上 下
13 / 91

13 物語の始まりに向かって③

しおりを挟む
これまで身の回りにいる女性といえば、母親や家で働いている使用人たちと、女性とはまだ言えないカレンだけ。家庭教師も男ばかりで、年の近い令嬢たちとの交流はない。
でも学園は共学なのだから当然令嬢方との出会いもあるわけだ。
そしてレーヌとの出会いも待ち構えている。

そう思って話題を振ったのだけど、なぜか地雷を踏んだみたいで、ジュストの機嫌が悪くなった。

「ギャレットは、その年齢で女性に関心があるのか?」

まさかのこっちに話が振られた。なんだか知らないが早熟のエロ餓鬼だと思われたのかも。

「え、ちが、別にそんな…」

前世女の記憶が薄れてきていたとは言え、まだまだ女の心はうっすらと残っている。キレイなお姉さんは憧れだけど、恋愛対象にはならない。

「兄上こそ、女の人とか、興味ないですか? かわいいと思ったりとか…」
「カレンは可愛いが、それはぬいぐるみというか愛玩動物に近いな。でも今のところ俺の一番可愛くて大事な人はギャレットで、次に父上たちが大事だ」
「そ、そう…」

そう言って熱い視線を向けられる。
カレンが可愛いのはわかる。僕もそう思う。
でもギャレットが一番だという考えは、今は狭い社会生活の中で、少ない選択肢しかなく、そこで付けた順位なのだとわかる。
これまでジュストを立てて来た成果が現れたのはいいことだが、それもこれからどうなるかわからない。

まあ、そこまで思ってもらえたなら、死亡フラグは完全に折れたと思っていいのだろう。

心の中で密かに「よっしゃ~っ」とガッツポーズを取り、ニヤけそうになるのを必死で抑えた。

「ギャレットは違うのか?」

ケモノ耳があったら絶対垂れ下がっているだろう。こちらの反応を期待と不安が混じった目で窺っている。
数年かけてお兄ちゃん、兄上サイコーと持ち上げてきたが、まだ足りなかったらしい。

「も、もちろん、兄上が一番好きです。父上や母上より、ギャレットの一番は兄上です」

親指を立ててそう告げると、ジュストの顔から緊張が抜けたのがわかる。

「でも、これからたくさんの人と関わっていくのですから、兄上の一番も変わってくるのでは?」
「お前は、時々大人みたいなことを言う」

指摘されてドキリとする。

「あ、兄上に近づこうと頑張っているだけです。そう見えるなら、手本になる兄上のお陰です」
「……そうか?」

鋭い視線を向けられて、ドキドキとする。

「もちろん、ステファン以外の友人だって出来るでしょ?」
「どうかな…」
「いずれモヒナート家を継ぐなら、そういった繋がりは必要…」
「俺はモヒナート家を継ぐつもりはない」
「え!でも…」

決意を込めた言葉に何も言えなくなる。

「俺がこの家に引き取られたのはギャレットが生まれる前だ。ギャレットがモヒナート家の正式な跡取りなんだから、ギャレットが継ぐべきだ」
「そ、それは…でも、父上たちは…」
「学園を卒業するまでは言わないつもりでいるが、俺はそう思っている」
「そんな、だって、じゃあ、兄上はどうするのですか?」

物語はギャレットを殺してジュストも死ぬ。その後のモヒナート家がどうなったかまでは書かれていなかった。
ただ息子二人を亡くし、打ちひしがれたモヒナート侯爵夫妻の描写があるのみ。
死亡フラグを回収して、生き延びることばかり考えていたから、その後のことは考えていなかった。

でも、死なないなら当然その後の人生もある。
ジュストは唯一人愛する女性を見つけ、それを義弟に穢されそうになり、怒りに任せて殺す。そして自分も死ぬ。という筋書きを知らないのだから、当然と言えば当然と言える。

「それは学園にいる間に考えようと思う。モヒナート家の養子になったが、俺は出自の知れない孤児だ。ここまで育ててくれて、貴族の通う学園にも通わせてもらえることになり、勉強も剣術も習わせてもらっている。恩返しはするつもりだけど、モヒナート家を継ぐことは別の話だ」
「兄上…」

物語でも彼の素性は書かれていない。不憫系当て馬にそこまでの設定を用意するより、主人公二人の幸せが大事だったのはわかる。だからジュストの生い立ちについてはフォローできない。

「でも、ギャレットのことが一番好きで大切なことは変わらない。どこに行っても何になったとしても、ギャレットは俺の一番大事な存在だ」
「兄上…」

嘘偽りない言葉だが、なぜか心が締め付けられる思いがした。

モヒナート侯爵家をどちらが継ぐのか。ギャレットが正当な跡継ぎなのは間違いない。でも能力から考えればジュストが相応しいのがわかる。
前世の大学まで行った知識と社畜時代に培った社会人としてのノウハウと根性はある。
でもギャレットの頭はバカとまではいかなくても、ジュストに到底及ばないことは勉強していて気づいていた。

「ま、レーヌと出会ったらジュストの考えも変わるか」
「え、何か言った?」

ボソリと呟いた言葉はジュストには聞こえなかった。
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼第2章2025年1月18日より投稿予定 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

