出戻り王女の恋愛事情 人質ライフは意外と楽しい

七夜かなた

文字の大きさ
上 下
39 / 102
第四章

10

しおりを挟む
 食堂の入り口に立ち塞がるように立った赤茶色の髪の女性は、目を見開いてジゼルとユリウスを交互に見つめている。

「オリビア」

 ユリウスが女性の名前を呟いた。さっきまでジゼルに話しかけていた親密さは消え、どこか余所余所しい物言いだった。

(オリビア…あの子達の叔母様だという女性ね)

 ユリウスが立ち上がり、オリビアの視線から護るようにジゼルの目の前に立った。

「ユリウス、その女性は誰ですか?」

 ユリウスが答えないので、更に彼女は問いかけた。
 それに対し、ちらりと彼は肩越しにジゼルを見た。

「よろしいか?」
「はい」

 ジゼルはすっと立ち上がり、ユリウスのすぐ横に立った。

「オリビア、この方はエレトリカ王国の王女、ジゼル殿下だ。殿下、彼女はオリビアと言って俺の亡妻の妹でリロイたちの叔母だ」
「お、王女様?」
「は、はじめまして、ジゼルです」

 身分の高い者が先に挨拶するのが社交界の常識だが、この時先にジゼルが名乗ったのは、それを意識してのことではなかった。
 ただ、条件反射とでも言おうか、ジゼルが誰であるかを説明したユリウスの言葉を聞いて、オリビアが更に瞠目したのを見て、咄嗟に身に付いた礼儀正しさで会釈した。

「オリビア、礼儀を忘れたのか。殿下が挨拶をしているのだぞ」

 なぜ王女がここにいるのかわからないと、その顔に書いたまま、オリビアは呆然として何も言わない。
 それをユリウスが咎めた。

「あ、あの、オリビアと申します。ユ、ユリウスとは幼馴染で、その…姉がユリウスと結婚したので…」

 オリビアは慌てて挨拶を返した。
 ユリウスのことを呼び捨てにしても咎められないのは、オリビアがユリウスの身内だからだろう。

「それで、なぜ王女様のような方がここに?」

 その問の答えが聞けていないからと、もう一度オリビアは口にした。

「例の報酬のことで少し問題があって、それが解決するまでここにいることになった」

 「人質」という言葉をユリウスは使わなかった。そのことにジゼルは気づき彼を見上げた。
 ユリウスも顔はオリビアに向けたまま、視線だけをジゼルに動かし、その疑問を察したかのように目配せする。

「問題…どんな?」

 案の定、オリビアは聞いてきた。

「支払いの半分は回収したが、後の半分が少し遅れる。それまで彼女はここで働いてもらうことになった」
「働く? 王女様が?」

 またもやオリビアが驚いて、オウム返しに同じ言葉を放った。その顔には王女様に何が出来るのかという疑問も浮かんでいる。

「針仕事と、それから子供たちの家庭教師をと思っている」
「針仕事…レシティのところね。でも、王女様となぜ二人きりで食堂に?」

 オリビアは、まだ片付けの終わっていない机に視線を走らせ、そこに四人分の食器があることに気づき、彼女は無言でユリウスを見つめた。

「子供たちと四人で夕食を取ったのだが、子供たちは眠そうだったので部屋に引き上げた」
「あ、え、ああ、そ、そう」 
「それより、君は? 義母上ははうえの具合はもういいのか?」
「ええ、もう寝台から起き上がって元の生活に戻ったわ。ユリウスにも心配をかけてごめんなさいと謝っていたわ。それから、お見舞いもたくさんいただいて、ありがとうって」
「それなら手紙でも良かったのに、わざわざそれを言いに来たのか?」

 ユリウスの言葉にオリビアの表情が強張った。

「その…子供たちにも会いたかったし」
「それならば、寝る支度を済ませて寝台にいるだろうが、今ならまだ寝ていないだろう。会いに行っては?」
「そうね。でも、今行ったら子供たちが興奮してしまって、寝ようとしないかも知れないから、明日の朝にするわ」

 子供たちに会いたかったと言いながら、オリビアはすぐに会いに行こうとはしなかった。

「オリビア、前から思っていたのだが」 
「な、何?」
「リゼが亡くなってもう四年だ。子供たちも随分手間がかからなくなったし、叔母として心配してくれるのは有り難いが、そろそろ自分のことに専念してはどうだ?」
「え、それは…どういう意味かしら」
「君のこれまでの献身には感謝するが、君も年頃だ。結婚のこと、考えてはどうだ?」
「えっと…それは…」
 
 何かを期待するかのように、オリビアはユリウスを見た。

「もっと前にそのことに気づくべきだった。赦してほしい。ご両親には私からも詫びるし、条件を言ってくれれば、君の望む相手を探そう」
「ユ、ユリウス…それは…」
「結婚したくないなら、それでも構わないが、もう俺と子供たちのことは気にかけてくれなくてもいい。ご両親も色々考えがお有りだろう。これからの君の人生をどうするのか、きちんと話し合ってはどうだ?」
「ユリウス、私は…」

 明らかにオリビアは動揺している。それは彼女に、ここにいる理由がないことを告げている。そんな彼女に更にユリウスは付け加えた。

「俺も義兄として相談には乗る。子供たちは寂しがるだろうが、きちんと言って聞かせる」

 と、あえてユリウスは言及した。
 自分はと言う意味も含まれている。

「ユリウス、なぜ、急に…そんな…」
「急ではない。前々から思っていたことだ。義母上の看病で戻ったのはいい機会だと思っていた。そのまま戻ってこなければ、それでいいと思っていた」

 ジゼルはここにいていいのだろうかと、いたたまれない気持ちになった。
 初めて会うオリビアが、どのような人物かはわからない。
 ただ、ユリウスから告げられた言葉を、喜んでいるようにはとても見えない。
 姉が思いの外早くに亡くなって、その家族に申し訳ないと思っての献身なら、立ち直ったことを喜ぶべきだろう。
 しかし、オリビアからは、そのような気配はまったく感じられなかった。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

夫と息子は私が守ります!〜呪いを受けた夫とワケあり義息子を守る転生令嬢の奮闘記〜

梵天丸
恋愛
グリーン侯爵家のシャーレットは、妾の子ということで本妻の子たちとは差別化され、不遇な扱いを受けていた。 そんなシャーレットにある日、いわくつきの公爵との結婚の話が舞い込む。 実はシャーレットはバツイチで元保育士の転生令嬢だった。そしてこの物語の舞台は、彼女が愛読していた小説の世界のものだ。原作の小説には4行ほどしか登場しないシャーレットは、公爵との結婚後すぐに離婚し、出戻っていた。しかしその後、シャーレットは30歳年上のやもめ子爵に嫁がされた挙げ句、愛人に殺されるという不遇な脇役だった。 悲惨な末路を避けるためには、何としても公爵との結婚を長続きさせるしかない。 しかし、嫁いだ先の公爵家は、極寒の北国にある上、夫である公爵は魔女の呪いを受けて目が見えない。さらに公爵を始め、公爵家の人たちはシャーレットに対してよそよそしく、いかにも早く出て行って欲しいという雰囲気だった。原作のシャーレットが耐えきれずに離婚した理由が分かる。しかし、実家に戻れば、悲惨な末路が待っている。シャーレットは図々しく居座る計画を立てる。 そんなある日、シャーレットは城の中で公爵にそっくりな子どもと出会う。その子どもは、公爵のことを「お父さん」と呼んだ。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】 僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。 ※他サイトでも投稿中

処理中です...