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第七章
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「ミア様、私達は別に怒っているわけではなく、ジゼル様を心配しているのです」
「そうですよ。だから安心してください」
「ほんと? ほんとにおーじょさま、怒っていない?」
「ええ、もちろんです」
メアリーとケーラがミアを説得する。
「ミア様、二人の言うとおりです。私も怒られているとは思っていませんから」
ジゼルがそう言うと、ミアはようやく納得した。
そこへちょうどファーガスが戻ってきた。
しかしその表情はとても暗い。
「ファーガス先生、リロイ様はどうでしたか?」
「熱は…ありませんでした。どこか痛いとかもないようです」
「良かった」
ジゼルが呟いた。体の調子がどこか悪いのではないと聞き、皆がほっとしたが、ファーガスの表情が思わしくないのは何故なのか。
「あの、何か気がかりなことでも? リロイ様のことですか?」
「え、あ、いえ……なんでもありません。すみません、打ち身に効く塗り薬を持ってまいりますので、メアリーさん、後で王女様に塗ってもらえますか?」
「はい」
「ケーラさん、リロイ様は今は休んでいますが、起きたら知らせてもらえますか?」
「ミアも行く」
「なりません!」
ミアがリロイの所へ行くと言うと、ファーガスが少し強めにそれを止めた。
「ふえ…ファーガスが怒った……」
「あ、いえ、すみません。ミア様」
ファーガスの強い口調に、ミアが半泣きになる。慌ててファーガスが謝った。
「ファーガス先生、やっぱりリロイ様に何か?」
「………その……」
ファーガスは言うのを躊躇い、ちらりとミアを見る。ミアに聞かせたくない話なのかもと、ジゼルたちは察した。
「ミア様、そろそろお休みになられる時間です」
メアリーが進み出てミアをその場から連れ出そうとする。
「いや、まだ眠くない、ミアここにいる」
ファーガスに怒られ、すっかり拗ねたミアは、メアリーの誘いを断り、ジゼルにしがみついてきた。
「ミア様、我儘を言ってはいけません。ほら、ジゼル様は怪我をなさっているのです。ジゼル様が痛がっていますよ」
ケーラがジゼルからミアを離しにかかる。
「いや、ミア、ここにいるの、やだぁ」
階段から落ちるという怖いことがあって、リロイにも会わせてもらえなくて、おまけに怒られたことで、ミアはすっかり興奮している。
部屋中に響き渡る声で、わんわん泣き出した。
「ミア様、ほら、泣かないでください。そんなに泣いたら涙が涸れてしまいます」
ジゼルは自分にしがみつくミアの背中を優しく叩いた。
ポンポンポンと、リズムをつけて軽く優しく叩き、声をかける。
「ほら、いい子ね。大丈夫」
小さな背中を擦り、ジゼルが優しく声かけると、ミアのしゃくりあげる声がだんだん小さくなっていった。
******
その後、ミアが寝てしまったので、サイモンに部屋へ運んでもらった。
彼が戻ってくるのを待って、ジゼルの部屋に皆が集まった。
「それで、リロイ様の具合はどうなのですか?」
ケーラが改めてファーガスに尋ねた。
「それが……」
ファーガスは皆を前にして、言葉を選ぶかのように言い淀む。
「あの、私とメアリーは席を外した方がよろしいのでは?」
言い難いのは、ジゼルとメアリー、ボルトレフ外部の人間がいるからかも知れないと、彼女は退席を申し出た。
リロイの容態は気になるが、後で当たり障りのない範囲で教えてもらえればいいと思った。
「そうで」
「いいえ、ジゼル様もメアリーも、聞いた話を無闇に言いふらす人達ではありません」
ジゼルの提案を受け入れかけたファーガスの言葉を、ケーラが遮った。
