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第五章
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ユリウスの言葉は、オリビアのことを思ってのことだろうことはわかる。
ただ、オリビアはその気遣いを喜んでいないことは、彼女の様子からジゼルにも理解できた。
「ユリウス、それは…」
「無理に戻ってこなくていいと手紙を送るつもりだったが、遅かったようだな。もっと早くに伝えるべきだった。すまない。君もそのつもりで考えてみてくれ」
「いえ、そんな…」
「君はリロイたちの叔母で、俺の義妹だ。ここの皆もそう思っている。もし、こっちで誰か気になる男がいるなら、その者と上手くいくよう取り計らってもいい。ここでは地位や立場とか堅苦しいしがらみは不要だ」
「……気になる…そうね」
オリビアはスカートの裾をぎゅっと握り、何か言いたげにユリウスを見て、それからジゼルに目を向けた。
「王女様は、いつまでここにいらっしゃるのですか?」
オリビアは、不意に話をジゼルに向けてきた。
「あ、多分、は」
「まだはっきり決まってはいない。状況次第だ」
「半年」と言おうしたジゼルの言葉をユリウスが奪った。
「え、あ、あの、ユリウス様?」
「予定はあくまでも予定で、今のところは半年だろう」
多分、国王や宰相たちが残りの金銭と、牛や豚などの家畜を早めに用意出来たなら、滞在はもう少し短くなる。そういう意味でユリウスが言ったのだとジゼルは思った。
「半年…」
「そうだ。だが、殿下の滞在と君のことは別の話だ」
きっぱりとユリウスが告げる。
「そうね。ただもう少しここにいらっしゃるなら、私も仲良くしていただければと思ったの。王女様となんて、なかなか言葉を交わす機会がないでしょ?」
それまでの戸惑いから一転して、オリビアは笑顔をこちらに向けてきた。
「あ、それとも厚かましかったでしょうか? 無礼だと思われたらどうしましょう」
「そのようなことはありません」
「そんな狭量な方ではない。気取らないお優しい方だ」
ジゼルの言葉から間髪入れずに、ユリウスがはっきりと言った。それにはオリビアだけでなく、ジゼルも驚いた。
(そんな風に思ってくれていたのね)
エレトリカでは比較的自由に振る舞い、侍女たちとも世間話をするほど仲が良かった。国王も王妃も皆に親しまれる人柄だった。
ジゼルもそんな和やかな雰囲気で育ってきた。しかし、嫁ぎ先のバレッシオ公国では、公城で働く者たちと大公たちは必要なこと以外はひと言も言葉を交わさなかった。
何かをしてもらって、たとえ仕事であっても「ありがとう」という言葉をかけていたのが当たり前だったジゼルは、それでは下の者に侮られる。威厳を持つようにと、ドミニコの母に厳しく叱責された。
使用人たちはいつも軽く俯き、決して目を合わせようとせず、ただ黙々と職務ををこなしていた。
離縁後に国に戻ってからもその癖が抜けず、あまり使用人たちとも言葉を交わしてこなかった。
ただ、一番側にいてくれているメアリーとは、ようやく打ち解けるようになっていた。
(ここではそれでいいのね)
バレッシオでは自分のことを否定されたように感じていたが、ここではそうではなかったと改めてわかり、どこかほっとしていた。
「そうですか。では、王女様、暫くよろしくお願いいたします」
「こちらこそ。私のことは名前で呼んでください。ランディフさんたちにもそのようにしていただいております。私もオリビアさんとお呼びしてもよろしいですか?」
「それはもちろん。では、ユリウスも?」
「ああ、子供たちは王女様とか呼んでいるが、多分本物の王女様に会えて浮かれているのだろう。次からは先生とでも呼ばせようか」
「先生?」
家庭教師の話をしていたことを知らないオリビアが、その言葉を聞いて小首を傾げた。
「子供たちの家庭教師をお願いしたところだ。何しろ今夜も彼女の食事の作法を見て、見様見真似ながらもきちんと作法を身に付けようと頑張っていた。子供たちにとって良い手本になってくれると思っている」
「子供たちが…そうなのね」
「人に教えるなど、初めてのことですから上手くできるかわかりませんが、精一杯勤めさせていただきます」
不安はあるが、頼られることが嬉しくてジゼルはユリウスに微笑みかけた。
「では、午前は家庭教師、午後からは作業部屋ということで話を進めよう」
「ありがとうございます」
「そう気負わずに、無理をしなくていい」
「わかっております。二度とユリウス様のお部屋を占領することは致しません」
「え、ユリウスの部屋を占領って、どういうこと?」
ジゼルの言葉をオリビアは聞き逃さなかった。
「何でもない。もう済んだことだ。それよりオリビア、君も到着したばかりで疲れただろう。我々もそろそろ引き上げるつもりだ。君もいつもの部屋へ戻るといい」
「ユリウス、疲れてなど…」
「私からはこれ以上話すことはない。まだ仕事が残っている。何かあればサイモンかケーラに言ってくれ」
一方的にユリウスは話を打ち切った。
「ジゼル様、部屋まで送っていこう。まだ少し話したいことがある」
ユリウスは掌をジゼルの前に差し出した。それがエスコートの意思だとわかり、戸惑いつつもジゼルはそこに手を乗せた。
ジゼルのそんな動きをオリビアが目で追う。
「あの、お会いできて良かったです。暫くよろしくお願いしますね」
「はい、短い間ですが、よろしくお願いします」
入り口ですれ違い様そうジゼルが挨拶すると、オリビアも軽く頭を下げた。
