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第八章
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「思ったより時間がかかったな」
苛立ちユリウスが言った。カルエテーレとの会合のために国境近くまで行き、その後遠回りしてもう一件用を済ませての帰路である。
ユリウスとランディフ、そして後五人ほどの小規模な構成である。
七人はそれぞれ周囲を警戒しながら、ボルトレフへと戻るところだった。
「しかし、ある程度予想はしていたが、カルエテーレの新王はクソだな」
その場にいるのがランディフはじめ、ボルトレフの者だけとは言え、仮にも一国の王に対しユリウスの物言いは不遜極まりなかった。
「まったくどいつもこいつも、血統だけで何の苦労もせず為政者となった奴らはろくな人間がいないな」
その「奴ら」の中には、もちろんバレッシオのドミニコが含まれていた。
己がどんな貴重な宝を手にしていたのかも理解出来ず、そしてそれを蔑ろにし、傷つけた馬鹿なやつだ。
しかし、そんな馬鹿のおかげで、ユリウスはジゼルと出会い彼女に触れることができた。
初めから決まっていたかのように、これは「運命」だと決めつけることは、ユリウスは好まない。
もちろん、ボルトレフのユリウスとして生まれたことや、ジゼルがエレトリカの王女として生まれたこと、リロイやミアがユリウスの子供としてこの世に生を受けたことなど、神の采配でしか出来ないことはある。
しかし、その後の人生すべて最初から「運命」で決まっていたなら、この世に生きて頑張る意味が無くなってしまう。
それでは単なる神の操り人形だ。
すべて「運命」だと片付けてしまうと、幸も不幸も最初から決まっていて、それに対して感情を揺さぶられ一喜一憂することに何の意味があるのかと思ってしまう。
与えられたカードをどう使い、選択していくのか それが生きる醍醐味とも言えるのに、それすら「運命」というあやふやな定義に嵌められることに、ユリウスは反抗心を抱いていた。
人生には決して一本道ではない。いくつも選択肢があり、それを人は選び、そして選んだ道の先にまた新しい道が出来ていく。
それを繰り返しながら、今の人生があるのだとユリウスは思っている。
ジゼルがドミニコに嫁がなかったとしたら、もしくはドミニコと離縁しなかったとしたら、リゼが今でも生きていたらなど、過去に選べたかもしれない別の道のことを振り返るつもりはない。
これが自分が選び突き進んで来た末の結果なのだ。
タラレバを論じればキリがない。
常にその時最善、あるいは、自分が好む方向に進むための決断をしてきた。
「王女様と、うまくいっているのですか?」
「うまく、とはどの程度の辺りを指している? 最初から優しくしている」
「はぐらかすなら、いいですよ。こっちも勝手に想像しますから」
「エレトリカの王に、書状を送った」
「さすが、行動に移すのが速い」
いつの間に、とランディフは目を見開く。
「何と書いて送ったのか聞かないのか?」
「今後のことについて話し合いがしたい。という位ですか?」
「良くわかったな」
言い当てられて今度はユリウスが目を見開く。
「何年側にいると? まあ、会って、王女様との仲を許してもらい、その上で残りの報奨を持参金として差し引くとか、そういう話ですか?」
「半分正解だ。報奨で持参金を間引くのは、彼女にそのために身を売らせるようなことになる。彼女にそんな思いはさせたくない。報奨は報奨として、きちんともらう。そのうえで持参金は不要だと伝える」
「それで国王が拒んだらどうしますか? 報奨の値引きを交渉してきたら?」
「そのような王なら、エレトリカとの契約を考えなければならない。俺はエレトリカの今の王だから今回交渉したのだ。もし、彼がカルエテーレの王のような人物なら即刻契約破棄していた」
時に為政者としては弱点になる人情を、あの王は持ち合わせている。だから彼は信用できると思った。
「カルエテーレ……あの手紙には呆れました。今思い出してもムカつきます」
王からの手紙だ。直にボルトレフのためにしたためた。有り難く思えと見せつけた使者の態度にも呆れたが、その文面に目を通して、ユリウスは怒りに震えた。
要約すると、エレトリカとの契約に不満があるなら、我が国が新しく契約してやろう。条件はエレトリカよりずっといいだろうから、有り難く思え。というような感じだった。
結局のところ、ボルトレフを配下としか思っていないのだ。
「あの場であなたが手紙をビリビリに破り捨てた時の使者の顔と言ったら、あれを見られたのは面白かったですね」
「今回の一番の余興だったな」
