62 / 102
第七章
3
しおりを挟む
「ジゼル様、これもお願いします」
「は、はい!」
レシティが追加の繕い物をジゼルの目の前に置いた。
「最近やたらと繕い物が多いね。それも男たちから」
「しかもわざわざここまで持って来たり、貰いに来たり、今までになかったですよね」
「そんなの、理由はわかっているでしょ」
そう言いながら、皆はちらりと繕い物に一生懸命取り組むジゼルに視線を向ける。
「皆、王女様に直してもらおうとわざと破って持ってきてるみたい」
ジゼルがユリウスと夜を共にしてから、三日が経った。
毎日朝は子供たちに勉強やマナーを教え、午後からは作業場で作業する日が続いている。
そして、ユリウスがジゼルが繕ったシャツを自慢したことで、屋敷で働く者たちが次々と繕い物を持ってくるようになった。
「気持ちはわからないでもないけど、やたらと仕事が増えるのは困るわね」
「これでは本当に必要な仕事が滞ってしまいます」
「も、申し訳……ございません。余計なお手間を取らせてしまいました」
一枚のシャツの繕いを終えたジゼルが、レシティたちに謝った。
思ったより忙しいと思っていたが、まさか自分のせいだとは思わなかった。
「謝る必要はありません。ジゼル様のせいではないのですから。うちの男どもが節操がないだけなんですよ」
「そうですよ。私達だけの時と雲泥の差ですよ。まあ、今だけでしょうけど」
「断りますか」
「そうですね」
「あ、私なら大丈夫です。せっかく皆さんが私に期待してくれているのです。出来るだけ頑張ります」
「ですが、根を詰めすぎるとジゼル様の体調が……」
「皆さんなら、少し忙しくなっても頑張られますよね」
「それは……まあ、仕事ですから」
「なら、私も同じように扱ってください。信用されないかも知れませんが、元来体は丈夫なのです」
熱を出してここに運び込まれた身としては、信憑性はないかもしれないが、昔は病気らしい病気を殆どしたことはなかった。
少し繕い物が増えたからと言って、簡単には寝込まない。
「意気込みはわかりました。それなら今預かっている分は責任もってお願いします。でも、これ以上は増えないように、こちらで精査します」
「わかりました」
せっかくなら皆の要望に出来るだけ応えたいところだが、人には限界がある。それにここを仕切っているレシティたちが決めたことにジゼルが口を挟むことはできない。
「お忙しそうですね」
作業場から部屋へ戻るために廊下を歩いていたジゼルに、声をかけてきたのはオリビアだった。
「オリビアさん」
彼女はここに来た日、初めて言葉を交わして以来、ジゼルに話しかけてくるのは今日が初めてだった。
子供たちに教えているときはケーラがそばにいて、作業場にはレシティがいる。オリビアは彼女たちが苦手で、極力関わらないようにしていたからだったのだが、ジゼルはそんなことは知らない。
途中の廊下もいつもメアリーが側にいたのだが、今日は彼女は他に用があってジゼルは一人だった。
オリビアはそれを狙って近づいてきた。
「そんなにがむしゃらに働くなんて、変わっていますわね。何の点数稼ぎですか?」
「点数稼ぎ? 私はそんな……」
「男性たちがなんだか騒いでいるみたいですし、さぞかしいい気分でしょうね」
棘のある言い方に、ジゼルは戸惑う。
なぜそんな言い方をするのか理由がわからない。
しかし、ジゼルの行動の何かが彼女の気に障ったのだろうことはわかる。
「そんな、いい気分とか……そんなこと」
「そうですね。王女様にとってはよくあることで、なんてないことでしょう。田舎に住む男どもなど、都会の洗練された方々に比べれば、赤子の手をひねるようなものでしょう」
そんことはないと言えば、別の理由で難くせをつけられ、どう言えばいいのかジゼルは困惑した。
「リロイたちも手懐けて、人畜無害な顔をして、やることがあざといですわね」
「あ、あざといなんて……私は何も……何か誤解されているのでは?」
オリビアの言いがかりに、ジゼルはなんとか言い返そうとする。
「誤解? あなたが来るまですべてうまく行っていたのに、ちょっと私が実家に帰っている間に、掌を返したように状況が変わっていたのよ。あなたが原因としか思えないわ」
「そんなこと言われても、私が何をしたと……」
「どこまでもとぼけるのね。白々しい。いいわ、あなたがその気なら私も遠慮しないから」
吐き捨てるようにオリビアは言うと、戸惑うジゼルを残して彼女は立ち去った。
「な、何を怒っているのかしら……」
考えられるのは、ユリウスとのことだが、彼とのことは今のところメアリーとケーラしか知らない筈だ。
三日前、ジゼルは明け方までユリウスと共にいた。
夜が明けて空が白み始めた頃、ジゼルはユリウスに抱えられて部屋に戻った。
一人で戻ろうとしたのだが、体が痛くて無理だった。
きっとメアリーはジゼルが戻ってこないことを不審に思い、心配しているだろう。そう思っていたが、部屋に戻るとそこにはメアリーだけでなく、ケーラもいたのだった。
「は、はい!」
レシティが追加の繕い物をジゼルの目の前に置いた。
「最近やたらと繕い物が多いね。それも男たちから」
「しかもわざわざここまで持って来たり、貰いに来たり、今までになかったですよね」
「そんなの、理由はわかっているでしょ」
そう言いながら、皆はちらりと繕い物に一生懸命取り組むジゼルに視線を向ける。
「皆、王女様に直してもらおうとわざと破って持ってきてるみたい」
ジゼルがユリウスと夜を共にしてから、三日が経った。
毎日朝は子供たちに勉強やマナーを教え、午後からは作業場で作業する日が続いている。
そして、ユリウスがジゼルが繕ったシャツを自慢したことで、屋敷で働く者たちが次々と繕い物を持ってくるようになった。
「気持ちはわからないでもないけど、やたらと仕事が増えるのは困るわね」
