79 / 102
第八章
10
しおりを挟む
もう二度と自分を見失わない。
ジゼルは震えながらも、ドミニコに抵抗を試みた。
「大人しく言うことを聞くほうが身のためだぞ。何を強情を張る?」
「強情ではございません。あなたのほうこそ、諦めてください」
「諦める? なぜ私が諦めなければならない。私はバレッシオ公国のドミニコだぞ!」
ジゼルの発言に、ドミニコが激高する。そんな彼の態度におどおどしながらも、ジゼルは必死で恐怖に耐えた。
「大公、いつまでここでグズグズしているんですか。そろそろここを出ませんと、夜が明けてしまいます」
男が苛立って急き立てる。
「わかっている! 少し黙っていろ」
男が誰で、ドミニコとどういった関係にあるのかわからないが、ドミニコは明らかに彼を下に見ている。
「仕方がない。乱暴なことはしたくなかったが」
ドミニコが一歩ジゼルに近寄ってきた。
「ド、ドミニコ?」
「素直に『うん』と言えばいいものを」
「な、なにを!」
ジゼルは彼から離れようと、狭い小屋で一歩後退した。しかし、彼のほうが動くのが早く、ジゼルはあっさり腕を掴まれた。
「は、はなし…」
「大人しくしていろ。殺しはしない」
腕を振り払おうとするジゼルに、ドミニコが言う。「死」という言葉が耳に聞こえるが、殺されなくとも酷い目に遭わされることはある。
男はジゼルの手を引っ張り小屋の外へと連れ出す。
「王女様、我をはらず素直に大公様とバレッシオに戻った方が身のためですよ」
「あ、あなたに何の権利があって、そんなことを言うのです。関係ないでしょう」
「わからない方ですね。あなたのためを思って申し上げているのですよ。バレッシオ公国と我が国が手を結べば、いかにボルトレフと言えども、ただではすみません」
「バレッシオと、誰が手を結ぶと?」
ジゼルの脳裏に周辺諸国の地図が浮かぶ。
バレッシオを挟んで隣接するマトーリオ。
この前まで水利権を巡って争っていたトリカディール。
そしてエレトリカとボルトレフをに接するカルエテーレ。
マトーリオは、元々からバレッシオとエレトリカと共に友好関係にある。
トリカディールとエレトリカは戦をしていたが、今のところ小康状態だ。しかしトリカディールとエレトリカが争ったことで、バレッシオはエレトリカより彼の国を選んだ。
それ故、エレトリカとバレッシオの関係も怪しくなった。
ドミニコとの離縁も、それが原因のひとつだ。
そしてカルエテーレ。
今のところ、カルエテーレとエレトリカは表立っては対立していない。
しかし、カルエテーレは最近王が変わったと聞いている。
前王は争い事を好まない温厚な人柄だと聞いたことがあるが、新しく王となった人物はどうなのだろう。
(そういえば、この前ユリウスの元に届けられた手紙が、カルエテーレからかしら)
あの手紙の後で、ユリウスは暫く留守にすると言ってカンディフのほか、数人連れて何処かに行った。
関係はないかも知れないが、まったく関係ないとも言い切れない。
「バレッシオと、何処が手を結ぶというの?」
男がどこの国の者かはわからないが、ボルトレフに敵対する様子の口調に、ジゼルは警戒を強めた。
ボルトレフに取っての敵ならば、即ちエレトリカとも争うことになりかねない。
「ジゼル、心配するな。エレトリカにとって悪いようにはしない。下賤な傭兵どもがエレトリカを脅して爵位と領地を得て、少々頭に乗っているようだから、ただボルトレフの野蛮人どもを懲らしめてやるだけだ」
ボルトレフの人たちを、そんなふうに言う者がいるのは知っている。
ユリウスもそのようなことを言っていた。
しかし、ボルトレフの人たちは明るくて優しく、人の痛みをわかってくれる。人を人とも思わず、簡単に他者を罵るドミニコやテレーゼに比べれば、格段に素晴らしい人たちだと言える。
「彼らが野蛮人だなんて、何を根拠に言っているの」
「だってそうだろう、他人の領地をさも自分たちの正当な居住区だなどと言って闊歩しているではないか」
「他人の領地だなんて」
「そうだろう? 君のご先祖様のエレトリカ王を脅してこの場所を手にしたんだ」
「脅すだなんて、そんなことないわ。彼らは、戦争に勝利した正当な報酬を得ただけよ。そんなふうに言わないで」
ドミニコに彼らをならず者のように言われ、ジゼルはドミニコと名も知らない男に向かって叫んだ。
ジゼルは震えながらも、ドミニコに抵抗を試みた。
「大人しく言うことを聞くほうが身のためだぞ。何を強情を張る?」
「強情ではございません。あなたのほうこそ、諦めてください」
「諦める? なぜ私が諦めなければならない。私はバレッシオ公国のドミニコだぞ!」
ジゼルの発言に、ドミニコが激高する。そんな彼の態度におどおどしながらも、ジゼルは必死で恐怖に耐えた。
「大公、いつまでここでグズグズしているんですか。そろそろここを出ませんと、夜が明けてしまいます」
男が苛立って急き立てる。
「わかっている! 少し黙っていろ」
男が誰で、ドミニコとどういった関係にあるのかわからないが、ドミニコは明らかに彼を下に見ている。
「仕方がない。乱暴なことはしたくなかったが」
ドミニコが一歩ジゼルに近寄ってきた。
「ド、ドミニコ?」
「素直に『うん』と言えばいいものを」
「な、なにを!」
ジゼルは彼から離れようと、狭い小屋で一歩後退した。しかし、彼のほうが動くのが早く、ジゼルはあっさり腕を掴まれた。
「は、はなし…」
「大人しくしていろ。殺しはしない」
腕を振り払おうとするジゼルに、ドミニコが言う。「死」という言葉が耳に聞こえるが、殺されなくとも酷い目に遭わされることはある。
