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第一章

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 宴が終わり、ジゼルはジュリアンと共に父の執務室へ来るように言われた。

「父上、ジュリアンとジゼルです」
「入りなさい」

 許可を得て二人が部屋に入ると、そこには国王である父と王妃である母以外に、宰相と例の元帥がいた。

 驚いたのはその配置。

 普段国王が座る場所に、足を組んで肘掛けに片肘をついて堂々と座っているのが元帥その人で、父が反対側に座り、母が長椅子に一人腰掛けている。そして宰相が父のすぐ脇に立っていた。

「そこに座りなさい」

 振り返ってジゼルたちを見た国王が、空いている長椅子を指し示す。
 二人は元帥から距離を取って片側に詰めて座った。
 ジュリアンが姉を彼から守るように、彼に近い場所に陣取った。

「そんなに警戒しなくても、俺も人の子だ。取って食ったりはしない」

 口元を歪め、皮肉めいた口調で元帥は笑った。
 その視線は遠慮もなく現れた二人に注がれる。
 ジゼルからジュリアンに、そして再びジゼルに。
 ジゼルはその深紅の瞳の鋭さに、居心地の悪い思いをする。

「すまない、ジュリアン。せっかくの誕生祝いだったのに」

 気の毒なほどか細い声で国王が息子に侘びた。

「構いません、それより父上…」

 ジュリアンはちらりと元帥の方を見る。

「一体何があったのですか?」
「う、うむ…そのことなのだがな…」
「はっきり言えばいい。お前たちの父親は約束も守れない卑怯者だとな」
「え、ど、どういうことですか?」

 歯切れの悪い国王の言葉を引き継ぎ、ボルトレフが言い切った。

「や、約束は守る。だが、もう暫く待ってくれと」
「半年待ったぞ。もう十分だと思うが」
「だ、だが、あんな大金、すぐには」
「大金? 父上、どういうことですか?」

 いきなりお金の話になり、ジュリアンが驚いて詰め寄る。

「あ、そ、それはだな…」

 国王は目の前のボルトレフの方を窺い見る。

「構わん。ここだけの話にするなら話してもいい。どうせ、もう隠しておけないだろうし、こうなっては連帯責任だ」

(この人、いったいいくつなのかしら)

 ジゼルはふと思った。
 国王に対して少しも臆することなく、堂々とした態度と物言いをし、百戦錬磨の軍神らしく屈強な体格をしているが、恐らくは国王よりは遥かに若いだろう。
 もしかしたらジゼルとそれほど変わらないのでは、ないだろうか。 
 
「実は、これは代々王に即位した者と王妃、そして宰相だけが知っていることなのだが…」

 そう言って国王はジュリアンとジゼルに語りだした。

 数百年前、まだこの国が今ほど大国でなかった頃、当時国王を悩ませていたのが、ボルトレフ率いる一団の侵攻だった。
 彼らは大胆不敵で圧倒的武力で侵攻を繰り返し、エレトリカ国と隣国との街路で商隊を襲い、武力を削いでいった。
 争いは次の代まで続いた。
 そしてある時、当時軍の参謀でもあった宰相が、敵を味方に引き入れることを提案した。
 彼らの武力に対抗するのではなく、味方に引き込み戦力とする。
 その当時烏合の衆であった彼らに領地と称号、爵位を与えて自国の戦力とする。
 彼らはそれに応じて報酬を得る。

 元は孤児や犯罪者、流民で殆どが根無し草だった彼ら一団は、その提案を受け入れた。
 しかし、その契約を知られては国の威信に関わる。
 互いに関係者だけが知らされ、そして契約は長年受け継がれ守られてきた。

 そしてその関係はうまくいっていた。
 エレトリカは他国からの侵攻から何百年もの間、守られてきた。
 今の今までは。

「トリカディールとの戦も、我々はそちらの要求にきちんと応え、満足のいく結果を出したと思ったが、そのうちそのうちと言って、まだ銅銭の一枚も支払われていない。だから、こうやって取り立てに来たのだ」

 ここに来た目的を彼は語った。

「ここまで馬を飛ばして丸三日、俺がここまでしたのだから、いい返事が聞けると期待しているがどうか?」
「後半年、いや、五ヶ月待ってもらえないだろうか」
「そもそも、なぜ支払えない? 戦争が始まった時には、すでに報酬の用意は出来ていると言っていた筈だ」
「そ、それは…」

 元帥の言葉に国王が言い淀む。

「え、父上…それは本当なのですか?」

 それを聞いたジュリアンとジゼルが驚く。

「その金はどこにいった?」
「そ、それは誤解だ。あのときはあると思わせただけだ」
「ほう。ないものをあると言って俺たちを謀ったということか? 大胆不敵だな」
「い、為政者には時にはそんなフリも必要だ」
「父上、父上はそんな策士めいたこと、できる方ではありませんよね」

 うそぶいてみせる父に、ジゼルがそんなことが出来る父ではないと、弁明する。

「きっとやむにやまれぬ事情があったのです。ですから」
「ジゼル、そなたは黙っていなさい」
「ですが父上」

 ジゼルとしては父が卑怯者と呼ばれ、約束を違えるような人物だと思われるのが我慢ならなかった。
 そんなことが出来る人物ではないと、元帥に訴えたかった。

「ジゼル王女、確かついこの間、バレッシオ公国のドミニコ大公と離縁したとか」
「そ、そうです」

 よく響く力強い声で元帥がジゼルに話しかけた。
 少し甲高いドミニコの声とまるで違う、自身に満ちたその声音に、ジゼルは震えながらも果敢に答えた。

「離婚の原因は、エレトリカとトリカディールとの戦争か? あそこはトリカディールと昔から仲がいい」
「ボルトレフ卿、娘の離婚は今は関係ありません。これは私の不徳のせいで…」
 
 元帥の話を、国王がひときわ大きい声で遮った。

「そ、そうです。娘の離婚とこのことは…」 
「なるほど、そういうことですか」

 合点がいったというように、元帥が笑った。
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