上 下
255 / 266

253 ルードリヒ侯爵

しおりを挟む
「それでは、バート・レイノルズという偽名を使って商人に扮し、シュルス近辺の侯爵たちを探っていたというのですね」

私に話したことを殿下はもう一度師匠に説明した。
知らなかったとは言え、殿下に掴みかかったことを知り、あの何事も動じない感じの師匠が弱冠青ざめた。

だが、殿下は今はあくまでバート・レイノルズとしてここにいるのだと仰って、問題にはなさらなかった。

陛下が私にバート・レイノルズの存在を告げたことを知り、ちょうどこちらに戻ってきた機会に今日の場を作ったということも聞いた。

「まあ、お体に別状がなくご壮健であらせられたのなら、ようございましたが……何も殿下自ら動かれなくても……」

私と同じようなことを師匠も思ったようだ。

「管理職になるのを拒んで、ずっと現場にこだわり続けたドルグランならわかるだろう」
「これは痛いところを……しかし私と殿下では立場が違います。もう少し御身を大事になさいませ。殿下に何かあれば、私の弟子を含め多くの者が悲しみます」
「私の身分は関係ない。私一人の命と皆の命は同じ。天秤にかけられるものではない。誰を失っても悲しむ者はいる」
「……それはまあ、それをここで論じても話は進みませんが……それで、目的は果たせたのですか?」

「ああ……と言いたいところだが、後一歩だな」

まだ道半ばであると殿下は言ったが、その顔に悲愴感はない。

「年明けには全てが片付くはずだ」

「殿下……そろそろお時間です」

最初にここで私を出迎えてくれた人物が扉を開けて時間を告げてきた。

「ああ……もうそんな時間か。すまないがもう少し待ってくれ」

「何か私に出来ることはありますか?」

始めに殿下についていかなかったのは、私では何も役に立てないと思ったからだ。
でも、離れているとどうしているかと気になってしまう。
何よりも自分も何か力になりたい。
その思いで申し出た。

「いずれ、君の力を借りる時が来るだろうが、今はまだ大丈夫だ」

その言葉に気持ちは落ち込んだが、顔には出していないつもりだった。

ここを出れば、また離れ離れになる。
もう少し話していたかったが、それは私のわがままだろうと言葉を呑み込んだ。

「あれ以来、グスタフは現れていないようだな」

「ですが、所在もわからなくて……」

現れないのいいことなのか。その代わりいつまで経っても尻尾も掴めない。

「焦りは禁物だ。周りを揺さぶれば、そのうち向こうから出てくる筈だ」

「何か目星がついているのですか?」

「だいたいは……だが、最後まで油断はできないからな。最後にルードリヒ侯爵には気を付けろ」

「ルードリヒ侯爵?」

初めて聞く名前だった。

もしかしたらどこかで聞いたかと考えたが、記憶のどこにも引っかからなかった。

「ルードリヒ?」

師匠の方がその名に反応した。

「知っているのですか、師匠」

「おれが現役の時に財務部門の役人をしていたやつか?」

師匠の顔つきを見ると、とても懐かしく思っている感じではない。
明らかに嫌っている様子だった。

「今は一番の責任者です」
「出世したんだな。杓子定規のめんどくさいやつだった」

仮にも侯爵を掴まえて、聞く人によっては不敬だと謗られるところだが、私はともかくキルヒライル様も、師匠の前にいる護衛の男性も師匠を咎めようとはしなかった。

それは師匠の言葉を肯定しているのか、もしくは師匠の感想を重要視していないのか。

「近衛騎士団の予算について、細かいことを色々言ってきた。まあ、国庫のお金を扱うのだから、それくらいでいいと言えばそうなのかも知れないが……だが、家族手当にまで手を出そうとしたので、騎士団ではあいつを嫌う者が多かった」
「家族手当?」

それがどんなものなのかわからず、訊ね返した。

「騎士団で働く者が、万が一働けなくなる位の怪我を負ったり、殉職した際に本人や家族に支払われる手当のことだ。自分達で掛け金を一部負担してもいるが、騎士団の予算で大多数を賄ってもらっている」

年金や傷病手当のようなものみたいだった。

「経費削減がやつらの仕事だってことはわかっていた。だが、そのお金で本人や家族が暫く路頭に迷わずにすむんだったら、必要な金だ」
「結局、どうなったんですか?」
「第一や第二近衛騎士団は貴族が多いからそれほどでもなかったが、騎士団の……特に第三の猛反対と当時の財務長官の決裁が降りなかったことで、立ち消えになった。その時の責任者がその侯爵だ。すました顔をしたいけすかないやつだったよ」

その時のことを思い出したのか、師匠の顔が怒りに燃えていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢は男装して、魔法騎士として生きる。

金田のん
恋愛
VRMMOで<剣聖>の異名を持ち、一部で有名だった理奈は、ある日、乙女ゲームで死亡フラグ満載の悪役公爵令嬢・レティシアに転生していることに気づく。 剣と魔法のある世界で、VRMMOのキャラクターと同じ動きができることに気付いた理奈は、 ゲーム開始前に同じく死亡予定の兄を助けることに成功する。 ・・・・が、なぜか男装して兄の代わりに魔法騎士団に入団することになってしまい・・・・・? ※何でも許せる人向けです! <小説家になろう>で先行連載しています!(たぶんそのうち、追いつきます) https://ncode.syosetu.com/n4897fe/

