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第二章 奇妙な婚礼
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そこに立っていた男性を、住職は何と呼んでいたか。
「たしか…見越様」
香苗のことで混乱していたが、何とか思い出せた。
「覚えていていてくれたのですね」
見越は杷佳が彼の名を覚えていたことに、満足げに頷いた。
「あの、もしや、あなた様が…」
杷佳はふと思いたり、まさかと思いながら問いかけた。
「我が家は昔から北辰家に仕えている。世が世なら、家老と言ったところだ。興得寺の住職とは、昔からの知己でね。あの日は柊椰様の縁談について、彼の人脈を頼りに訪ねたんだ。お嬢さんに会えたのは、御仏のお導きだった」
やはり、この縁談はこの見越が口利きしたことのようだ。
「あの、ですが、私は、その…御住職から私のことをお聞きになりましたよね」
だが、杷佳はまだ半信半疑だった。自分がどういう出自なのか知っていて、なぜ彼は杷佳を薦めたのか。また、北辰家は、本当にすべて承知の上で自分を嫁に望んだというのか。
「わかっているよ。父親がどこの誰かわからない。髪のことも」
伏し目がちだった視線を、杷佳はぱっと上げて、見越と常磐を交互に見る。
二人は黙って頷いている。
「香苗さん…だったか。大事なお方を亡くして、その供養を願い出たそうだね」
「はい。私には…もう一人の母のような方でした」
香苗を失った哀しみがまたもこみ上げてきて、涙が湧き上がってくるのを、ぐっと堪える。
「そんな方だから、柊椰様の相手として、北辰家に必要だと思ったんだ」
「そ、そんな…」
「それに、美人だと評判だった母上に似て、とても美しい。これなら柊椰様もお気に召すだろう」
美人だと言われ、杷佳はポッと顔を赤くする。
「見越様、よろしいですか。時間がありません」
玄関口で立ったまま話すのを、常磐が口を挟む。
「お、これは失礼。そうだな」
見越はペチッと額を叩く。
「そういうわけだから、気にしないでください。あなたの事情をすべて理解した上で、北辰家はこの縁組を認めたんです」
まだどんな相手が自分の夫になるのかもわからないが、自分の生まれや容姿について問題はないと言われたことで、杷佳は幾分気が楽になった。
「あの、ありがとうございます。精一杯努めさせていただきます」
杷佳は見越に頭を下げた。
「それは北辰家の方々に仰ってください。それに、お礼を言うのはまだ早い」
「え…?」
どういう意味なのかと顔を上げると、見越は先程とはうって変わり、なぜか暗い顔をしている。
「あの、見越様」
「さあ、こちらへ」
気にはなったが、常磐に奥へと連れて行かれて聞くことは出来なかった。
「見越」
常磐と杷佳が立ち去った方向と反対側から、見越に声をかけた人物がいた。
「旦那様」
白いものが混じった髪を後ろになでつけ、紋付袴の袖口に腕を差し込んで立つ男性は、北辰家の当主、柾揶だ。
「あの娘が?」
「はい、柊椰様の花嫁になる方です」
「よく見えなかったが、腰の低そうな娘だな」
「生家ではそこそこ苦労されているようですから」
「ならば、この婚儀の真実を知っても、簡単には帰ることはないということだな」
「そうだと思います」
「北辰家の嫁としては何もせずともいい。柊椰の嫁として留まるなら、望みは何でも聞き入れてやれ。常磐にもそのように言ってある」
「はい。それは承知しております」
「頼んだぞ」
「あの、奥様は…やはり?」
見越が遠慮がちに、北辰家当主の妻で柊椰の母である茜のことを尋ねた。
「柊椰の側に今も張り付いている」
「では、祝言は…」
「わしとお前だけで立ち会うことになるだろう。後は道士と常磐だな」
「驚かれるでしょうね」
「仕方あるまい。これも北辰家存続のためだ。しかし、よりによって、なぜ柊椰なのか」
柾揶は重々しいため息を吐いた。
「これも運命です」
「運命…か。それですべて納得できればいいのだが、複雑なことだ」
もう一度、柾椰はため息を吐いた。
