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第四章

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 出来ればずっと寝顔を見ていたい。
 そんな風にジゼルに対して思ってしまう自分の心に、ユリウスは自分でも驚いた。
 子供たちの無邪気で純粋な寝顔を見ても、やはり心は癒されて一日の疲れも吹っ飛ぶが、これはそんな思いとは違うとわかる。

「んんん」
 
 ジゼルの唇から漏れた呟きに、これがもし甘いひと時の末に漏れたものならと想像し、どくりと鼓動が跳ねてお腹から下に熱が集まった。

 パチリと長いまつ毛が震えて開かれた彼女の瞳に、自分の姿が映り込んだ。
 彼女の視線が自分に注がれる。
 それだけで、心が騒いだ。

 ランディフが現れなかったら、自分はどうしていただろうか。

 二人の時間を邪魔された苛立ちもあるが、なぜかほっとする気持ちもあった。

「すみません、お邪魔でしたか?」

 立ち去るジゼルの背中を目で追うユリウスに、ランディフが勘を働かせて謝った。
 ランディフの出自はわからないままだが、そんなことはここでは重要ではない。
 彼はユリウスの意をよく汲んでくれる、有能な副官だ。
 そしてレシティの大切な息子で、一族にとっても重要な存在で、ユリウスも彼を副官以上に大切な友人だと思っている。

「そう思うなら、気を利かせて声をかけないでほしかった」 

 お陰で彼女に夕食のことを話しそびれた。

(いや、ランディフのせいには出来ないな)

 腕の中にいるジゼルとのひと時に、話す内容も飛んでしまうくらい浮かれていたのは自分だ。

 結局、晩餐への誘いはケーラに任せるしかなかった。

 ランディフが持ってきた手紙は、カルエテーレからだった。彼の国はかねてからエレトリカとの契約を打ち切り、自分たちの側に付けと手紙を寄越してきていた。
 それはユリウスが父の後を継いで、十五歳で総領となった頃から続いていた。
 まだ若いユリウスを侮り、今なら取り込めるとでも思ったのだろう。
 報酬も条件もかなりのものだ。

 反してエレトリカ側のコルネリス王は、ユリウスが若いからと侮ることなく、それまでの態度を変えたりはしなかった。

 これまで通り、ボルトレフは契約の元にエレトリカとは対等だ。代替わりの連絡に対しエレトリカの王、コルネリスはそう返事をくれた。
 決してボルトレフを下に見ることなく、真摯に向き合ってくれる。
 人情の厚い、血の通った政治の出来る王だと思う。
 だからこそ、今回のトレカディールとの紛争での報酬が滞った理由を確かめようと思った。

 あの王が、金が惜しいと言う理由で報酬を出し渋るとは思えない。
 金は何としても貰わなければならなかったが、それだけではなく理由が知りたかった。
 
 だが、理由はわかっても、それで帳消しにするほどボルトレフは生易しくはないことを示す必要はあった。

 約束を反故にしたことに、何らかの制裁ペナルティを課さなければ、対外的にも内外的にも甘いと侮られる。
 特にカルエテーレが今回の件を知ったら、付け込んでくるに違いない。我々は約束を違えない、とでも言ってくるだろうとは思っていた。

(そう、これはボルトレフの総領として、正しい選択だった)

 ボルトレフは契約について妥協しないという姿勢を見せるためだ。
 「人質」を取るという常にない行動も、そのため。
 決して王女の姿を見て、絆されたわけではない。

(誰に対しての言い訳だ)

 まるで自分に言い聞かせている言葉だ。

「どうしますか?」
「どうすればいい?」
「え?」
「え?」

 ランディフの問いに問いで返し、物思いから我に返った。

「カルエテーレとは、一度きちんと話す必要があると、以前から仰っていましたよね」
「カルエテーレのことか」
「え、何のことだと思ったんですか?」

 そう問いかけているが、ランディフの目がわかっていると言っている。

「『人質』などと、らしくないことをしたと思っていましたが、あの王女様なら『人質』でも何でも理由をつけて連れて来たくなりますよね」
「お前は、俺の考えまで読めるようになったのか」
「長年あなたの副官をしていますから、常の行動の理由は察しがつきます」
行動の理由…か。だからオリビアのことも、はっきりしろと言ったんだな」
「そうです。女の勘は鋭いですからね。母もケーラも気づいているでしょう」 

 彼女たちの言動から、ユリウスも薄々勘付かれてはいるなとは思っていた。

「まあ、あの王女様なら、興味を抱くのも無理はないですが」
「どう思う?」
「それは、一族の者として? それとも友人としての意見? どちらを求めているのですか?」
 
 どっちだろうとユリウスは考えた。

「ボルトレフとエレトリカは契約で結ばれた関係で、臣下ではないとは言え、相手は一国の王女様。畏れ多いとは思います。普通の男なら、女として王女様のことを良いと思っても、手を出すのは気が引けるでしょうね。もし俺が独身だったとしても、恋愛対象としては見れなかったでしょうね。美人ですが、普通の男には高嶺の花です」 
「それは、手を出すべきではないということか?」
「俺が止めた方がいいと言えば、止めますか? らしくないですね。いつもは即断即決で迷うことなどないのに」
「一族のことなら、な。だが、俺個人のことは…」
「遅すぎる初恋ですか」
「初恋?」

 思わず言われた言葉を繰り返した。

「リゼ様とは良くも悪くも家族としての情は感じているようでしたし、好意はあったとは思いますが、恋と呼ぶには情熱を感じませんでした」
「彼女に対しては違うと?」
「女性として、彼女を求める気持ちはありますか? 彼女に触れたりしたいと思ったことは? 欲望を感じませんか?」

 問われてユリウスは何も言い返せなかった。
 まさにさっき、彼女の呟きを聞いて、体が反応した。

「俺たちは、あなたの部下ですが家族でもあると思っています」
「俺も、皆のことをそう思っている」
「わかっています。でも、あなたには総領として家長としてではなく、その鎧を脱いで一人の人間、一人の男として癒やしてくれる人を作ってほしいと思っています。リロイ様たちにとってもいい父親であろうと、無理をなさっているのではないですか?」

 無理をしているとはユリウスも思っていないが、気を張っているのは確かだ。その点はランディフに同意するしかない。
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