慌てふためき「なんてことを!」と青ざめながら細かくなった紙を拾おうとしていたでっぷり太った使者は、しかし腹がつかえて指も太くてなかなかすぐに集められなかった。しまいには手伝えと従者に怒鳴り散らしていた。
「王に伝えろ。どこから情報を聞いたのか知らないが、エレトリカとボルトレフはこれからも契約を続ける。それどころかもっと強固な繋がりを結ぶことになるだろう」
ユリウスは使者にそう告げた。
彼の様子から、どうやら他に間者を紛れ込ませていることがわかった。
今回エレトリカとの関係に暗雲が差しているということは、その人物からの情報らしい。
もともとそこまで厳しい情報規制もしていないので、秘密にするほどでもなかった内容だ。
ユリウスは一族の者を信用している。信じているからボルトレフ内での情報共有は構わないが、簡単に他国の者に漏らす口の軽い人間を側に置くことはできない。
「情報源を探しますか?」
ランディフが提案した。
「今回に限っては構わない。大した情報ではない。だから罪には問わないが、一応は頼む」
「わかりました」
何となくだが、ランディフもユリウスも、それが誰か察しはついていた。
今回のことでその人物を追放することも考えていた。
「ただリゼの妹として、子供たちの叔母としての立場に徹してくれていたなら、ここまでしなかったのに」
ユリウスがジゼルを求めていると知ったなら、オリビアは何をするかわからない。ユリウスたちの前では猫を被っていることは知っていたが、いつ本性を剥き出しジゼルに危害を加えるかわからない危険性を秘めている。
これも自分がはっきり決断してこなかったのが悪いのだが、そのとばっちりがジゼルに向くことは防がなければならない。
「戦術なら得意だが、女という者はよくわからない」
ぼそりとユリウスが呟いた言葉を、ランディフは聞き逃さなかった。
「だからこそ、惹かれ合うのでしょうけどね。私も未だ妻のすべてを知っているとは言い切れません。理解していたつもりですが、母親になると、また変化しました」
「母親か……」
ジゼルならリロイたちのことも可愛がってくれるだろう。だが、出来るなら彼女にも子を持たせてあげたいとも思う。その身にユリウスの子を宿し、日々体が変化していく様を側で見守りたい。そして彼女との子をこの手に抱きたいという願望もあった。
リロイもミア、自分とジゼル、そこに彼女との子が加わった情景を夢見る。
「さあ、早く帰ろうか」
ユリウスは逸る心を口にした。
しかし、彼がボルトレフに着いた時、彼を待っていたのはリロイの病とオリビアのこと。
そしとジゼルの失踪という事態だった。
苛立ちユリウスが言った。カルエテーレとの会合のために国境近くまで行き、その後遠回りしてもう一件用を済ませての帰路である。
ユリウスとランディフ、そして後五人ほどの小規模な構成である。
七人はそれぞれ周囲を警戒しながら、ボルトレフへと戻るところだった。
「しかし、ある程度予想はしていたが、カルエテーレの新王はクソだな」
その場にいるのがランディフはじめ、ボルトレフの者だけとは言え、仮にも一国の王に対しユリウスの物言いは不遜極まりなかった。
「まったくどいつもこいつも、血統だけで何の苦労もせず為政者となった奴らはろくな人間がいないな」
その「奴ら」の中には、もちろんバレッシオのドミニコが含まれていた。
己がどんな貴重な宝を手にしていたのかも理解出来ず、そしてそれを蔑ろにし、傷つけた馬鹿なやつだ。
しかし、そんな馬鹿のおかげで、ユリウスはジゼルと出会い彼女に触れることができた。
初めから決まっていたかのように、これは「運命」だと決めつけることは、ユリウスは好まない。
もちろん、ボルトレフのユリウスとして生まれたことや、ジゼルがエレトリカの王女として生まれたこと、リロイやミアがユリウスの子供としてこの世に生を受けたことなど、神の采配でしか出来ないことはある。
しかし、その後の人生すべて最初から「運命」で決まっていたなら、この世に生きて頑張る意味が無くなってしまう。
それでは単なる神の操り人形だ。
すべて「運命」だと片付けてしまうと、幸も不幸も最初から決まっていて、それに対して感情を揺さぶられ一喜一憂することに何の意味があるのかと思ってしまう。
与えられたカードをどう使い、選択していくのか それが生きる醍醐味とも言えるのに、それすら「運命」というあやふやな定義に嵌められることに、ユリウスは反抗心を抱いていた。
人生には決して一本道ではない。いくつも選択肢があり、それを人は選び、そして選んだ道の先にまた新しい道が出来ていく。
それを繰り返しながら、今の人生があるのだとユリウスは思っている。
ジゼルがドミニコに嫁がなかったとしたら、もしくはドミニコと離縁しなかったとしたら、リゼが今でも生きていたらなど、過去に選べたかもしれない別の道のことを振り返るつもりはない。
これが自分が選び突き進んで来た末の結果なのだ。
タラレバを論じればキリがない。
