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第四章
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「人質」でもあり、出発まで時間もなかったため、満足な衣装は持ってこなかった。
普段着でいいとは言われたが、それでもジゼルは持ち合わせの中から選んだ衣装に着換えた。
支度を終えて待っていると、ケーラが彼女を呼びに来て、晩餐の場所へと案内した。
既にそこにはユリウスと子供たちが待っていた。
「王女様だ」
「本当だ」
子供たちが身を乗り出してジゼルに手を振る。
「お招きいただき、ありがとうございます」
ジゼルはスカートの生地を摘んで、三人に向かって優雅にお辞儀をして招待への礼を述べた。
さらりと彼女の小麦色の髪が流れる。
横の髪はメアリーがきれいに編み込んでくれた。衣装は彼女の瞳の色に合わせた淡い緑を基調としている。
「丁寧な挨拶をありがとう」
ユリウスは立ち上がり、彼女のために椅子を引いた。
席はユリウスの隣で、子供たちと向かい合わせだった。
「ありがとうございます」
席順に戸惑いながらも引かれた椅子に、流れるような仕草で腰を下ろす。
「さすが王女様だな。動きに無駄がない。挨拶も椅子に座る動作も正にマナーのお手本だな」
ジゼルにとっては身に付いた仕草だった。しかし、双子たちにとっては初めて目にする貴婦人の所作だったようで、何が起こったのかわかっていないようだった。
「ありがとうございます。そのことで褒められたのは、子供の時以来ですわ」
「何度でも褒めよう。あなたは完璧だ。そうだな、お前たち」
ユリウスが子供たちにも同意を求める。
「うん」
「すごい。綺麗だった」
「俺もリロイと同意見だ。とても綺麗な所作だ」
「あ、ありがとう…ございます」
綺麗と言われたのは所作のことだが、面と向かって言われてジゼルは動揺した。
「それにその衣装、瞳の色と合っていて似合っている。髪も綺麗だ」
「あ、あり…がと…う」
重ねて綺麗だと言われて、ジゼルは頬が赤くなるのを感じた。
「さあ、食事を始めよう」
ユリウスのその言葉で食事が始まった。
最初に運ばれてきたのは、じゃがいものポタージュスープだった。
「じゃがいものスープ」
「この子たちの好物なんだ。味付けは子供たちに合わせて甘めになっている。申し訳ない」
「いえ、構いません。懐かしいです。ジュリアンも野菜のポタージュが好きでした。野菜が嫌いなので、何とか食べさせるためにと、甘くしたりして大変でした」
ジュリアンの幼かった頃を思い出し、ジゼルは微笑んだ。
「リロイも同じだ。ミアは何でも食べたが、リロイは食が細くて食べることに興味がなくて困ったものだ」
「そうなのですね」
「さあ、冷めないうちに食べよう。イゴールの料理はどれも美味いぞ」
「はい」
子供たちはスープをスプーンで掬うものの、ビチャビチャズルズルすすり、スプーンを食器にカチャカチャ当てて、テーブルや服に飛び散らせた。
対してジゼルは音も立てず、当然のごとく一滴も零さなかった。
「どうして音がしないの?」
先に気づいたのはリロイだった。それを聞いて食べることに夢中になっていたミアも、動きを止めてジゼルを見た。
「それが美しい食べ方だからだ」
ユリウスがジゼルに代わってミアの質問に答えた。
「美しい…食べ方?」
「お前たちの食べ方と、ジゼル様の食べ方、同じ食べ方でもどちらが美しいと思う?」
ユリウスの言葉に子供たちは顔を見合わせ、自分たちの皿の周りとジゼルの皿の周りを見る。
「……王女様の…方」
「ぼくも…そう思う」
「そうだな。じゃあ、どうすればいいと思う?」
父親に問われ、二人はまた顔を見合わせた。
「あの…上手に食べるの…どうすればいい?」
リロイがジゼルに尋ねた。
「スープを掬う方法はいくつかあります。手前からすっと掬う。または横から真ん中から、奥からでもいいわ。その時にお皿の底に当ててはだめよ」
ジゼルは実際に実践して見せた。
「量は盛り上がるほどだと零れてしまうから、少しスプーンの縁が見えるくらい。そして裏に付いたスープは、縁でそっと拭うと、ポタポタ落ちないわ」
軽く縁に当ててスプーンを持ち上げる。
「飲む時はスプーンの先を自分に向けて、口に付けて傾けると、口の中に勝手にスープが入ってくるわ」
「わかった、やって見る」
「わたしも?!」
二人ははジゼルが説明したとおりにスープを飲んだ。
「あ!」
しかし、底や縁にスプーンが当たったり、机の上に零したりと、すぐには上手くいかなかった。
「上手にできな~い」
「どうしてぇ」
リロイは半泣きになり、ミアはプリプリ怒る。
「最初から何でも出来ないわ。それに、姿勢も大事よ。背筋を伸ばして机とお腹の間に少し隙間を空けて座るの。それだけで、綺麗に見えるでしょ?」
言われて子供たちはピッと背筋を伸ばした。
ジゼルは素直な二人の反応に、思わず微笑んだ。
そんなジゼルの様子を、ユリウスは眩しそうに見つめた。
普段着でいいとは言われたが、それでもジゼルは持ち合わせの中から選んだ衣装に着換えた。
支度を終えて待っていると、ケーラが彼女を呼びに来て、晩餐の場所へと案内した。
既にそこにはユリウスと子供たちが待っていた。
「王女様だ」
「本当だ」
子供たちが身を乗り出してジゼルに手を振る。
「お招きいただき、ありがとうございます」
ジゼルはスカートの生地を摘んで、三人に向かって優雅にお辞儀をして招待への礼を述べた。
さらりと彼女の小麦色の髪が流れる。
横の髪はメアリーがきれいに編み込んでくれた。衣装は彼女の瞳の色に合わせた淡い緑を基調としている。
「丁寧な挨拶をありがとう」
ユリウスは立ち上がり、彼女のために椅子を引いた。
席はユリウスの隣で、子供たちと向かい合わせだった。
「ありがとうございます」
席順に戸惑いながらも引かれた椅子に、流れるような仕草で腰を下ろす。
「さすが王女様だな。動きに無駄がない。挨拶も椅子に座る動作も正にマナーのお手本だな」
ジゼルにとっては身に付いた仕草だった。しかし、双子たちにとっては初めて目にする貴婦人の所作だったようで、何が起こったのかわかっていないようだった。
「ありがとうございます。そのことで褒められたのは、子供の時以来ですわ」
「何度でも褒めよう。あなたは完璧だ。そうだな、お前たち」
ユリウスが子供たちにも同意を求める。
「うん」
「すごい。綺麗だった」
「俺もリロイと同意見だ。とても綺麗な所作だ」
「あ、ありがとう…ございます」
綺麗と言われたのは所作のことだが、面と向かって言われてジゼルは動揺した。
「それにその衣装、瞳の色と合っていて似合っている。髪も綺麗だ」
「あ、あり…がと…う」
重ねて綺麗だと言われて、ジゼルは頬が赤くなるのを感じた。
「さあ、食事を始めよう」
ユリウスのその言葉で食事が始まった。
最初に運ばれてきたのは、じゃがいものポタージュスープだった。
「じゃがいものスープ」
「この子たちの好物なんだ。味付けは子供たちに合わせて甘めになっている。申し訳ない」
「いえ、構いません。懐かしいです。ジュリアンも野菜のポタージュが好きでした。野菜が嫌いなので、何とか食べさせるためにと、甘くしたりして大変でした」
ジュリアンの幼かった頃を思い出し、ジゼルは微笑んだ。
「リロイも同じだ。ミアは何でも食べたが、リロイは食が細くて食べることに興味がなくて困ったものだ」
「そうなのですね」
「さあ、冷めないうちに食べよう。イゴールの料理はどれも美味いぞ」
「はい」
子供たちはスープをスプーンで掬うものの、ビチャビチャズルズルすすり、スプーンを食器にカチャカチャ当てて、テーブルや服に飛び散らせた。
対してジゼルは音も立てず、当然のごとく一滴も零さなかった。
「どうして音がしないの?」
先に気づいたのはリロイだった。それを聞いて食べることに夢中になっていたミアも、動きを止めてジゼルを見た。
「それが美しい食べ方だからだ」
ユリウスがジゼルに代わってミアの質問に答えた。
「美しい…食べ方?」
「お前たちの食べ方と、ジゼル様の食べ方、同じ食べ方でもどちらが美しいと思う?」
ユリウスの言葉に子供たちは顔を見合わせ、自分たちの皿の周りとジゼルの皿の周りを見る。
「……王女様の…方」
「ぼくも…そう思う」
「そうだな。じゃあ、どうすればいいと思う?」
父親に問われ、二人はまた顔を見合わせた。
「あの…上手に食べるの…どうすればいい?」
リロイがジゼルに尋ねた。
「スープを掬う方法はいくつかあります。手前からすっと掬う。または横から真ん中から、奥からでもいいわ。その時にお皿の底に当ててはだめよ」
ジゼルは実際に実践して見せた。
「量は盛り上がるほどだと零れてしまうから、少しスプーンの縁が見えるくらい。そして裏に付いたスープは、縁でそっと拭うと、ポタポタ落ちないわ」
軽く縁に当ててスプーンを持ち上げる。
「飲む時はスプーンの先を自分に向けて、口に付けて傾けると、口の中に勝手にスープが入ってくるわ」
「わかった、やって見る」
「わたしも?!」
二人ははジゼルが説明したとおりにスープを飲んだ。
「あ!」
しかし、底や縁にスプーンが当たったり、机の上に零したりと、すぐには上手くいかなかった。
「上手にできな~い」
「どうしてぇ」
リロイは半泣きになり、ミアはプリプリ怒る。
「最初から何でも出来ないわ。それに、姿勢も大事よ。背筋を伸ばして机とお腹の間に少し隙間を空けて座るの。それだけで、綺麗に見えるでしょ?」
言われて子供たちはピッと背筋を伸ばした。
ジゼルは素直な二人の反応に、思わず微笑んだ。
そんなジゼルの様子を、ユリウスは眩しそうに見つめた。
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