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78 ジュスト③

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ジュスト
本当の名前を思い出せなかった自分に、モヒナート夫妻が付けた名前。

馴染みのない名前に、まるで体に合わない服を着せられたような居心地の悪さを感じた。

居心地の悪さはそれだけではなかった。

新しくここが君の家だと連れてこられた場所は、今までの場所と何もかも違っていた。

明るい室内。温かい食事。清潔な服。
なにより誰も自分を叩かない。
どこかぎこちなく自分に接する侯爵家の使用人たち。
それはある程度予想はしていた。
どこの馬の骨ともわからない、悪魔と呼ばれていた子にいきなり仕えろと言われても、無理な話だ。

いったい何年あそこに閉じ込められていたのかわからないが、何かに期待したり感情を動かしたりしても、後が辛いだけだということは学習した。
どんな痛みにも反応せず、どんな罵倒にも耳を塞いで心を閉ざすことを覚えた。
どんなに温かい声をかけられても、どんなに温かくて美味しい食事を出されても、これはまやかし。
いつか奪われる。
それなら最初から目も耳も塞いで、心を閉ざしておけばいい。

そう思っていた。

ある時、そんな閉ざされた世界に異変が起きた。

何かが聞こえる。

何かの鳴き声?それとも誰かが泣いている?

それは日に何度も聞こえてきた。

あんなに声を出したら、あいつらに見つかり何をされるかわからない。
泣いてばかりいた子。
泣けば泣くほど、やつらは殴る。
泣き止むまで何も食べるなと言われ、しかし空腹でまた泣く。
やがて泣き声が止んで、暫くしてその子から腐臭が漂ってきた。

助けないと、あの声はどこから聞こえてくるのか。

聞こえてくる声を頼りに辿り着くと、小さな箱に入った見知らぬ存在がいた。

「だあ」

美しい紫の瞳がこちらを見る。
正確にはまだ見えていなかったらしいが、その生き物は「赤ん坊」と言う種類で、名前は「ギャレット」だと教えてくれた。

ミルクの匂いがするその赤ん坊は、柔らかい金色の髪と紫の瞳をしていた。

光を受けてキラキラ輝く髪と瞳。何者にも汚されていないとわかる。無垢な存在に、目を奪われた。

「ジュスト、ほら、ギャレットよ。あなたの弟になるわ」

少し前までお腹が大きかった彼女のお腹は元通りになっていた。
ギャレットはそこから出てきたのだと言う。

「あぶぶ」
「まあ、そうなのね。そう、わかったわ」

小さな口から意味のわからない言葉しか発しない。なのに彼女は何を言ってるのかわかっている風だった。
これは自分の知らない言語なのだろうか。
小さくて手足も短くて頭でっかちの赤ん坊という種類のそれが、こちらに向かって手を伸ばしてくる。

「ジュスト、手を」

彼女に言われるまま、手を伸ばした。

キュッと小さな手が指を握り込んできた。

温かいものが伝わってくる。

「ぶう、あばば」
「フッ何言ってるのかわかんないよ」

口の端から涎を垂らしながら、指を掴んだまま、ブンブン振り回してくる。同時に足もバタバタさせている。

こんなに小さいのに一生懸命動いているのを見て、思わず笑みが溢れた。

失った記憶の中でも自分は笑っていただろうか。

しかし、過去の記憶はもう関係ない。

この天使の微笑みを、無垢なこの微笑みを見たこの瞬間から、新しいジュストとしての人生が始まった。
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