モラトリアムは物書きライフを満喫します。

星坂 蓮夜
BL
本来のゲームでは冒頭で死亡する予定の大賢者✕元39歳コンビニアルバイトの美少年悪役令息 就職に失敗。 アルバイトしながら文字書きしていたら、気づいたら39歳だった。 自他共に認めるデブのキモオタ男の俺が目を覚ますと、鏡には美少年が映っていた。 あ、そういやトラックに跳ねられた気がする。 30年前のドット絵ゲームの固有グラなしのモブ敵、悪役貴族の息子ヴァニタス・アッシュフィールドに転生した俺。 しかし……待てよ。 悪役令息ということは、倒されるまでのモラトリアムの間は貧困とか経済的な問題とか考えずに思う存分文字書きライフを送れるのでは!? ☆ ※この作品は一度中断・削除した作品ですが、再投稿して再び連載を開始します。 ※この作品は小説家になろう、エブリスタ、Fujossyでも公開しています。

悪役令息シャルル様はドSな家から脱出したい

椿
BL
ドSな両親から生まれ、使用人がほぼ全員ドMなせいで、本人に特殊な嗜好はないにも関わらずSの振る舞いが発作のように出てしまう(不本意)シャルル。 その悪癖を正しく自覚し、学園でも息を潜めるように過ごしていた彼だが、ひょんなことからみんなのアイドルことミシェル(ドM)に懐かれてしまい、ついつい出てしまう暴言に周囲からの勘違いは加速。婚約者である王子の二コラにも「甘えるな」と冷たく突き放され、「このままなら婚約を破棄する」と言われてしまって……。 婚約破棄は…それだけは困る!!王子との、ニコラとの結婚だけが、俺があのドSな実家から安全に抜け出すことができる唯一の希望なのに!! 婚約破棄、もとい安全な家出計画の破綻を回避するために、SとかMとかに囲まれてる悪役令息(勘違い)受けが頑張る話。 攻めズ ノーマルなクール王子 ドMぶりっ子 ドS従者 × Sムーブに悩むツッコミぼっち受け 作者はSMについて無知です。温かい目で見てください。

悪役令嬢と同じ名前だけど、僕は男です。

みあき
BL
名前はティータイムがテーマ。主人公と婚約者の王子がいちゃいちゃする話。 男女共に子どもを産める世界です。容姿についての描写は敢えてしていません。 メインカプが男性同士のためBLジャンルに設定していますが、周辺は異性のカプも多いです。 奇数話が主人公視点、偶数話が婚約者の王子視点です。 pixivでは既に最終回まで投稿しています。

残念でした。悪役令嬢です【BL】

渡辺 佐倉
BL
転生ものBL この世界には前世の記憶を持った人間がたまにいる。 主人公の蒼士もその一人だ。 日々愛を囁いてくる男も同じ前世の記憶があるらしい。 だけど……。 同じ記憶があると言っても蒼士の前世は悪役令嬢だった。 エブリスタにも同じ内容で掲載中です。

噂の冷血公爵様は感情が全て顔に出るタイプでした。

春色悠
BL
多くの実力者を輩出したと云われる名門校【カナド学園】。  新入生としてその門を潜ったダンツ辺境伯家次男、ユーリスは転生者だった。  ___まあ、残っている記憶など塵にも等しい程だったが。  ユーリスは兄と姉がいる為後継者として期待されていなかったが、二度目の人生の本人は冒険者にでもなろうかと気軽に考えていた。  しかし、ユーリスの運命は『冷血公爵』と名高いデンベル・フランネルとの出会いで全く思ってもいなかった方へと進みだす。  常に冷静沈着、実の父すら自身が公爵になる為に追い出したという冷酷非道、常に無表情で何を考えているのやらわからないデンベル___ 「いやいやいやいや、全部顔に出てるんですけど…!!?」  ユーリスは思い出す。この世界は表情から全く感情を読み取ってくれないことを。いくら苦々しい表情をしていても誰も気づかなかったことを。  寡黙なだけで表情に全て感情の出ているデンベルは怖がられる度にこちらが悲しくなるほど落ち込み、ユーリスはついつい話しかけに行くことになる。  髪の毛の美しさで美醜が決まるというちょっと不思議な美醜観が加わる感情表現の複雑な世界で少し勘違いされながらの二人の行く末は!?    

身代わりになって推しの思い出の中で永遠になりたいんです!

冨士原のもち
BL
桜舞う王立学院の入学式、ヤマトはカイユー王子を見てここが前世でやったゲームの世界だと気付く。ヤマトが一番好きなキャラであるカイユー王子は、ゲーム内では非業の死を遂げる。 「そうだ!カイユーを助けて死んだら、忘れられない恩人として永遠になれるんじゃないか?」 前世の死に際のせいで人間不信と恋愛不信を拗らせていたヤマトは、推しの心の中で永遠になるために身代わりになろうと決意した。しかし、カイユー王子はゲームの時の印象と違っていて…… 演技チャラ男攻め×美人人間不信受け ※最終的にはハッピーエンドです ※何かしら地雷のある方にはお勧めしません ※ムーンライトノベルズにも投稿しています

処理中です...