「これでは本当に必要な仕事が滞ってしまいます」
「も、申し訳……ございません。余計なお手間を取らせてしまいました」
一枚のシャツの繕いを終えたジゼルが、レシティたちに謝った。
思ったより忙しいと思っていたが、まさか自分のせいだとは思わなかった。
「謝る必要はありません。ジゼル様のせいではないのですから。うちの男どもが節操がないだけなんですよ」
「そうですよ。私達だけの時と雲泥の差ですよ。まあ、今だけでしょうけど」
「断りますか」
「そうですね」
「あ、私なら大丈夫です。せっかく皆さんが私に期待してくれているのです。出来るだけ頑張ります」
「ですが、根を詰めすぎるとジゼル様の体調が……」
「皆さんなら、少し忙しくなっても頑張られますよね」
「それは……まあ、仕事ですから」
「なら、私も同じように扱ってください。信用されないかも知れませんが、元来体は丈夫なのです」
熱を出してここに運び込まれた身としては、信憑性はないかもしれないが、昔は病気らしい病気を殆どしたことはなかった。
少し繕い物が増えたからと言って、簡単には寝込まない。
「意気込みはわかりました。それなら今預かっている分は責任もってお願いします。でも、これ以上は増えないように、こちらで精査します」
「わかりました」
せっかくなら皆の要望に出来るだけ応えたいところだが、人には限界がある。それにここを仕切っているレシティたちが決めたことにジゼルが口を挟むことはできない。
「お忙しそうですね」
作業場から部屋へ戻るために廊下を歩いていたジゼルに、声をかけてきたのはオリビアだった。
「オリビアさん」
彼女はここに来た日、初めて言葉を交わして以来、ジゼルに話しかけてくるのは今日が初めてだった。
子供たちに教えているときはケーラがそばにいて、作業場にはレシティがいる。オリビアは彼女たちが苦手で、極力関わらないようにしていたからだったのだが、ジゼルはそんなことは知らない。
途中の廊下もいつもメアリーが側にいたのだが、今日は彼女は他に用があってジゼルは一人だった。
オリビアはそれを狙って近づいてきた。
「そんなにがむしゃらに働くなんて、変わっていますわね。何の点数稼ぎですか?」
「点数稼ぎ? 私はそんな……」
「男性たちがなんだか騒いでいるみたいですし、さぞかしいい気分でしょうね」
棘のある言い方に、ジゼルは戸惑う。
なぜそんな言い方をするのか理由がわからない。
しかし、ジゼルの行動の何かが彼女の気に障ったのだろうことはわかる。
「そんな、いい気分とか……そんなこと」
「そうですね。王女様にとってはよくあることで、なんてないことでしょう。田舎に住む男どもなど、都会の洗練された方々に比べれば、赤子の手をひねるようなものでしょう」
そんことはないと言えば、別の理由で難くせをつけられ、どう言えばいいのかジゼルは困惑した。
「リロイたちも手懐けて、人畜無害な顔をして、やることがあざといですわね」
「あ、あざといなんて……私は何も……何か誤解されているのでは?」
オリビアの言いがかりに、ジゼルはなんとか言い返そうとする。
「誤解? あなたが来るまですべてうまく行っていたのに、ちょっと私が実家に帰っている間に、掌を返したように状況が変わっていたのよ。あなたが原因としか思えないわ」
「そんなこと言われても、私が何をしたと……」
「どこまでもとぼけるのね。白々しい。いいわ、あなたがその気なら私も遠慮しないから」
吐き捨てるようにオリビアは言うと、戸惑うジゼルを残して彼女は立ち去った。
「な、何を怒っているのかしら……」
考えられるのは、ユリウスとのことだが、彼とのことは今のところメアリーとケーラしか知らない筈だ。
三日前、ジゼルは明け方までユリウスと共にいた。
夜が明けて空が白み始めた頃、ジゼルはユリウスに抱えられて部屋に戻った。
一人で戻ろうとしたのだが、体が痛くて無理だった。
きっとメアリーはジゼルが戻ってこないことを不審に思い、心配しているだろう。そう思っていたが、部屋に戻るとそこにはメアリーだけでなく、ケーラもいたのだった。
37
お気に入りに追加
398
あなたにおすすめの小説
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
いつか彼女を手に入れる日まで
月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
嘘つきな唇〜もう貴方のことは必要ありません〜
みおな
恋愛
伯爵令嬢のジュエルは、王太子であるシリウスから求婚され、王太子妃になるべく日々努力していた。
そんなある日、ジュエルはシリウスが一人の女性と抱き合っているのを見てしまう。
その日以来、何度も何度も彼女との逢瀬を重ねるシリウス。
そんなに彼女が好きなのなら、彼女を王太子妃にすれば良い。
ジュエルが何度そう言っても、シリウスは「彼女は友人だよ」と繰り返すばかり。
堂々と嘘をつくシリウスにジュエルは・・・
騎士団寮のシングルマザー
古森きり
恋愛
夫と離婚し、実家へ帰る駅への道。
突然突っ込んできた車に死を覚悟した歩美。
しかし、目を覚ますとそこは森の中。
異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、歩美の奮闘が今、始まる!
……と、意気込んだものの全く家事が出来ない歩美の明日はどっちだ!?
※ノベルアップ+様(読み直し改稿ナッシング先行公開)にも掲載しましたが、カクヨムさん(は改稿・完結済みです)、小説家になろうさん、アルファポリスさんは改稿したものを掲載しています。
※割と鬱展開多いのでご注意ください。作者はあんまり鬱展開だと思ってませんけども。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる