冥府の花嫁

七夜かなた

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第四章 思いも寄らなかった出逢い

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「おはようございます、杷佳さん」

 その声で、杷佳ははっと目を覚ました。

「え、私…」

 目に写ったのは、昨日も見た天井の木目。

「杷佳さん? 起きていらっしゃいますか」
「は、はい。おはようございます」

 杷佳からの返事がないので、襖の向こうから怪訝そうに常磐が確認してくる。
 慌てて起き上がって、少し乱れた胸元を正して答えた。

(私、いつ眠ったのかしら)

 なぜか頭に靄がかかっていて、はっきり思い出せない。

「あら、どうされたのですか」

 部屋に入ってきた常磐が、きょとんとしている杷佳の顔を見て、小首を傾げた。

「あの、常磐さん」
「はい?」

 何かを忘れている気がする。奇妙な感じだ。
 
「いえ、何でもありません」

 熱でもあるのだろうか。頭がすっきりしない。

「さあさあ、顔を洗ってお召し替えをいたしましょう。若様もお待ちですよ」
「若様?」

 常磐の言葉に、寝床から立ち上がった杷佳が、驚いて振り返った。

「常盤さん、今、なんておっしゃいました?」

 信じられない思いで、彼女は常磐に問いかけた。

「はい?」
「誰が、待っていると仰いました?」
「もちろん、若様、杷佳さんの旦那様の柊椰様です」
「…え?」

 当然のようにそんなことを言う常磐に、杷佳は何て言えばいいのかわからず戸惑う。

「あの、常盤さん、柊椰様は…」

 「柊椰様は既に亡くなっている」そう言いかけて、口を噤んだ。

 彼が亡くなっていることは、常磐だって知っている。
 なのに、まるで生きているかのように、彼が杷佳を待っていると言う。
 
(一体どういうこと?)

 訳が分からない。

「どうされました? 悪い夢でも見られましたか?」
「夢?」

 ぱちくりと目を大きく瞬かせて、呆然と常磐を見つめる。
 
「とにかく、早くお仕度なさって参りましょう」

 常磐に急かされるがまま、杷佳は着替えを済ませて部屋を出た。

(何か、忘れている。とても重要なことを)

 顔を洗った時、肌に触れる水の感触はいつもと変わらなかった。
 夢だとしたら、そんな感触はわからないはずだ。
 ではこれは夢ではない。

「あの、常盤さん」
「はい、何でしょう」

 常磐の後ろを歩きながら、話しかける。

「その、柊椰様って、ご病気は…」
「何を仰っているのですか。柊椰様のご病気は、すっかり良くなっていらっしゃいますよ」
「え…」

 病気が治っている? 信じられず杷佳は目を瞠る。

「どうされたのですか、今朝はおかしいですよ。確かに以前はご病気を患っていらっしゃいましたが、もうとっくに克服されたから、杷佳さんが嫁いで来られたのですよね」
「……」

 常磐の話に、杷佳はどう答えて良いかわからなかった。
 まるで狐に摘ままれているとしか思えない。
 
 北辰柊椰が生きている。

 彼が亡くなって「冥婚」の花嫁として、杷佳が選ばれたのだ。

 なの、その彼が生きている話になっているのだ。

 一夜の間に、まったく別の世界に来た感じだ。

「失礼します。柊椰様、杷佳様をお連れしました」

 彼が待つという部屋の前で、常磐が声をかける。
 俄に杷佳の体に緊張が走り、ごくりと唾を呑み込む。
 まだ一度も顔を見たこともない、自分の夫になる相手。
 本当に柊椰なのか、彼女には確認する術がない。
 
「やあ、おはよう。今朝はゆっくりだね」

 開いた襖の向こうから、こちらを向いて座っていたのは、浴衣を着て長い黒髪を後ろでひとつに結わえた男性だった。
 彼は微笑んでこちらを見ている。
 既に膳が並べられており、そのひとつに彼が座っている。

 北辰柊椰。自分の夫。
 その瞬間、杷佳の脳裏にある場面が浮かんだ。
 人形の花婿。
 そして常磐や柾椰が横たわるすぐ横に立ちすくむ、一人の人間。
 杷佳の前に来て、彼女の顎を捉え唇を寄せてきた男。


「…どうして、どうしてあなたが…本当に、あなたがしゅ、柊椰様?」

 震えながら杷佳がそう呟くと、男の笑みがすっと消え、目が細められる。

「常磐」
「はい、若様」
「暫く二人きりにしてくれ」
「あ、は、はい」

 戸惑いながらも、常磐は「失礼します。杷佳さん後はお願いします」と言って、杷佳と彼を置いて、襖を閉めた。

「ここに座れ」

 男は空いた座布団を示し、命令する。

「で、でも…」
「立ったままでは話しにくい。説明がほしいのだろう?」

 脇息に肘をかけ、彼は杷佳を見上げそう言った。

「あなたは…どなたですか?」

「私は正真正銘、北辰柊椰だ」
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