しかし二人が立ち去る背中を見つめるオリビアの瞳には、敵意のようなものが宿っていたことを、ジゼルは気付かなかった。
ただ、オリビアはその気遣いを喜んでいないことは、彼女の様子からジゼルにも理解できた。
「ユリウス、それは…」
「無理に戻ってこなくていいと手紙を送るつもりだったが、遅かったようだな。もっと早くに伝えるべきだった。すまない。君もそのつもりで考えてみてくれ」
「いえ、そんな…」
「君はリロイたちの叔母で、俺の義妹だ。ここの皆もそう思っている。もし、こっちで誰か気になる男がいるなら、その者と上手くいくよう取り計らってもいい。ここでは地位や立場とか堅苦しいしがらみは不要だ」
「……気になる…そうね」
オリビアはスカートの裾をぎゅっと握り、何か言いたげにユリウスを見て、それからジゼルに目を向けた。
「王女様は、いつまでここにいらっしゃるのですか?」
オリビアは、不意に話をジゼルに向けてきた。
「あ、多分、は」
「まだはっきり決まってはいない。状況次第だ」
「半年」と言おうしたジゼルの言葉をユリウスが奪った。
「え、あ、あの、ユリウス様?」
「予定はあくまでも予定で、今のところは半年だろう」
多分、国王や宰相たちが残りの金銭と、牛や豚などの家畜を早めに用意出来たなら、滞在はもう少し短くなる。そういう意味でユリウスが言ったのだとジゼルは思った。
「半年…」
「そうだ。だが、殿下の滞在と君のことは別の話だ」
きっぱりとユリウスが告げる。
「そうね。ただもう少しここにいらっしゃるなら、私も仲良くしていただければと思ったの。王女様となんて、なかなか言葉を交わす機会がないでしょ?」
それまでの戸惑いから一転して、オリビアは笑顔をこちらに向けてきた。
「あ、それとも厚かましかったでしょうか? 無礼だと思われたらどうしましょう」
「そのようなことはありません」
「そんな狭量な方ではない。気取らないお優しい方だ」
ジゼルの言葉から間髪入れずに、ユリウスがはっきりと言った。それにはオリビアだけでなく、ジゼルも驚いた。
(そんな風に思ってくれていたのね)
エレトリカでは比較的自由に振る舞い、侍女たちとも世間話をするほど仲が良かった。国王も王妃も皆に親しまれる人柄だった。
ジゼルもそんな和やかな雰囲気で育ってきた。しかし、嫁ぎ先のバレッシオ公国では、公城で働く者たちと大公たちは必要なこと以外はひと言も言葉を交わさなかった。
何かをしてもらって、たとえ仕事であっても「ありがとう」という言葉をかけていたのが当たり前だったジゼルは、それでは下の者に侮られる。威厳を持つようにと、ドミニコの母に厳しく叱責された。
使用人たちはいつも軽く俯き、決して目を合わせようとせず、ただ黙々と職務ををこなしていた。
離縁後に国に戻ってからもその癖が抜けず、あまり使用人たちとも言葉を交わしてこなかった。
ただ、一番側にいてくれているメアリーとは、ようやく打ち解けるようになっていた。
(ここではそれでいいのね)
バレッシオでは自分のことを否定されたように感じていたが、ここではそうではなかったと改めてわかり、どこかほっとしていた。
「そうですか。では、王女様、暫くよろしくお願いいたします」
「こちらこそ。私のことは名前で呼んでください。ランディフさんたちにもそのようにしていただいております。私もオリビアさんとお呼びしてもよろしいですか?」
「それはもちろん。では、ユリウスも?」
「ああ、子供たちは王女様とか呼んでいるが、多分本物の王女様に会えて浮かれているのだろう。次からは先生とでも呼ばせようか」
「先生?」
家庭教師の話をしていたことを知らないオリビアが、その言葉を聞いて小首を傾げた。
「子供たちの家庭教師をお願いしたところだ。何しろ今夜も彼女の食事の作法を見て、見様見真似ながらもきちんと作法を身に付けようと頑張っていた。子供たちにとって良い手本になってくれると思っている」
「子供たちが…そうなのね」
「人に教えるなど、初めてのことですから上手くできるかわかりませんが、精一杯勤めさせていただきます」
不安はあるが、頼られることが嬉しくてジゼルはユリウスに微笑みかけた。
「では、午前は家庭教師、午後からは作業部屋ということで話を進めよう」
「ありがとうございます」
「そう気負わずに、無理をしなくていい」
「わかっております。二度とユリウス様のお部屋を占領することは致しません」
「え、ユリウスの部屋を占領って、どういうこと?」
ジゼルの言葉をオリビアは聞き逃さなかった。
「何でもない。もう済んだことだ。それよりオリビア、君も到着したばかりで疲れただろう。我々もそろそろ引き上げるつもりだ。君もいつもの部屋へ戻るといい」
「ユリウス、疲れてなど…」
「私からはこれ以上話すことはない。まだ仕事が残っている。何かあればサイモンかケーラに言ってくれ」
一方的にユリウスは話を打ち切った。
「ジゼル様、部屋まで送っていこう。まだ少し話したいことがある」
ユリウスは掌をジゼルの前に差し出した。それがエスコートの意思だとわかり、戸惑いつつもジゼルはそこに手を乗せた。
ジゼルのそんな動きをオリビアが目で追う。
「あの、お会いできて良かったです。暫くよろしくお願いしますね」
「はい、短い間ですが、よろしくお願いします」
入り口ですれ違い様そうジゼルが挨拶すると、オリビアも軽く頭を下げた。
しかし二人が立ち去る背中を見つめるオリビアの瞳には、敵意のようなものが宿っていたことを、ジゼルは気付かなかった。
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