どうせ結末は変わらないのだと開き直ってみましたら

風見ゆうみ
恋愛
「もう、無理です!」 伯爵令嬢である私、アンナ・ディストリーは屋根裏部屋で叫びました。 男の子がほしかったのに生まれたのが私だったという理由で家族から嫌われていた私は、密かに好きな人だった伯爵令息であるエイン様の元に嫁いだその日に、エイン様と実の姉のミルーナに殺されてしまいます。 それからはなぜか、殺されては子どもの頃に巻き戻るを繰り返し、今回で11回目の人生です。 何をやっても同じ結末なら抗うことはやめて、開き直って生きていきましょう。 そう考えた私は、姉の機嫌を損ねないように目立たずに生きていくことをやめ、学園生活を楽しむことに。 学期末のテストで1位になったことで、姉の怒りを買ってしまい、なんと婚約を解消させられることに! これで死なずにすむのでは!? ウキウキしていた私の前に元婚約者のエイン様が現れ―― あなたへの愛情なんてとっくに消え去っているんですが?

男装令嬢の恋と受胎(R18)

鈴田在可
恋愛
獣人に殺された家族の敵を討つために、兄のフィリップであると偽り男装して銃騎士となった伯爵令嬢フィオナ・キャンベルは、銃騎士隊二番隊長代行ジュリアス・ブラッドレイの専属副官であり、彼の恋人でもある。 恋人ジュリアスは輝かしい美しさをもつ国一番のモテ男であるが結婚願望がなかった。令嬢としてのフィオナと婚約関係ではあるものの、元々は女除けをしたかったジュリアスと、銃騎士になるためにジュリアスの協力を得たかったフィオナの利害が一致した果ての偽装婚約だった。 協力の条件の一つとして「俺を好きにならないこと」と提案されたが、フィオナが成人を迎えた時に二人は付き合い出す。 フィオナはジュリアスを愛していたので、一生そばにいられれば結婚できなくとも構わないと思っていたが、ある出来事をきっかけにジュリアスの結婚観が変わる。 美貌の完璧超人からいつの間にか執着されていた話。 ※ムーンライトノベルズにも掲載。R15版が小説家になろうにあります。

婚約破棄されたので暗殺される前に国を出ます。

なつめ猫
ファンタジー
公爵家令嬢のアリーシャは、我儘で傲慢な妹のアンネに婚約者であるカイル王太子を寝取られ学院卒業パーティの席で婚約破棄されてしまう。 そして失意の内に王都を去ったアリーシャは行方不明になってしまう。 そんなアリーシャをラッセル王国は、総力を挙げて捜索するが何の成果も得られずに頓挫してしまうのであった。 彼女――、アリーシャには王国の重鎮しか知らない才能があった。 それは、世界でも稀な大魔導士と、世界で唯一の聖女としての力が備わっていた事であった。

王宮まかない料理番は偉大 見習いですが、とっておきのレシピで心もお腹も満たします

櫛田こころ
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞〜癒し系ほっこりファンタジー賞〜受賞作品】 2022/7/29発売❣️ 2022/12/5【WEB版完結】2023/7/29【番外編開始】 ​───────『自分はイージアス城のまかない担当なだけです』。 いつからか、いつ来たかはわからない、イージアス城に在籍しているとある下位料理人。男のようで女、女のようで男に見えるその存在は、イージアス国のイージアス城にある厨房で……日夜、まかない料理を作っていた。 近衛騎士から、王女、王妃。はてには、国王の疲れた胃袋を優しく包み込んでくれる珍味の数々。 その名は、イツキ。 聞き慣れない名前の彼か彼女かわからない人間は、日々王宮の贅沢料理とは違う胃袋を落ち着かせてくれる、素朴な料理を振る舞ってくれるのだった。 *少し特殊なまかない料理が出てきます。作者の実体験によるものです。 *日本と同じようで違う異世界で料理を作ります。なので、麺類や出汁も似通っています。

【本編完結】政略結婚から逃げたいのに旦那様から逃げられません

七夜かなた
恋愛
家のために大学卒業と同時に親の決めた人と結婚し、あげく婿養子の夫と愛人に全てを奪われ死んでしまった私。 来世があるなら心から好きな人と幸せになりたいと思って目覚めると、異世界で別人に生まれ変わっていた。 しかも既に結婚していて夫は軍人らしく、遠く離れた地へ単身赴任中。もう半年以上別居状態らしい。 それにどうやら今回も政略結婚で、互いに愛情なんて持っていない。 もう二度と不幸な結婚はしたくない。 この世界の何もかもを忘れてしまった私は一から猛勉強し、夫に捨てられても生きて行けるよう自立を目指します。 え、もう帰って来たの!帰ってくるなら先に連絡ください。 でも、今度の旦那様は何だか違う? 無愛想な旦那様と前世のトラウマが原因で素直に愛を受け取れない主人公。 ★は主人公以外目線です。 【*】はR18 本編は完結済みです。37万文字

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

双葉病院小児病棟

moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。 病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。 この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。 すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。 メンタル面のケアも大事になってくる。 当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。 親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。 【集中して治療をして早く治す】 それがこの病院のモットーです。 ※この物語はフィクションです。 実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。

処理中です...