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第八章

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 もう二度と自分を見失わない。
 ジゼルは震えながらも、ドミニコに抵抗を試みた。

「大人しく言うことを聞くほうが身のためだぞ。何を強情を張る?」
「強情ではございません。あなたのほうこそ、諦めてください」
「諦める? なぜ私が諦めなければならない。私はバレッシオ公国のドミニコだぞ!」
 
 ジゼルの発言に、ドミニコが激高する。そんな彼の態度におどおどしながらも、ジゼルは必死で恐怖に耐えた。
 
「大公、いつまでここでグズグズしているんですか。そろそろここを出ませんと、夜が明けてしまいます」

 男が苛立って急き立てる。

「わかっている! 少し黙っていろ」

 男が誰で、ドミニコとどういった関係にあるのかわからないが、ドミニコは明らかに彼を下に見ている。

「仕方がない。乱暴なことはしたくなかったが」

 ドミニコが一歩ジゼルに近寄ってきた。

「ド、ドミニコ?」
「素直に『うん』と言えばいいものを」
「な、なにを!」

 ジゼルは彼から離れようと、狭い小屋で一歩後退した。しかし、彼のほうが動くのが早く、ジゼルはあっさり腕を掴まれた。

「は、はなし…」
「大人しくしていろ。殺しはしない」

 腕を振り払おうとするジゼルに、ドミニコが言う。「死」という言葉が耳に聞こえるが、殺されなくとも酷い目に遭わされることはある。
 男はジゼルの手を引っ張り小屋の外へと連れ出す。
 

「王女様、我をはらず素直に大公様とバレッシオに戻った方が身のためですよ」
「あ、あなたに何の権利があって、そんなことを言うのです。関係ないでしょう」
「わからない方ですね。あなたのためを思って申し上げているのですよ。バレッシオ公国と我が国が手を結べば、いかにボルトレフと言えども、ただではすみません」
「バレッシオと、誰が手を結ぶと?」

 ジゼルの脳裏に周辺諸国の地図が浮かぶ。
 バレッシオを挟んで隣接するマトーリオ。
 この前まで水利権を巡って争っていたトリカディール。
 そしてエレトリカとボルトレフをに接するカルエテーレ。
 マトーリオは、元々からバレッシオとエレトリカと共に友好関係にある。
 トリカディールとエレトリカは戦をしていたが、今のところ小康状態だ。しかしトリカディールとエレトリカが争ったことで、バレッシオはエレトリカより彼の国を選んだ。
 それ故、エレトリカとバレッシオの関係も怪しくなった。
 ドミニコとの離縁も、それが原因のひとつだ。
 そしてカルエテーレ。
 今のところ、カルエテーレとエレトリカは表立っては対立していない。
 しかし、カルエテーレは最近王が変わったと聞いている。
 前王は争い事を好まない温厚な人柄だと聞いたことがあるが、新しく王となった人物はどうなのだろう。

(そういえば、この前ユリウスの元に届けられた手紙が、カルエテーレからかしら)

 あの手紙の後で、ユリウスは暫く留守にすると言ってカンディフのほか、数人連れて何処かに行った。
 関係はないかも知れないが、まったく関係ないとも言い切れない。

「バレッシオと、何処が手を結ぶというの?」
 
 男がどこの国の者かはわからないが、ボルトレフに敵対する様子の口調に、ジゼルは警戒を強めた。
 ボルトレフに取っての敵ならば、即ちエレトリカとも争うことになりかねない。

「ジゼル、心配するな。エレトリカにとって悪いようにはしない。下賤な傭兵どもがエレトリカを脅して爵位と領地を得て、少々頭に乗っているようだから、ただボルトレフの野蛮人どもを懲らしめてやるだけだ」 

 ボルトレフの人たちを、そんなふうに言う者がいるのは知っている。
 ユリウスもそのようなことを言っていた。
 しかし、ボルトレフの人たちは明るくて優しく、人の痛みをわかってくれる。人を人とも思わず、簡単に他者を罵るドミニコやテレーゼに比べれば、格段に素晴らしい人たちだと言える。

「彼らが野蛮人だなんて、何を根拠に言っているの」
「だってそうだろう、他人の領地をさも自分たちの正当な居住区だなどと言って闊歩しているではないか」
「他人の領地だなんて」
「そうだろう? 君のご先祖様のエレトリカ王を脅してこの場所を手にしたんだ」
「脅すだなんて、そんなことないわ。彼らは、戦争に勝利した正当な報酬を得ただけよ。そんなふうに言わないで」

 ドミニコに彼らをならず者のように言われ、ジゼルはドミニコと名も知らない男に向かって叫んだ。
 
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