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第七章

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 一瞬ふわりと体が宙に浮き、その後天地がひっくり返った。
 胸にミアをぎゅっと抱き込み、ジゼルは横向きになって体を丸くした。

「きゃあ~」
「ジゼル様!」

 ジゼルの胸に顔を埋めたミアと誰かの叫び声、そしてガチャガチャガチャーンと何かが割れる音がして、次の瞬間肩の辺りに衝撃が走った。

「グッ!!」

 体を走る衝撃に言葉を飲み込む。肩と腰が階段の角にぶち当たり、そのままズササッと雪崩落ちて行った。

「ウッ」

 うめき声が引き結んだ唇から漏れる。

「わあ~ん」

 動きが止まり、ジゼルの胸に顔を埋めたミアが大声で泣き出した。

「ジゼル様! 大丈夫ですか?」

 声がして痛む体に顔をしかめ肩越しに見ると、メアリーが駆け寄ってきた。

「メ、メア……」
「動かないでください! 今人を呼んできます」

 バタバタと走り去るメアリーの足音を聞こえる。

「わあ~ん、ああ~ん」
「ミア…様…怪我は?」

 胸の中で泣きじゃくるミアを抱く腕の力を緩め、たどたどしく声をかける。
 ボロボロと大粒の涙を溢し、顔をグシャグシャにしながらも、ミアは首を振った。

「そう……良かった」

 ミアの焦げ茶色の頭を撫でながら、ジゼルはホッと息を吐く。
 そのミアの向こう、階段の上に青ざめ立ち尽くすオリビアが見えた。

「わ、わた……私……」

 それだけ言って、二階の奥へと走り去って行くオリビアの背中を見つめる目が霞み、ジゼルはそこで気を失った。
 
****

 次に目が覚めると、目の前にファーガスの顔があった。
 
「ジゼル様!」
「おーじょしゃまぁ」
「動かさないで、頭を打っていたら大変だ。私の指を見て目で追ってください」

 ファーガスは目の前に右手の人差し指を立て、それを右に左に動かす。
 それをジゼルは目で追う。

「私……どうし……」
「階段からミア様を抱えて落ちたのですよ。覚えていますか?」

 ファーガスの言葉に、目だけをぐるりと回して周囲を見る。
 ジゼルはまだ階段下にいた。

「はい」
「気分は? 吐き気とか目眩は?」

 ファーガスが頭部を掴み、容態を尋ねる。
 その後ろにメアリーと、泣いて顔がグシャグシャになったミア、そしてケーラやレシティたちが勢ぞろいしていた。

「ミア様……だ、大丈夫…ウッ」

 ミアは大丈夫だろうかと手足を動かそうとして、体に痛みが走り顔をしかめた。殆どの痛みは右半身に集中している。

「ミア様なら大丈夫です。びっくりしていますが、怪我はどこにもありません」

 メアリーがミアがよく見えるように、前へと促す。

「そう、良かったわ」
「か、体は痛いですが……吐き気は…ありません」
「頭は大丈夫。どこが痛いですか?」
「肩と……腰が」
「肩と腰ですね」
「そこから落ちるのを見ました」

 ジゼルの話を裏付けるように、落ちるところを目撃したメアリーが言った。
 ファーガスがジゼルの体を動かし、下になっていた右半身を触る。

「痛い……」
「我慢してください」

 ファーガスの手が当たった場所が痛くて、ジゼルはまたもや顔を顰める。
 
「良かった。骨は折れていないようですし、頭を打っていたらもっと大事になるところでした」
「何が『良かった』ですか! 階段から落ちたのですよ」

 メアリーがファーガスの言葉に抗議の声を上げる。

「それはそうですが、頭を打っていたらもっと大変でした。脳が頭の中で動く脳震盪と言うものになると、吐き気や目眩だけでなく、悪くすれば意識障害などが起こりますから。咄嗟に受け身を取られたようですね」
「受け身……」

 落ちると思った瞬間、天地がひっくり返った感覚を思い出し、ぎゅっと目を閉じる。
 ファーガスの言うとおり、打ちどころが悪ければ、場合によってはもっと大惨事になっていただろう。
 
「さあ、もう動かしても大丈夫です。彼女を部屋へ運んでもらえますか?」

 ファーガスが声高に言うと、後ろから脇に手が差し込まれた。

「失礼します」

 見るとそれはサイモンだった。

「すみません。あ、あの…自分で歩けますよ」
「だめです」
「そうです。それは医者として許可できません。他の場所も調べて、何もないとわかるまでは大人しくしていてください」

 医者としての命令だと言われれば、ジゼルは従うしかなかった。そのままサイモンに抱えられて、部屋へ連れて行かれる。
 ケーラやメアリーもミアの手を引き、後ろからついてくる。
 レシティや他の人達は、「後は任せた」と言ってそれぞれの仕事に戻っていった。

「ファーガス、君の命令だったとユリウス様が帰ったら説明してくれよ。恨まれたくはないからな」

 ジゼルを寝台に降ろしてから、サイモンがファーガスに言った。

「ケーラもだぞ」
「わかっていますよ」
「心得ております」

 二人がそう言って頷く。

「あの、なぜユリウス様に恨まれなくてはならないのですか? 何かありましか?」
「ユリウス様がいらっしゃったら、当然今サイモンがやったことは、彼の役割でしたでしょうからね。きっと悔しがるでしょう」

 ケーラが言うと、二人に加えメアリーも頷く。

「非常事態でしたし、一番当たり障りのないのはサイモンだったと、ちゃんと伝えます。さあ、診察しますから、サイモンは出てください。ケーラさん、すみませんがお湯と清潔なタオルをお願いします」
「わかりました。ミア様、ミア様もこちらへ」
「いや! ミア、ここにいる」

 ケーラがミアも連れ出そうとしたが、彼女はメアリーのスカートに張り付いてイヤイヤと首を振った。
 ミアなりに、責任を感じているようだ。

「ケーラさん、構いません。ミア様、ファーガス先生の診察の邪魔にならないところにいてくださいね」
「うん、わかった」

 まだ泣いて赤く目の周りを腫らしたミアは、ちょこんと離れた椅子の上に座った。

(あの子に怪我がなくて良かったわ)

 彼女から右側が見えないようにジゼルは診察のために服を脱いだ。
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