「さて、祝言が始まる前に、花婿の方の支度を見てくるとするか」
「お供します」
柾椰と見越は共に柊椰の元へと向かった。
「たしか…見越様」
香苗のことで混乱していたが、何とか思い出せた。
「覚えていていてくれたのですね」
見越は杷佳が彼の名を覚えていたことに、満足げに頷いた。
「あの、もしや、あなた様が…」
杷佳はふと思いたり、まさかと思いながら問いかけた。
「我が家は昔から北辰家に仕えている。世が世なら、家老と言ったところだ。興得寺の住職とは、昔からの知己でね。あの日は柊椰様の縁談について、彼の人脈を頼りに訪ねたんだ。お嬢さんに会えたのは、御仏のお導きだった」
やはり、この縁談はこの見越が口利きしたことのようだ。
「あの、ですが、私は、その…御住職から私のことをお聞きになりましたよね」
だが、杷佳はまだ半信半疑だった。自分がどういう出自なのか知っていて、なぜ彼は杷佳を薦めたのか。また、北辰家は、本当にすべて承知の上で自分を嫁に望んだというのか。
「わかっているよ。父親がどこの誰かわからない。髪のことも」
伏し目がちだった視線を、杷佳はぱっと上げて、見越と常磐を交互に見る。
二人は黙って頷いている。
「香苗さん…だったか。大事なお方を亡くして、その供養を願い出たそうだね」
「はい。私には…もう一人の母のような方でした」
香苗を失った哀しみがまたもこみ上げてきて、涙が湧き上がってくるのを、ぐっと堪える。
「そんな方だから、柊椰様の相手として、北辰家に必要だと思ったんだ」
「そ、そんな…」
「それに、美人だと評判だった母上に似て、とても美しい。これなら柊椰様もお気に召すだろう」
美人だと言われ、杷佳はポッと顔を赤くする。
「見越様、よろしいですか。時間がありません」
玄関口で立ったまま話すのを、常磐が口を挟む。
「お、これは失礼。そうだな」
見越はペチッと額を叩く。
「そういうわけだから、気にしないでください。あなたの事情をすべて理解した上で、北辰家はこの縁組を認めたんです」
まだどんな相手が自分の夫になるのかもわからないが、自分の生まれや容姿について問題はないと言われたことで、杷佳は幾分気が楽になった。
「あの、ありがとうございます。精一杯努めさせていただきます」
杷佳は見越に頭を下げた。
「それは北辰家の方々に仰ってください。それに、お礼を言うのはまだ早い」
「え…?」
どういう意味なのかと顔を上げると、見越は先程とはうって変わり、なぜか暗い顔をしている。
「あの、見越様」
「さあ、こちらへ」
気にはなったが、常磐に奥へと連れて行かれて聞くことは出来なかった。
「見越」
常磐と杷佳が立ち去った方向と反対側から、見越に声をかけた人物がいた。
「旦那様」
白いものが混じった髪を後ろになでつけ、紋付袴の袖口に腕を差し込んで立つ男性は、北辰家の当主、柾揶だ。
「あの娘が?」
「はい、柊椰様の花嫁になる方です」
「よく見えなかったが、腰の低そうな娘だな」
「生家ではそこそこ苦労されているようですから」
「ならば、この婚儀の真実を知っても、簡単には帰ることはないということだな」
「そうだと思います」
「北辰家の嫁としては何もせずともいい。柊椰の嫁として留まるなら、望みは何でも聞き入れてやれ。常磐にもそのように言ってある」
「はい。それは承知しております」
「頼んだぞ」
「あの、奥様は…やはり?」
見越が遠慮がちに、北辰家当主の妻で柊椰の母である茜のことを尋ねた。
「柊椰の側に今も張り付いている」
「では、祝言は…」
「わしとお前だけで立ち会うことになるだろう。後は道士と常磐だな」
「驚かれるでしょうね」
「仕方あるまい。これも北辰家存続のためだ。しかし、よりによって、なぜ柊椰なのか」
柾揶は重々しいため息を吐いた。
「これも運命です」
「運命…か。それですべて納得できればいいのだが、複雑なことだ」
もう一度、柾椰はため息を吐いた。
「さて、祝言が始まる前に、花婿の方の支度を見てくるとするか」
「お供します」
柾椰と見越は共に柊椰の元へと向かった。
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