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第ニ章
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「ゴホッ、ゴホッ」
「姫様」
一気に流れ込んだ水が気管に少し入ったせいで、噎せて咳き込むジゼルに、メアリーが慌てて駆け寄ってきた。
「だ、だい、メ…」
口元を覆いながら涙目になって、メアリーの方を向いたジゼルの背中を、そっと大きな手が触れて撫でた。
「気をつけろ」
ジゼルの手からそれ以上溢さないように、革袋を引き取り、上下に背中を優しく撫でたのは、ボルトレフ卿だった。
「大丈夫でございますか?」
ハンカチを取り出して、メアリーが口元や胸の辺りの水を拭き取った。
「コホッ、メアリー、だい、コホ、も、もう大丈夫です」
じんわりと体温が背中越しに伝わってきて、ジゼルは驚いて彼の方を振り返った。
「す、すみません…貴重なお水を…」
「大事ない。また汲んでくるだけだ」
「あ、あの…もう…だ、大丈夫…ですから」
背中を擦るのを止めてもらおうと、彼の腕をやんわりと退けると、彼は抵抗もせずすっと手を離した。
「下手だな。五歳になる俺の子どもたちの方が、もっとうまく飲めるぞ」
口元を綻ばせ、満足に水も飲めないのかとジゼルを嘲った。
「子ども…たち?」
「ああ、俺には五歳になる男女の双子がいる」
尋ねるジゼルに彼が答えた。
「まあ」
そう言えば彼が何歳なのか宰相に尋ねようと思って、聞けなかったとジゼルは思い出した。
そして同時に、本当なら自分にも子どもがいてもおかしくなかったことも思い出し、胸が痛んだ。
「お子様がいらっしゃるのですね」
「ああ、娘はおませでお転婆、息子は甘えん坊で、性格はまるで違う」
そう言って子どものことを話す彼の優しげな表情に驚いた。意外と子供思いらしい。
「ボルトレフ卿は、おいくつでいらっしゃるのですか?」
「二十三だ」
「二十…三」
ひとつしか違わないと知って、ジゼルはまた驚いた。
彼から溢れ出る貫禄から、年上にも感じていたからだ。
(私が頼りないだけかも知れないわね)
ボルトレフ卿に払うべき金銭を、父が自分を婚家から引き取るために横流ししてしまったことを、父は最初彼女に伏せようとしていた。
そのことを彼女に言わなかったのは、ジゼルに肩身の狭い思いをさせたくなかった親心だろうが、そういう所が彼から見て、親にいつまでも庇護されている頼りない姫だと思われてしも仕方がないのだろう。
「なんだ? 私に子がいるのが意外か」
「いえ、落ち着いていらっしゃるので、私より年上かと思っておりましたので」
「大将は昔から体も大きくて、老け顔だから年より上に見られるんですよ」
「おい、余計なことを言うな」
グローチャーが軽口を言い、それをボルトレフ卿が窘めた。
「ご結婚なさっているとは存じませんでした」
彼の奥方とはどんな人なのかわからないが、いきなり人質だと言ってジゼルが来たら驚くに違いない。
「結婚はしていただ」
「え?」
「妻は四年前に他界している」
「ま、まあ…それは、存じ上げず、失礼いたしました」
「気にすることはない。妻とは幼馴染で昔から知っていたのでその時は寂しくは思ったが、子どもたちのことや仕事のことなどで忙しくて、ゆっくり感傷に浸っている暇もなかった」
「そう…ですか」
あっけらかんとしている彼の態度に、もともと他人だった夫婦は、死別したらそんなものなのかと思った。もしくは、彼がそうなだけなのだろうか。
でも、子どもたちは…今五歳の彼の子どもたちは、当時まだ一歳くらい。母親の記憶というものが殆どないだろう。彼らは母親のことを恋しく思っているに違いない。
ジゼルは自分の母である王妃のことを思い出した。
もし、自分がその子達のようだったらと思うと、胸が張り裂けそうになる。
「大将」
「ああ、ご苦労だった」
そこへ編んだ籠を提げて、一人の少年がやってきた。
「ここへ置いてくれ」
「はい」
少年はジュリアンとさほど年が変わらない、まだあどけなさが残っていて、顔にはニキビがあった。
「これは?」
籠には布が掛けられているが、そこから何かいい匂いがする。
「街へ行って、食料を買いに行かせた」
籠に被せた布を少年が取り払うと、そこにはパンや串焼きの肉、ソーセージにチーズなどが入っていた、
「ここは牧草地も近く、乳製品やソーセージも有名な工房があって上手い」
「はあ」
少年が次々と籠の中身を取り出す。
大きなパンの塊を掴むと、ボルトレフ卿は懐からナイフを取り出し鞘を抜き、器用にパンを薄く切り分けていった。
そしてハムとチーズを挟んで、それをジゼルの目の前に突き出した。
「あの…」
「食え」
「え」
ジゼルは彼の手にある食べ物と、ボルトレフ卿の顔を交互に見た。
「腹が減っただろう。まだパンも温かい」
「え、いえ…」
「なんだ? 腹が減っていないのか?」
「いえ、そういうわけでは。その…」
ジゼルは自分かあくまで人質であると思っていた。なのに、卿自らパンを切って給仕され、戸惑いを隠せなかった。
「姫様」
一気に流れ込んだ水が気管に少し入ったせいで、噎せて咳き込むジゼルに、メアリーが慌てて駆け寄ってきた。
「だ、だい、メ…」
口元を覆いながら涙目になって、メアリーの方を向いたジゼルの背中を、そっと大きな手が触れて撫でた。
「気をつけろ」
ジゼルの手からそれ以上溢さないように、革袋を引き取り、上下に背中を優しく撫でたのは、ボルトレフ卿だった。
「大丈夫でございますか?」
ハンカチを取り出して、メアリーが口元や胸の辺りの水を拭き取った。
「コホッ、メアリー、だい、コホ、も、もう大丈夫です」
じんわりと体温が背中越しに伝わってきて、ジゼルは驚いて彼の方を振り返った。
「す、すみません…貴重なお水を…」
「大事ない。また汲んでくるだけだ」
「あ、あの…もう…だ、大丈夫…ですから」
背中を擦るのを止めてもらおうと、彼の腕をやんわりと退けると、彼は抵抗もせずすっと手を離した。
「下手だな。五歳になる俺の子どもたちの方が、もっとうまく飲めるぞ」
口元を綻ばせ、満足に水も飲めないのかとジゼルを嘲った。
「子ども…たち?」
「ああ、俺には五歳になる男女の双子がいる」
尋ねるジゼルに彼が答えた。
「まあ」
そう言えば彼が何歳なのか宰相に尋ねようと思って、聞けなかったとジゼルは思い出した。
そして同時に、本当なら自分にも子どもがいてもおかしくなかったことも思い出し、胸が痛んだ。
「お子様がいらっしゃるのですね」
「ああ、娘はおませでお転婆、息子は甘えん坊で、性格はまるで違う」
そう言って子どものことを話す彼の優しげな表情に驚いた。意外と子供思いらしい。
「ボルトレフ卿は、おいくつでいらっしゃるのですか?」
「二十三だ」
「二十…三」
ひとつしか違わないと知って、ジゼルはまた驚いた。
彼から溢れ出る貫禄から、年上にも感じていたからだ。
(私が頼りないだけかも知れないわね)
ボルトレフ卿に払うべき金銭を、父が自分を婚家から引き取るために横流ししてしまったことを、父は最初彼女に伏せようとしていた。
そのことを彼女に言わなかったのは、ジゼルに肩身の狭い思いをさせたくなかった親心だろうが、そういう所が彼から見て、親にいつまでも庇護されている頼りない姫だと思われてしも仕方がないのだろう。
「なんだ? 私に子がいるのが意外か」
「いえ、落ち着いていらっしゃるので、私より年上かと思っておりましたので」
「大将は昔から体も大きくて、老け顔だから年より上に見られるんですよ」
「おい、余計なことを言うな」
グローチャーが軽口を言い、それをボルトレフ卿が窘めた。
「ご結婚なさっているとは存じませんでした」
彼の奥方とはどんな人なのかわからないが、いきなり人質だと言ってジゼルが来たら驚くに違いない。
「結婚はしていただ」
「え?」
「妻は四年前に他界している」
「ま、まあ…それは、存じ上げず、失礼いたしました」
「気にすることはない。妻とは幼馴染で昔から知っていたのでその時は寂しくは思ったが、子どもたちのことや仕事のことなどで忙しくて、ゆっくり感傷に浸っている暇もなかった」
「そう…ですか」
あっけらかんとしている彼の態度に、もともと他人だった夫婦は、死別したらそんなものなのかと思った。もしくは、彼がそうなだけなのだろうか。
でも、子どもたちは…今五歳の彼の子どもたちは、当時まだ一歳くらい。母親の記憶というものが殆どないだろう。彼らは母親のことを恋しく思っているに違いない。
ジゼルは自分の母である王妃のことを思い出した。
もし、自分がその子達のようだったらと思うと、胸が張り裂けそうになる。
「大将」
「ああ、ご苦労だった」
そこへ編んだ籠を提げて、一人の少年がやってきた。
「ここへ置いてくれ」
「はい」
少年はジュリアンとさほど年が変わらない、まだあどけなさが残っていて、顔にはニキビがあった。
「これは?」
籠には布が掛けられているが、そこから何かいい匂いがする。
「街へ行って、食料を買いに行かせた」
籠に被せた布を少年が取り払うと、そこにはパンや串焼きの肉、ソーセージにチーズなどが入っていた、
「ここは牧草地も近く、乳製品やソーセージも有名な工房があって上手い」
「はあ」
少年が次々と籠の中身を取り出す。
大きなパンの塊を掴むと、ボルトレフ卿は懐からナイフを取り出し鞘を抜き、器用にパンを薄く切り分けていった。
そしてハムとチーズを挟んで、それをジゼルの目の前に突き出した。
「あの…」
「食え」
「え」
ジゼルは彼の手にある食べ物と、ボルトレフ卿の顔を交互に見た。
「腹が減っただろう。まだパンも温かい」
「え、いえ…」
「なんだ? 腹が減っていないのか?」
「いえ、そういうわけでは。その…」
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