常にその時最善、あるいは、自分が好む方向に進むための決断をしてきた。
「王女様と、うまくいっているのですか?」
「うまく、とはどの程度の辺りを指している? 最初から優しくしている」
「はぐらかすなら、いいですよ。こっちも勝手に想像しますから」
「エレトリカの王に、書状を送った」
「さすが、行動に移すのが速い」
いつの間に、とランディフは目を見開く。
「何と書いて送ったのか聞かないのか?」
「今後のことについて話し合いがしたい。という位ですか?」
「良くわかったな」
言い当てられて今度はユリウスが目を見開く。
「何年側にいると? まあ、会って、王女様との仲を許してもらい、その上で残りの報奨を持参金として差し引くとか、そういう話ですか?」
「半分正解だ。報奨で持参金を間引くのは、彼女にそのために身を売らせるようなことになる。彼女にそんな思いはさせたくない。報奨は報奨として、きちんともらう。そのうえで持参金は不要だと伝える」
「それで国王が拒んだらどうしますか? 報奨の値引きを交渉してきたら?」
「そのような王なら、エレトリカとの契約を考えなければならない。俺はエレトリカの今の王だから今回交渉したのだ。もし、彼がカルエテーレの王のような人物なら即刻契約破棄していた」
時に為政者としては弱点になる人情を、あの王は持ち合わせている。だから彼は信用できると思った。
「カルエテーレ……あの手紙には呆れました。今思い出してもムカつきます」
王からの手紙だ。直にボルトレフのためにしたためた。有り難く思えと見せつけた使者の態度にも呆れたが、その文面に目を通して、ユリウスは怒りに震えた。
要約すると、エレトリカとの契約に不満があるなら、我が国が新しく契約してやろう。条件はエレトリカよりずっといいだろうから、有り難く思え。というような感じだった。
結局のところ、ボルトレフを配下としか思っていないのだ。
「あの場であなたが手紙をビリビリに破り捨てた時の使者の顔と言ったら、あれを見られたのは面白かったですね」
「今回の一番の余興だったな」
慌てふためき「なんてことを!」と青ざめながら細かくなった紙を拾おうとしていたでっぷり太った使者は、しかし腹がつかえて指も太くてなかなかすぐに集められなかった。しまいには手伝えと従者に怒鳴り散らしていた。
「王に伝えろ。どこから情報を聞いたのか知らないが、エレトリカとボルトレフはこれからも契約を続ける。それどころかもっと強固な繋がりを結ぶことになるだろう」
ユリウスは使者にそう告げた。
彼の様子から、どうやら他に間者を紛れ込ませていることがわかった。
今回エレトリカとの関係に暗雲が差しているということは、その人物からの情報らしい。
もともとそこまで厳しい情報規制もしていないので、秘密にするほどでもなかった内容だ。
ユリウスは一族の者を信用している。信じているからボルトレフ内での情報共有は構わないが、簡単に他国の者に漏らす口の軽い人間を側に置くことはできない。
「情報源を探しますか?」
ランディフが提案した。
「今回に限っては構わない。大した情報ではない。だから罪には問わないが、一応は頼む」
「わかりました」
何となくだが、ランディフもユリウスも、それが誰か察しはついていた。
今回のことでその人物を追放することも考えていた。
「ただリゼの妹として、子供たちの叔母としての立場に徹してくれていたなら、ここまでしなかったのに」
ユリウスがジゼルを求めていると知ったなら、オリビアは何をするかわからない。ユリウスたちの前では猫を被っていることは知っていたが、いつ本性を剥き出しジゼルに危害を加えるかわからない危険性を秘めている。
これも自分がはっきり決断してこなかったのが悪いのだが、そのとばっちりがジゼルに向くことは防がなければならない。
「戦術なら得意だが、女という者はよくわからない」
ぼそりとユリウスが呟いた言葉を、ランディフは聞き逃さなかった。
「だからこそ、惹かれ合うのでしょうけどね。私も未だ妻のすべてを知っているとは言い切れません。理解していたつもりですが、母親になると、また変化しました」
「母親か……」
ジゼルならリロイたちのことも可愛がってくれるだろう。だが、出来るなら彼女にも子を持たせてあげたいとも思う。その身にユリウスの子を宿し、日々体が変化していく様を側で見守りたい。そして彼女との子をこの手に抱きたいという願望もあった。
リロイもミア、自分とジゼル、そこに彼女との子が加わった情景を夢見る。
「さあ、早く帰ろうか」
ユリウスは逸る心を口にした。
しかし、彼がボルトレフに着いた時、彼を待っていたのはリロイの病とオリビアのこと。
そしとジゼルの失踪という事態だった。
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