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第三章 婚姻の真実と謎の人物
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婚姻の相手が五日も前に亡くなっていた。
その事実を、杷佳はすぐに受け止めることが出来なかった。
五日前と言えば、杷佳が見越と寺で会った時より前の話だ。
何より、杷佳が昨日ここに来た時には、花婿である北辰柊椰は、既に亡くなっていたということ。
「……そ、そんな」
か細く杷佳は呟いた。
「冥婚、と言うそうだ」
「冥婚…」
「未婚で亡くなった者を供養するため、昔から行われていたものだ。死者同士を結びつけ共に埋葬するものもあれば、人形に見立てた相手を使う場合もある」
「人形…」
杷佳は、昨晩見た人形のことを思い出す。
「何度も柊椰の窮地を救ってくれた道士から、その話を聞いて、私は最初そこまでする必要があるのかと思ったが、家内が…楓がどうしてもと譲らなかった」
「奥様は自分の命を差し出して、それで柊揶様が救われるならとまで思い詰めていらっしゃいました。百度参りも何度もなさり、毎朝毎晩神仏に祈りを捧げていらっしゃいました」
息子のために、己の出来ることをしようとする、母親の必死の姿が思い浮かぶ。
「生きているうちでも、相手を探すのに苦労したのに、死んでしまった相手と結婚など、いくら金を積んでもそんな相手が簡単に見つかるとは思わなかった」
それはそうだろうと、杷佳でも思う。
「しかし、生きている間に、楽しいことを何ひとつ出来なかった柊椰に、せめてもの手向けになればと、それで見越に未婚で亡くなった若い女性がいないかと、知り合いの寺を回ってもらっていたのだ」
そして興得寺を訪れた際、杷佳に出会ったのだった。
「丁度良い年回りの女性の遺体が見つからなかったということもあるが、それならばと見越が提案したのだ。そちらの事情はある程度住職から聞いた上で」
「叔父は、このことを?」
「柊椰が亡くなったことはまだそれほど広まっていないが、体が弱いことは知られている。うすうす何か勘付いているかも知れないな」
叔父が杷佳のことを思って承諾したとは、とても思えない。
「お金を…」
「ああ、もちろん」
つまりは、叔父はある程度の事情を知って杷佳をここに寄越したということだ。
そのことについては、驚きはしない。
訳ありでなければ、あの叔父が認めるわけがない。
「お金は渡したが、それは大したことではない。訳あり同士…と言うのは烏滸がましいかも知れないが、あの家で唯一の味方だった女性も亡くなり、ますます身の置き所がなくなったのでは?」
「……」
肯定はしなかったが、その沈黙が雄弁に語っていた。
「亡くなったその女性のため、お布施を持って供養したと聞いた。その心根を聞いて、その娘ならと勝手にこのような話を持ちかけた。悪かったな」
「い、いえ、私のような境遇の者にそのような…もったいないことです」
素直に謝られると、杷佳のほうが恐縮してしまう。
「事情はわかりましたが、それでも私で良かったのでしょうか。その、私は父親が誰かもわからず、このような身形で…」
北辰家の事情がいかに複雑でも、やはり杷佳の方が分が悪い気がする。
死人との婚姻などという奇想天外な話に、普通は怒るべきなのかも知れないが、杷佳には息子を想う親心に対し、何も言えなかった。
「確かに、それは見る者によっては不快に思えるものかも知れないが、それは見方にもよる。開国からこちら、異国との関わりの中で、混血も進み黒髪でない者も多くなっている。そのような身形も珍しくなくなっている」
「ですが…それでも」
混血の者が増えたとしても、やはり自分でいいのかと思ってしまう。
「冥婚で迎えた花嫁は、手厚くもてなすのが慣例だと言う。そうしなければ家に不幸が訪れると。柊椰を亡くしたが、嫁として迎えたあなたを、蔑ろにはしない」
『私との縁は切れてしまいましたが、きっと新たな縁が繋がれるでしょう』
香苗が言った言葉が蘇る。あれは夢か、それとも本当に香苗が現れたのかはわからないが、あの日香苗が亡くなり、興得寺に赴かなければ、この縁もなかったのは事実だ。
(香苗さん、ありがとう)
いきなりの祝言に、人形の夫、そしてその相手は既にこの世にいない。奇天烈で奇妙な展開ではあったが、兎にも角にも室生家から抜け出すことが出来た。
「……不束者ではございますが、よろしくお願いいたします」
杷佳は北辰家でこれから生きていく覚悟を決めた。
「ですが、何もしないというのは心苦しく思います。夫となる柊椰様がこの世にいないのであっても、嫁としての務めは果たしたく…出来ることは何なりとお申し付けください。炊事でも洗濯でも、何でもいたします」