男はジゼルの手を引っ張り小屋の外へと連れ出す。
「王女様、我をはらず素直に大公様とバレッシオに戻った方が身のためですよ」
「あ、あなたに何の権利があって、そんなことを言うのです。関係ないでしょう」
「わからない方ですね。あなたのためを思って申し上げているのですよ。バレッシオ公国と我が国が手を結べば、いかにボルトレフと言えども、ただではすみません」
「バレッシオと、誰が手を結ぶと?」
ジゼルの脳裏に周辺諸国の地図が浮かぶ。
バレッシオを挟んで隣接するマトーリオ。
この前まで水利権を巡って争っていたトリカディール。
そしてエレトリカとボルトレフをに接するカルエテーレ。
マトーリオは、元々からバレッシオとエレトリカと共に友好関係にある。
トリカディールとエレトリカは戦をしていたが、今のところ小康状態だ。しかしトリカディールとエレトリカが争ったことで、バレッシオはエレトリカより彼の国を選んだ。
それ故、エレトリカとバレッシオの関係も怪しくなった。
ドミニコとの離縁も、それが原因のひとつだ。
そしてカルエテーレ。
今のところ、カルエテーレとエレトリカは表立っては対立していない。
しかし、カルエテーレは最近王が変わったと聞いている。
前王は争い事を好まない温厚な人柄だと聞いたことがあるが、新しく王となった人物はどうなのだろう。
(そういえば、この前ユリウスの元に届けられた手紙が、カルエテーレからかしら)
あの手紙の後で、ユリウスは暫く留守にすると言ってカンディフのほか、数人連れて何処かに行った。
関係はないかも知れないが、まったく関係ないとも言い切れない。
「バレッシオと、何処が手を結ぶというの?」
男がどこの国の者かはわからないが、ボルトレフに敵対する様子の口調に、ジゼルは警戒を強めた。
ボルトレフに取っての敵ならば、即ちエレトリカとも争うことになりかねない。
「ジゼル、心配するな。エレトリカにとって悪いようにはしない。下賤な傭兵どもがエレトリカを脅して爵位と領地を得て、少々頭に乗っているようだから、ただボルトレフの野蛮人どもを懲らしめてやるだけだ」
ボルトレフの人たちを、そんなふうに言う者がいるのは知っている。
ユリウスもそのようなことを言っていた。
しかし、ボルトレフの人たちは明るくて優しく、人の痛みをわかってくれる。人を人とも思わず、簡単に他者を罵るドミニコやテレーゼに比べれば、格段に素晴らしい人たちだと言える。
「彼らが野蛮人だなんて、何を根拠に言っているの」
「だってそうだろう、他人の領地をさも自分たちの正当な居住区だなどと言って闊歩しているではないか」
「他人の領地だなんて」
「そうだろう? 君のご先祖様のエレトリカ王を脅してこの場所を手にしたんだ」
「脅すだなんて、そんなことないわ。彼らは、戦争に勝利した正当な報酬を得ただけよ。そんなふうに言わないで」
ドミニコに彼らをならず者のように言われ、ジゼルはドミニコと名も知らない男に向かって叫んだ。
48
お気に入りに追加
398
あなたにおすすめの小説
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
いつか彼女を手に入れる日まで
月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
嘘つきな唇〜もう貴方のことは必要ありません〜
みおな
恋愛
伯爵令嬢のジュエルは、王太子であるシリウスから求婚され、王太子妃になるべく日々努力していた。
そんなある日、ジュエルはシリウスが一人の女性と抱き合っているのを見てしまう。
その日以来、何度も何度も彼女との逢瀬を重ねるシリウス。
そんなに彼女が好きなのなら、彼女を王太子妃にすれば良い。
ジュエルが何度そう言っても、シリウスは「彼女は友人だよ」と繰り返すばかり。
堂々と嘘をつくシリウスにジュエルは・・・
騎士団寮のシングルマザー
古森きり
恋愛
夫と離婚し、実家へ帰る駅への道。
突然突っ込んできた車に死を覚悟した歩美。
しかし、目を覚ますとそこは森の中。
異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、歩美の奮闘が今、始まる!
……と、意気込んだものの全く家事が出来ない歩美の明日はどっちだ!?
※ノベルアップ+様(読み直し改稿ナッシング先行公開)にも掲載しましたが、カクヨムさん(は改稿・完結済みです)、小説家になろうさん、アルファポリスさんは改稿したものを掲載しています。
※割と鬱展開多いのでご注意ください。作者はあんまり鬱展開だと思ってませんけども。
人質姫と忘れんぼ王子
雪野 結莉
恋愛
何故か、同じ親から生まれた姉妹のはずなのに、第二王女の私は冷遇され、第一王女のお姉様ばかりが可愛がられる。
やりたいことすらやらせてもらえず、諦めた人生を送っていたが、戦争に負けてお金の為に私は売られることとなった。
お姉様は悠々と今まで通りの生活を送るのに…。
初めて投稿します。
書きたいシーンがあり、そのために書き始めました。
初めての投稿のため、何度も改稿するかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします。
小説家になろう様にも掲載しております。
読んでくださった方が、表紙を作ってくださいました。
新○文庫風に作ったそうです。
気に入っています(╹◡╹)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる