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第一章

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 国王と王妃、そして国王の傍らに立つ宰相へと視線を移し、最後に彼はジゼルを見た。

「何が、『なるほど』なのですか?」
「いや、王女様の仰るとおり、お父上は君主にしては少々腹芸が不得意のようですね」
「どういう…」
「我々に支払うべき報酬が、どうやら別の人物の元へ流れたらしいということです」
「ボルトレフ卿、それは…」
「王女様はおいくつですか?」
「二十四になります」

 いきなり年齢を聞かれ、戸惑いながら答えた。

「そうですか。では、もう十分にご自身について責任が取れる年齢ですね」
「どういう意味ですか?」
「バレッシオ大公に一体いくら支払った?」
「そ!」
「ボルトレフ卿!」

 国王と宰相が身を強張らせ、叫んだ。

「え、どういう…なぜドミニコの名が…まさか!」

 ひとつ思い当たることがあり、ジゼルは父と母を交互に見た。
 思い出されるのは、離縁され公国から出ていく直前、義母のテレーゼから聞かされた言葉だった。

「とんだ不良品を掴まされた気分よ。見かけだけ綺麗でも、中身が伴わないのでは意味がないわ。七年も役立たずな嫁の面倒を見て、その上最後の方は病人の看病までさせられて」 
「も、申し訳…ございません」

 ジゼルにはひと言も反論できなかった。
 ドミニコとの夜の夫婦生活は、ジゼルには苦痛でしかなかった。
『すべて夫になる人の言うとおりになさい』
 そう母に教えられていたジゼルだった。
 世の中には子を儲ける以外に、夜の行為に没頭する人もいると聞く。何が良くてそうするのだろうか。

「口だけで謝られてもね。その点、あなたのお父様たちはきちんとわかっていらっしゃるわ。口先だけでなく、きちんと誠意を示してくださったもの」
「え?」
「なんでもないわ。ご立派なご両親ね」


 あの時は両親のことを持ち出され、それ以上追求はしなかった。
 でも義母の言う「口先だけでない誠意」が、金銭のことだとしたら。

「父上、まさかドミニコにお金を?」
「………」
「話してやれ。もう娘も立派な大人だ。息子もまだ成人前とは言え、いずれ後を継いでこの国を背負って立つのだ。それ相応の心構えと覚悟を持たなければ。俺は今の王太子よりもっと幼い頃から、一族を率いるために父に鍛えられた」
「ジゼルは、卿とは違う。この子は既に辛い思いを…」 
「いいえ、父上、私はもう責任のある大人です。それにこれは私が関わっていることですよね」

 ジゼルにしては珍しく強い口調だった。
 その凛とした声は、一歩も譲らない強い意志が感じられた。

「陛下、王女殿下の仰る通りです。黙っていても解決にはなりません」

 宰相が腰を折って国王に助言する。

「宰相の言うとおりだぞ。好い加減腹を括れ」
「父上、真実を教えて下さい。卿に支払うお金を、ドミニコに支払ったの?」

 再度ジゼルが尋ねた。

「そうだ」

 短くひと言、国王ははっきり言った。

「彼らは離縁と共に慰謝料を寄越せと言ってきた。私達には大切な自慢の娘だ。しかし、彼らの望む結果を出せなかったのも事実だ。その要求を飲まなければ娘は返さないと言ってきた。夫が愛人を囲い、その愛人に子が出来て、そんな場所にジゼルを置いておくことなど出来なかった」
「愛人に子ども…酷いな」

 淡々とした言い方だった。

「だが、それで俺が納得するとは思っていないだろうな」
「む、無論だ。だが、すぐに用意できるのは約束の半分です」
「わかっているのか。俺たちはすぐにでも手を引くことが出来る」 
「手を引いて、その後は?」
「さあな。しかし俺たちの力をほしいと言っている国はたくさんある。その中で一番条件のいい所と契約するだけだ」

 その場の全員が青ざめる。
 エレトリカからボルトレフ元帥の一派が手を引く。それは即ちエレトリカ軍の弱体化を意味する。
 そして最大の味方は、最強の敵になる。

「どうか思いとどまっていただきたい。残りは後半年あれば用意できる」

 国王が縋るように言い、頭を下げる。
 国主としての威厳などもはやなかったが、ジゼルはそれをみっともないとは思わなかった。
 こうなったのも自分のせいなのだ。
 けれど、事態を好転へと導く手段は彼女にはない。
 それが口惜しいと、彼女は膝の上で爪が喰い込むほどに手を握りしめた。

「まさか、最初のお金を払うだけで済むと思っていないか」
「え?」
「その金は最低条件だ。ここからは約束を反故にした賠償だ。これから言う条件をすべて飲むなら、今回は思い止まろう」
「じょ、条件とは…」 
「まずは馬百頭、牛百頭、羊とヤギそれぞれ二百、絹百反、麻と木綿が五百反、小麦千袋……」

 次から次へと彼は要求を口にする。宰相がそれらすべてを書き連ねていった。
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