「ケーラさん、しかしこれはボルトレフ内部の話です。いくら王女様とは言え、そこまで立ち入る話ではないと思います」
「わかっています。でも、ジゼル様は信用の置ける方です」
「そうだとはとは思いますが…しかし、ユリウス様の許可も取れない状況で、お子様たちのことを彼女たちに話すのは…」
ファーガスの躊躇いもわかる。ある程度自由にさせてもらっているとは言え、そこまで立ち入ることを快く思わないかも知れない。
「留守の間の全権は、私とサイモンに委ねられています。ユリウスには私から伝えます」
「サイモンさんも、それでよろしいですか?」
ファーガスが困ってサイモンに問いかける。
「そうですね……」
サイモンは暫く考える様子を見せ、ケーラの方を窺う。
「ここで話すことを、ユリウス様以外に話さないと、誓っていただけますか?」
「もちろんです。不利益になることを言いふらしたりはいたしません。メアリーもそのような人間ではありません」
「そうです」
サイモンの問いに、ジゼルとメアリーが答えた。
ファーガスはそこまで仰るならと、リロイの状況について自分の見たままを話し始めた。
「リロイ様は先程報告したとおり、熱も、特にお腹など痛いところはなさそうでしたが……」
「でしたが?」
サイモンがじれったそうに先を促す。
「リロイ様は、お顔立ちもそうですが、その性格もユリウス様よりリゼ様に良く似ていらっしゃいます。お優しくて人を気遣う、心根の方でした」
ユリウスの前妻の話を聞くことになった。
彼はジゼルを初恋だと言った。
彼の気持ちを疑うつもりはないが、ユリウスの子供を産むことが出来た彼女に、嫉妬のような気持ちを抱いている自分に驚いた。
もしこの先、彼との関係が続いたとしても、自分は彼の子を産めないのだ。
「しかし、彼女は妊娠を期に心の病を抱え、お子様たちを抱くこともなく、そのまま亡くなってしまいました。事故の可能性も残っていますが、恐らくは自死だったと推測されます」
それを聞いてジゼルとメアリーは無言のまま、目を見張った。
「そうですよ。だから安心してください」
「ほんと? ほんとにおーじょさま、怒っていない?」
「ええ、もちろんです」
メアリーとケーラがミアを説得する。
「ミア様、二人の言うとおりです。私も怒られているとは思っていませんから」
ジゼルがそう言うと、ミアはようやく納得した。
そこへちょうどファーガスが戻ってきた。
しかしその表情はとても暗い。
「ファーガス先生、リロイ様はどうでしたか?」
「熱は…ありませんでした。どこか痛いとかもないようです」
「良かった」
ジゼルが呟いた。体の調子がどこか悪いのではないと聞き、皆がほっとしたが、ファーガスの表情が思わしくないのは何故なのか。
「あの、何か気がかりなことでも? リロイ様のことですか?」
「え、あ、いえ……なんでもありません。すみません、打ち身に効く塗り薬を持ってまいりますので、メアリーさん、後で王女様に塗ってもらえますか?」
「はい」
「ケーラさん、リロイ様は今は休んでいますが、起きたら知らせてもらえますか?」
「ミアも行く」
「なりません!」
ミアがリロイの所へ行くと言うと、ファーガスが少し強めにそれを止めた。
「ふえ…ファーガスが怒った……」
「あ、いえ、すみません。ミア様」
ファーガスの強い口調に、ミアが半泣きになる。慌ててファーガスが謝った。
「ファーガス先生、やっぱりリロイ様に何か?」
「………その……」
ファーガスは言うのを躊躇い、ちらりとミアを見る。ミアに聞かせたくない話なのかもと、ジゼルたちは察した。
「ミア様、そろそろお休みになられる時間です」
メアリーが進み出てミアをその場から連れ出そうとする。
「いや、まだ眠くない、ミアここにいる」
ファーガスに怒られ、すっかり拗ねたミアは、メアリーの誘いを断り、ジゼルにしがみついてきた。
