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第五章
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年齢はひとつ下でも、立派に成人して子供もいる大人の男性に対してなぜ「かわいい」などと思ってしまったのだろう。
「ジゼル様?」
「あ、は、はい。えっと…な、何の…あ、そうですね。その相手に想い人がいるのは確かなのですか?」
自分の考えに戸惑い、しどろもどろになる。
この世の中にはたくさんの男女がいる。人は一生のうちで一体何人の人と関わっていくのか。なのに、思う人には思われず、一生側にいると思った相手と添い遂げることも難しい。
ユリウスは最初の妻を亡くし、ジゼルは離縁した。
そしてオリビアはユリウスと結婚したがっているようだが、彼にはその気はなく、ユリウスが気になる相手には別に想い人がいる。
「はっきり聞いたわけではありません」
「それなら、まだ望みはあるのではないでしょうか」
「そう思いますか?」
「ええ。と言っても、私の想像でしかありませんが、確かめてみてはいかがですか? どちらにしろ、行動しなければ何も変わりませんから」
適切な助言が出来たらいいのだが、如何せん、ジゼルにもそれほど恋愛経験があるわけではない。
ドミニコにも親愛の情はあったが、それも恋だったかと問われれば違うような気がする。
ジゼルが読んだ恋愛小説に書かれていたような、身も心も焦がし、夜も眠れず四六時中その人を想う。その人のことをいつの間にか目で追い、ほんの少し姿を見ただけでも幸せを感じるということは、ドミニコに対して起こらなかった。
子を産み、次代に血を繋ぐということが、結婚のひとつの目的ではあるのはわかっている。頭では理解しているが、あの七年は何だったのかと思うくらい、呆気ない幕切れだった。
しかも、ドミニコを少しも恋しく思っていない自分にも、少なからずショックを受けている。
自分はこんなにも薄情な人間だったのかと。
それも仕方がないかも知れない。
ドミニコに抱いていた僅かな愛情も、彼がジゼルに対して暴力を振るったことで、とっくに消え失せていた。
暴力の後には、ドミニコは床に額を擦り付けるようにして謝った。二度としない。すまないと、ジゼルが止めてほしいと言うまで謝った。
ただ対外的な体裁と、もし子が出来たらこの状況が変わるかもという、儚い望みだけで繋いできた関係だった。
「ところで、あなたはどうなのですか?」
「え?」
不意にユリウスがジゼルに尋ねた。
「どう…とは?」
「あなたは、再婚するおつもりはないのですか?」
自分に矛先が向いて、ジゼルは戸惑った。
「わかりません。まだ…国に戻って半年ですから。父も暫くは何も言わないとは思います」
「それはそうですね。すみません」
「いえ、でも、いずれエレトリカの王女として、父が決めた相手とまた結婚するかも知れません」
「コルネリス王が…あなた自身がいいと思った相手ではなく?」
「私はエレトリカの王女です。民が王室のためにあるのでなく、国、ひいては国民のために王室があるのです。個人の損得ではなく、常に国のために尽くすのが王族としての責務です。ボルトレフを率いるあなたも、そうではないのですか?」
王族としてどうあるべきか。幼い頃から教えられてきたことだった。王族として与えられているあらゆる特権は、国を正しく導いてこそ認められるものだ。
決して驕らず、謙虚であること。
そう叩き込まれてきた。
「確かに…王女としては正しいと言えるが、あなた個人はどう思っているのだ?」
「私…個人?」
「目を瞑って」
「え?」
突然そう言われて、ジゼルはすぐにはその意味を理解できなかった。
「変なことはしない。ただ、目を閉じて」
「は、はい」
言われるままジゼルは目を閉じた。
「エレトリカの王女という衣を脱ぎ捨て、自分の胸の内をゆ~っくりと見つめてみなさい」
「………」
目を閉じたことで、他の感覚が研ぎ澄まされるのがわかる。
匂いや音、肌を滑る風を感じながら、己の心を見つめた。
「どうだ?」
他の感覚に意識を集中したためか、ユリウスの言葉がすごく近いところで聴こえた。
「あ…」
驚いたジゼルは後ろに一歩下がろうとしたが、何かに躓いて足元がもつれ、体が後ろに傾いて倒れそうになった。
「危ない!」
後ろに倒れそうになったところ、両腕を掴まれて前に引き戻される。勢い余って額が何かにぶつかった。すんでのところで、後ろ向きに倒れるのは免れた。
「すまない。目を瞑れと言ったのが悪かった」
すぐ頭の上でユリウスの声が聞こえる。
「い、いえ…私が不注意でした。ありがとう…ございます」
体勢を立て直し、彼から離れようとジゼルはユリウスの胸に手を置いた。
しかし、ユリウスはジゼルの腕を掴んだまま、すぐには離そうとしない。
「あの、ユリウス…さま?」
暗闇でも篝火の灯りが届く位置にいるため、間近にいる相手の顔はわかる。
ジゼルは息がかかる距離にユリウスの顔があって、思わず息を呑んだ。
「ジゼル様?」
「あ、は、はい。えっと…な、何の…あ、そうですね。その相手に想い人がいるのは確かなのですか?」
自分の考えに戸惑い、しどろもどろになる。
この世の中にはたくさんの男女がいる。人は一生のうちで一体何人の人と関わっていくのか。なのに、思う人には思われず、一生側にいると思った相手と添い遂げることも難しい。
ユリウスは最初の妻を亡くし、ジゼルは離縁した。
そしてオリビアはユリウスと結婚したがっているようだが、彼にはその気はなく、ユリウスが気になる相手には別に想い人がいる。
「はっきり聞いたわけではありません」
「それなら、まだ望みはあるのではないでしょうか」
「そう思いますか?」
「ええ。と言っても、私の想像でしかありませんが、確かめてみてはいかがですか? どちらにしろ、行動しなければ何も変わりませんから」
適切な助言が出来たらいいのだが、如何せん、ジゼルにもそれほど恋愛経験があるわけではない。
ドミニコにも親愛の情はあったが、それも恋だったかと問われれば違うような気がする。
ジゼルが読んだ恋愛小説に書かれていたような、身も心も焦がし、夜も眠れず四六時中その人を想う。その人のことをいつの間にか目で追い、ほんの少し姿を見ただけでも幸せを感じるということは、ドミニコに対して起こらなかった。
子を産み、次代に血を繋ぐということが、結婚のひとつの目的ではあるのはわかっている。頭では理解しているが、あの七年は何だったのかと思うくらい、呆気ない幕切れだった。
しかも、ドミニコを少しも恋しく思っていない自分にも、少なからずショックを受けている。
自分はこんなにも薄情な人間だったのかと。
それも仕方がないかも知れない。
ドミニコに抱いていた僅かな愛情も、彼がジゼルに対して暴力を振るったことで、とっくに消え失せていた。
暴力の後には、ドミニコは床に額を擦り付けるようにして謝った。二度としない。すまないと、ジゼルが止めてほしいと言うまで謝った。
ただ対外的な体裁と、もし子が出来たらこの状況が変わるかもという、儚い望みだけで繋いできた関係だった。
「ところで、あなたはどうなのですか?」
「え?」
不意にユリウスがジゼルに尋ねた。
「どう…とは?」
「あなたは、再婚するおつもりはないのですか?」
自分に矛先が向いて、ジゼルは戸惑った。
「わかりません。まだ…国に戻って半年ですから。父も暫くは何も言わないとは思います」
「それはそうですね。すみません」
「いえ、でも、いずれエレトリカの王女として、父が決めた相手とまた結婚するかも知れません」
「コルネリス王が…あなた自身がいいと思った相手ではなく?」
「私はエレトリカの王女です。民が王室のためにあるのでなく、国、ひいては国民のために王室があるのです。個人の損得ではなく、常に国のために尽くすのが王族としての責務です。ボルトレフを率いるあなたも、そうではないのですか?」
王族としてどうあるべきか。幼い頃から教えられてきたことだった。王族として与えられているあらゆる特権は、国を正しく導いてこそ認められるものだ。
決して驕らず、謙虚であること。
そう叩き込まれてきた。
「確かに…王女としては正しいと言えるが、あなた個人はどう思っているのだ?」
「私…個人?」
「目を瞑って」
「え?」
突然そう言われて、ジゼルはすぐにはその意味を理解できなかった。
「変なことはしない。ただ、目を閉じて」
「は、はい」
言われるままジゼルは目を閉じた。
「エレトリカの王女という衣を脱ぎ捨て、自分の胸の内をゆ~っくりと見つめてみなさい」
「………」
目を閉じたことで、他の感覚が研ぎ澄まされるのがわかる。
匂いや音、肌を滑る風を感じながら、己の心を見つめた。
「どうだ?」
他の感覚に意識を集中したためか、ユリウスの言葉がすごく近いところで聴こえた。
「あ…」
驚いたジゼルは後ろに一歩下がろうとしたが、何かに躓いて足元がもつれ、体が後ろに傾いて倒れそうになった。
「危ない!」
後ろに倒れそうになったところ、両腕を掴まれて前に引き戻される。勢い余って額が何かにぶつかった。すんでのところで、後ろ向きに倒れるのは免れた。
「すまない。目を瞑れと言ったのが悪かった」
すぐ頭の上でユリウスの声が聞こえる。
「い、いえ…私が不注意でした。ありがとう…ございます」
体勢を立て直し、彼から離れようとジゼルはユリウスの胸に手を置いた。
しかし、ユリウスはジゼルの腕を掴んだまま、すぐには離そうとしない。
「あの、ユリウス…さま?」
暗闇でも篝火の灯りが届く位置にいるため、間近にいる相手の顔はわかる。
ジゼルは息がかかる距離にユリウスの顔があって、思わず息を呑んだ。
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