には無意識に優しくなります。ですがレオポルド様はまったく動じられない」
「それはソフィーのことか?」
「はい。さすが女優をされていただけあって、多くの男性を魅力されるお方だと思います。あ、誤解なさらず、あくまでも外見だけです。内面は母親の胎内に人としての美徳をすべて置いてきたような女性ですが」

辛辣な物言いに彼女の我儘にデライルがどれくらいこの数日振り回されてきたか窺える。

「自分の欲望に忠実な人間は嫌いではないが、それが曲った方向に向いたらあの女のようになるのだろう」

ソフィーのことはデライルの言うとおり、見かけの美しさに反比例して心根は際限の無い欲望で満ち醜悪とさえ思う。だが、自分も目的のために手段を選ばないできたので、自分のことを棚に上げるつもりもない。
彼女の自分の生まれに対する憤りや、のし上がろうとする気概は認めて同情もしていた。

彼女が一線を超えなければ、ここまでのことはしなかった。

しかし、彼女はコリーナを巻き込んだ。
それは自分にとって何よりも許し難いことだった。
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