「ミア様、我儘を言ってはいけません。ほら、ジゼル様は怪我をなさっているのです。ジゼル様が痛がっていますよ」
ケーラがジゼルからミアを離しにかかる。
「いや、ミア、ここにいるの、やだぁ」
階段から落ちるという怖いことがあって、リロイにも会わせてもらえなくて、おまけに怒られたことで、ミアはすっかり興奮している。
部屋中に響き渡る声で、わんわん泣き出した。
「ミア様、ほら、泣かないでください。そんなに泣いたら涙が涸れてしまいます」
ジゼルは自分にしがみつくミアの背中を優しく叩いた。
ポンポンポンと、リズムをつけて軽く優しく叩き、声をかける。
「ほら、いい子ね。大丈夫」
小さな背中を擦り、ジゼルが優しく声かけると、ミアのしゃくりあげる声がだんだん小さくなっていった。
******
その後、ミアが寝てしまったので、サイモンに部屋へ運んでもらった。
彼が戻ってくるのを待って、ジゼルの部屋に皆が集まった。
「それで、リロイ様の具合はどうなのですか?」
ケーラが改めてファーガスに尋ねた。
「それが……」
ファーガスは皆を前にして、言葉を選ぶかのように言い淀む。
「あの、私とメアリーは席を外した方がよろしいのでは?」
言い難いのは、ジゼルとメアリー、ボルトレフ外部の人間がいるからかも知れないと、彼女は退席を申し出た。
リロイの容態は気になるが、後で当たり障りのない範囲で教えてもらえればいいと思った。
「そうで」
「いいえ、ジゼル様もメアリーも、聞いた話を無闇に言いふらす人達ではありません」
ジゼルの提案を受け入れかけたファーガスの言葉を、ケーラが遮った。
「ケーラさん、しかしこれはボルトレフ内部の話です。いくら王女様とは言え、そこまで立ち入る話ではないと思います」
「わかっています。でも、ジゼル様は信用の置ける方です」
「そうだとはとは思いますが…しかし、ユリウス様の許可も取れない状況で、お子様たちのことを彼女たちに話すのは…」
ファーガスの躊躇いもわかる。ある程度自由にさせてもらっているとは言え、そこまで立ち入ることを快く思わないかも知れない。
「留守の間の全権は、私とサイモンに委ねられています。ユリウスには私から伝えます」
「サイモンさんも、それでよろしいですか?」
ファーガスが困ってサイモンに問いかける。
「そうですね……」
サイモンは暫く考える様子を見せ、ケーラの方を窺う。
「ここで話すことを、ユリウス様以外に話さないと、誓っていただけますか?」
「もちろんです。不利益になることを言いふらしたりはいたしません。メアリーもそのような人間ではありません」
「そうです」
サイモンの問いに、ジゼルとメアリーが答えた。
ファーガスはそこまで仰るならと、リロイの状況について自分の見たままを話し始めた。
「リロイ様は先程報告したとおり、熱も、特にお腹など痛いところはなさそうでしたが……」
「でしたが?」
サイモンがじれったそうに先を促す。
「リロイ様は、お顔立ちもそうですが、その性格もユリウス様よりリゼ様に良く似ていらっしゃいます。お優しくて人を気遣う、心根の方でした」
ユリウスの前妻の話を聞くことになった。
彼はジゼルを初恋だと言った。
彼の気持ちを疑うつもりはないが、ユリウスの子供を産むことが出来た彼女に、嫉妬のような気持ちを抱いている自分に驚いた。
もしこの先、彼との関係が続いたとしても、自分は彼の子を産めないのだ。
「しかし、彼女は妊娠を期に心の病を抱え、お子様たちを抱くこともなく、そのまま亡くなってしまいました。事故の可能性も残っていますが、恐らくは自死だったと推測されます」
それを聞いてジゼルとメアリーは無言のまま、目を見張った。
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