前後はおかしくなったが、嫁いですぐ未亡人となったことになる。
奇妙なことだと思いながら、杷佳は姑となる柾揶に頭を下げた。
その事実を、杷佳はすぐに受け止めることが出来なかった。
五日前と言えば、杷佳が見越と寺で会った時より前の話だ。
何より、杷佳が昨日ここに来た時には、花婿である北辰柊椰は、既に亡くなっていたということ。
「……そ、そんな」
か細く杷佳は呟いた。
「冥婚、と言うそうだ」
「冥婚…」
「未婚で亡くなった者を供養するため、昔から行われていたものだ。死者同士を結びつけ共に埋葬するものもあれば、人形に見立てた相手を使う場合もある」
「人形…」
杷佳は、昨晩見た人形のことを思い出す。
「何度も柊椰の窮地を救ってくれた道士から、その話を聞いて、私は最初そこまでする必要があるのかと思ったが、家内が…楓がどうしてもと譲らなかった」
「奥様は自分の命を差し出して、それで柊揶様が救われるならとまで思い詰めていらっしゃいました。百度参りも何度もなさり、毎朝毎晩神仏に祈りを捧げていらっしゃいました」
息子のために、己の出来ることをしようとする、母親の必死の姿が思い浮かぶ。
「生きているうちでも、相手を探すのに苦労したのに、死んでしまった相手と結婚など、いくら金を積んでもそんな相手が簡単に見つかるとは思わなかった」
それはそうだろうと、杷佳でも思う。
「しかし、生きている間に、楽しいことを何ひとつ出来なかった柊椰に、せめてもの手向けになればと、それで見越に未婚で亡くなった若い女性がいないかと、知り合いの寺を回ってもらっていたのだ」
そして興得寺を訪れた際、杷佳に出会ったのだった。
「丁度良い年回りの女性の遺体が見つからなかったということもあるが、それならばと見越が提案したのだ。そちらの事情はある程度住職から聞いた上で」
「叔父は、このことを?」
「柊椰が亡くなったことはまだそれほど広まっていないが、体が弱いことは知られている。うすうす何か勘付いているかも知れないな」
叔父が杷佳のことを思って承諾したとは、とても思えない。
「お金を…」
「ああ、もちろん」
つまりは、叔父はある程度の事情を知って杷佳をここに寄越したということだ。
そのことについては、驚きはしない。
訳ありでなければ、あの叔父が認めるわけがない。
「お金は渡したが、それは大したことではない。訳あり同士…と言うのは烏滸がましいかも知れないが、あの家で唯一の味方だった女性も亡くなり、ますます身の置き所がなくなったのでは?」
「……」
肯定はしなかったが、その沈黙が雄弁に語っていた。
「亡くなったその女性のため、お布施を持って供養したと聞いた。その心根を聞いて、その娘ならと勝手にこのような話を持ちかけた。悪かったな」
「い、いえ、私のような境遇の者にそのような…もったいないことです」
素直に謝られると、杷佳のほうが恐縮してしまう。
「事情はわかりましたが、それでも私で良かったのでしょうか。その、私は父親が誰かもわからず、このような身形で…」
北辰家の事情がいかに複雑でも、やはり杷佳の方が分が悪い気がする。
死人との婚姻などという奇想天外な話に、普通は怒るべきなのかも知れないが、杷佳には息子を想う親心に対し、何も言えなかった。
「確かに、それは見る者によっては不快に思えるものかも知れないが、それは見方にもよる。開国からこちら、異国との関わりの中で、混血も進み黒髪でない者も多くなっている。そのような身形も珍しくなくなっている」
「ですが…それでも」
混血の者が増えたとしても、やはり自分でいいのかと思ってしまう。
「冥婚で迎えた花嫁は、手厚くもてなすのが慣例だと言う。そうしなければ家に不幸が訪れると。柊椰を亡くしたが、嫁として迎えたあなたを、蔑ろにはしない」
『私との縁は切れてしまいましたが、きっと新たな縁が繋がれるでしょう』
香苗が言った言葉が蘇る。あれは夢か、それとも本当に香苗が現れたのかはわからないが、あの日香苗が亡くなり、興得寺に赴かなければ、この縁もなかったのは事実だ。
(香苗さん、ありがとう)
いきなりの祝言に、人形の夫、そしてその相手は既にこの世にいない。奇天烈で奇妙な展開ではあったが、兎にも角にも室生家から抜け出すことが出来た。
「……不束者ではございますが、よろしくお願いいたします」
杷佳は北辰家でこれから生きていく覚悟を決めた。
「ですが、何もしないというのは心苦しく思います。夫となる柊椰様がこの世にいないのであっても、嫁としての務めは果たしたく…出来ることは何なりとお申し付けください。炊事でも洗濯でも、何でもいたします」
前後はおかしくなったが、嫁いですぐ未亡人となったことになる。
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