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アニエス編

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 アニエスは騎士団で順調に出世し、さすがベルフ家の血筋だと褒め称えられ、それなりに高い評価を得ている。
 血筋も実力も、家を継ぐ能力は十分にあると自負している。
 しかし、アニエスには爵位を継ぐことは出来ない。
 それはこの国、バルタサールでは女性に爵位継承は認められていないからだ。それゆえ、いくら正当なベルフ家の血筋であっても、アニエスは爵位を継ぐことは出来ない。
 いずれ彼女は結婚する。その問題はそれで解決する筈だったが、アニエスが二十ニ歳になった年に、父が突然急死した。原因は心の臓の病だが、突然の父の死を遺された母と彼女は哀しむ余裕もなく窮地に立たされた。
 男子のいないベルフ家を存続させるには、血縁から後継ぎとなる男子を迎え入れ爵位を継がせるか、アニエスが結婚してその相手が伯爵位を継承するかだ。
 それを父の弟である叔父が、見逃すはずがない。
 叔父は伯爵家を手に入れるため、アニエスを自分の息子と結婚させようと目論んだ。
 そして、アニエスはそれを望んでいない。
 叔父は次男で爵位を継げないことを、ずっと恨みに思っていた。従兄のルーフェと結婚した途端、実権を奪われいいようにされてしまうのは目に見えている。

「ベルフ、最近ミスが多いぞ」
「も、申し訳ございません」

 その日、アニエスは上官に呼び出しを受けた。
 指摘の通り、ここ最近アニエスは失敗が目立っていた。こんなことは騎士団入隊以来なかったことだ。
 書類の記載ミスもさることながら、提出期限を誤ったり、提出先を間違える。
 訓練中もついボーッとして、この前は危うく大怪我をするところだった。気づいた訓練教官が叫ばなかったら、目に弓矢が突き刺さるところだった。
 それもこれも、父が亡くなってからの色々なゴタゴタが原因だった。

「怒っているんじゃない。心配しているのだ。お父上が亡くなってから色々あるのは知っている」

 上官のコルビット大佐は、かつて父と同期だった。父は家を継ぐために早期に騎士団を辞めたが、次男の彼はそのまま騎士団に残って功績を上げて今の地位に就いていた。
 今は上官と言うより、旧友の娘として彼女を心配してくれているのがわかる。

「いえ、でも私事で公務に支障を来たすなど、私の不徳の致すところでございます」

 しかし、いくら小さい頃から知っている相手でも、今は部下と上司だ。期待に応えられずアニエスは口惜しげに言った。

「何とかなるのか?」

 そう尋ねられ、「はい」と言いたいところだが、アニエスは嘘は言いたくなかった。

「何とか…一番いいのは、私が結婚することなのですが…こればかりは自分一人が頑張ってもどうしようもありません」

 剣術の腕を磨くことなら、己が頑張れば何とかなる。でも結婚は一人ではできない。

「なるほど…うちの息子が独身だったなら、何とかしてやれたが」

 彼の息子は既に二人とも結婚していて、すでに子供もいる。

「お気遣いありがとうございます」
「条件は特にないのか?」
「容姿や出自は特に問いません。ただ、私が騎士を続けることと、家の管理をすることに文句を言わず、助けてくれる人であればいいのです」
「ふむ。難しいぞ。妻を外に働きに行かせることを好まない者が圧倒的に多い。しかも家の采配も口出すとなると、普通の男は妻に従うことを好まない」
「分かっています」

 だから苦労しているのだ。

「わかった。私も伝手を探してみよう」
「有りがたいお話ですが、これは私個人の問題ですから」
「実際仕事に支障を来たしている時点で、個人の問題では片付かないと思うがな」

 痛いところを突かれた。

「仰る通りです。面目次第もございません」
「親友の忘れ形見で、部下でもある君のためだ」

 アニエスも、自分の出した条件はかなり難しいと思っている。男性には男性のプライドというものがあって、女性の下に就くことを嫌う事が多い。
 でも、ベルフ家の正当な後継ぎは自分で、それが女であるというだけで夫に全て奪われるのは嫌だった。
 アニエスの知り合いでは、その条件に合う人物を探すのは困難だった。もしかしたら大佐の人脈に頼れば、なにがしかの成果はあるのではと期待していたが、それでも半ば諦め駆けていた時、候補がいたという連絡が入った。
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