冥府の花嫁

七夜かなた

文字の大きさ
上 下
2 / 30
第一章 鬼子

2

しおりを挟む
 麻希と杷佳は、杷佳の方が一年早く生まれた従姉妹同士だ。
 杷佳が今年十七歳。麻希が十六歳になる。
 室生家は江戸時代に薬種問屋として商いを始め、今も老舗の問屋としてそれなりに羽振りをきかせている。
 先々代の杷佳たちの曽祖父は、特に商才があり、この帝都の政財界でも一目置かれるほどの大店に成長した。
 その後継ぎの先代、長治郎もそれを継いで、室生家はかなりの資産を得たが、ある事件が起こり、身代は傾きかけた。
 

「今日の髪型はいかがしますか?」

 着替えが終わり、杷佳は鏡の前に座る麻希に尋ねた。

「そうね。マガレイトにして。この前お父様が舶来から取り寄せた色違いのリボンでね」
「畏まりました」

 麻希の後ろに膝立ちになり、黒髪に柘植の櫛で梳いた。
 耳の位置辺りで横の髪を後ろに回して結び、首の後ろでもう一度結んでそこから三編みを作る。出来た三編みを丸めて、輪を作り、ひとつにまとめる。最初に纏めた所に赤色を、下の場所に黄色の幅広リボンを結んだ。
 杷佳の手は荒れてガサガサだったが、手先は器用なため、麻希はいつも彼女に髪を結わせる。
 しかし彼女の場合、意図はそれだけではないだろう。
 少し釣り上がった大きな目の、溌剌とした美少女の麻希だが、緑なす黒髪、濡羽色の黒髪は彼女の自慢だ。
 それは杷佳にはないものだった。
 
「痛い!」
「も、申し訳ございません」
「痛いじゃない! 気をつけてよ」
「す、すみません…」

 櫛がひっかかり、髪を引っ張ってしまった。力を入れてはいなかったが、麻希は櫛を持った杷佳の手の甲を思い切り引っかいた。
 手の甲に爪の跡が走る。

「わざとでしよ」
「そ、そんな…違います」

 ずきりと痛むのを堪え、言い掛かりに杷佳は否定した。

「ふん、どうだか…自分にはないものを羨んで、嫌がらせじゃないの?」
「そんなこと…違います」
「お前の父親は一体どこの馬の骨なのかしらね。その髪、本当に鬼子ね」
 
 杷佳は物心ついた頃から何度も陰で言われてきた言葉に、唇を噛みしめる。
 父親がどこの誰か。
 それは杷佳自身が一番知りたい。
 白い手拭いで覆い隠した杷佳の髪は、黒ではなく赤茶色だった。
 髪質も麻希のように真っ直ぐではなく、緩く波打っている。
 それが杷佳が忌み嫌われ、鬼子と呼ばれる原因のひとつだった。

「ほら、なにやっているのよ、早くしてくれないと、遅刻してしまうわ」 
「は、はい」

 また失敗しないよう、注意しながら杷佳は髪結いを続けた。

「終わりました。これで宜しいでしょうか」

 ほつれ毛がないか念入りに確認して、杷佳は声をかけた。

「まあまあ…ね」

 合わせ鏡で出来栄えを確認し、麻希はそう言った。
 麻希が人を誉めることは殆どない。自分のことは褒めろと言うが、彼女の口から出るのは人の悪口ばかり。
 自分を正当化するのが上手で、周囲をうまく丸め込む。
 いつも仲良くしている女学校の級友たちのことも、安物しか持っていないだの、食べ方が下品だの、家の格が低いだの、どんなに着飾っても元があれでは金の無駄などと、家では悪し様に言っている。
 なので、麻希の「まあまあ」は及第点と言える。

「朝日奈家の撫子さんも、こんなリボンお持ちではないでしょうね」

 父親が舶来から取り寄せたという生地で出来たリボンを眺め、麻希は満足気に微笑んだ。

 杷佳は実際に見たことはないが、朝日奈撫子も麻希の級友の一人だ。特に麻希とは交流はなく、あちらは子爵家で、また別の派閥に属しているらしい。
 麻希が話している内容によると、母方は公家の血筋ということで、かなりの美人だと言う。
 しかしそれを鼻にかけ鼻持ちならないというのが麻希の意見で、皇族とも知り合いだというのを自慢して回っているということだ。
 家に級友たちを招いた時も、話題は大抵撫子への嫉みが中心だ。
 恐らくだが、麻希に取って朝日奈撫子は目の上のたんこぶで、自分にないもの、家柄や高貴な血筋を持ち、見目も良いことが癪に障るのだと思う。

「失礼します。麻希お嬢様、朝餉の用意が出来ました」

 ちょうど支度が整った時、女中頭の香苗がやってきた。

「今行くわ」

 その声にすっと麻希は立ち上がる。

「杷佳、あんた勝手口の掃除がまだ途中だったよ。それが終わるまで朝餉は食べられないからね」

 麻希の部屋にいる杷佳を見て、香苗が厳しく叱責する。

「す、すみません、香苗さん、今すぐに」
「ほんとうにグズだねぇ。おや、その額どうしたんだい?」

 香苗が赤くなった杷佳の額を見て尋ねた。さっき麻希に箱枕をぶつけられたところだ。

「こ、これは…走っている時に柱にぶつけて」

 本当のことは言えず、杷佳はそう言って誤魔化した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

NPO法人マヨヒガ! ~CGモデラーって難しいんですか?~

みつまめ つぼみ
キャラ文芸
 ハードワークと職業適性不一致に悩み、毎日をつらく感じている香澄(かすみ)。  彼女は帰り道、不思議な喫茶店を見つけて足を踏み入れる。  そこで出会った青年マスター晴臣(はるおみ)は、なんと『ぬらりひょん』!  彼は香澄を『マヨヒガ』へと誘い、彼女の保護を約束する。  離職した香澄は、新しいステージである『3DCGモデラー』で才能を開花させる。  香澄の手が、デジタル空間でキャラクターに命を吹き込む――。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

OLサラリーマン

廣瀬純一
ファンタジー
女性社員と体が入れ替わるサラリーマンの話

ヤンデレストーカーに突然告白された件

こばや
キャラ文芸
『 私あなたのストーカーなの!!!』 ヤンデレストーカーを筆頭に、匂いフェチシスコンのお姉さん、盗聴魔ブラコンな実姉など色々と狂っているヒロイン達に振り回される、平和な日常何それ美味しいの?なラブコメです さぁ!性癖の沼にいらっしゃい!

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

AIアイドル活動日誌

ジャン・幸田
キャラ文芸
 AIアイドル「めかぎゃるず」はレトロフューチャーなデザインの女の子型ロボットで構成されたアイドルグループである。だからメンバーは全てカスタマーされた機械人形である!  そういう設定であったが、実際は「中の人」が存在した。その「中の人」にされたある少女の体験談である。

処理中です...