246 / 266
244 多忙の理由
しおりを挟む
ハレス子爵が夜遅くまで帰らなかった理由。それは踊り子選考に陛下が臨席されたことが原因だった。
選考方法の不公平さから選考担当者が降格し、それにより式部の人事に大きな異動があり、カーマリング侯爵も陛下からきついお叱りを受け、責任者から外された。
副官が取りあえずの責任者になり、残った者で宴を取り仕切る必要があるということで、式部は上を下への大騒ぎだった。
ひとつの部署にそのような大きな変動があったということで、少なからず王宮内の全てがごたつき、貴族社会もカーマリング侯爵の粛正人事により明日は我が身かと緊張が走った。
そのことを私が知ったのはずっと後のことだったので、そんなことになっているとは全く知らなかった。
そういう事情もあり子爵とも顔を会わせることもなく、レイノルズ氏について伝えることもできないでいた。
最初の頃はいつサラヴァン商会から連絡が来るかと毎日のように緊張していたが、二日経っても三日経っても連絡がなかった。
王宮でのことがあってから一週間、商会を訪れてから六日後の夜、ハレス子爵家の扉を力強く叩く人物がいた。
その日子爵は夜勤勤務のため留守となっていた。
ジベルさんが不安に思いながら対応に出ていた。
私たちは既に寝支度を終えていたが、まだ殆どの者が眠りにはついていなかったため、万が一に備えて私はいつでも動けるよう身支度を整え、護衛のためにアンジェリーナ様の部屋で待機した。
アンジェリーナ様の部屋は裏庭に面しているため、正面玄関を覗くことはできないし、邸もそれなりの広さがあるため、玄関でのやり取りは聞こえてこない。
「こんな遅くに、余程のことがあったのかしら」
アンジェリーナ様もなかなかジベルさんが状況を伝えに来ないことに不安を口にする。待つということは時間の流れが余計に遅く感じるものだ。
「奥様、よろしいでしょうか」
待つこと三十分程度。ジベルさんがアンジェリーナ様に報告にやってきた。
「ジベル、誰が訪ねてきたの?旦那様に何かあったの?」
ジベルさんが入ってくるや否やアンジェリーナ様が、私の手を握りながら訊ねる。
「ご安心ください。旦那様のことではありませんでした」
「そう……」
それを聞いて握っていた手の力をアンジェリーナ様が緩める。
「……では、誰がどのような用件で?」
子爵のことでないなら、誰が何のためにこんな時間に訪ねてきたのか。
「訪ねてきたのはカーマリング侯爵家の方です……そのご令嬢が行方不明だとこかで、此方に来ていないかと。もちろん、こちらには来ていないとお帰りいただきましたが」
「ミレーヌさんが!」
ほんの少し前出会った彼女の姿を思い浮かべる。祝賀の舞のことなどでゴタゴタしていてとっくに侯爵家での出来事は過去の出来事だった。
ちょうど一週間前には王宮でカーマリング侯爵も見かけたが、あまり関わり合いになりたくなくて、彼のことは避けていた。
「心配なことですけど、事情もわかりませんし、こちらには来ていないのですから、仕方ありませんね。一体我が家に来ているなどと、どうして思ったでしょう」
子爵が留守の夜の不意の来客にアンジェリーナ様は身構えていらっしゃったが、何もできることはない。
「ご苦労様でした。警護の者達には悪いけれど、邸の周りを巡回して、不振な人物が……ミレーヌ嬢がいないか確認しておいてください。何もなければいいけれど……」
「私も行った方がいいでしょうか?他の皆さんはミレーヌ嬢の顔を知りませんし」
私が申し出るとアンジェリーナ様は一瞬考え、頷いた。
「そうですね。でも、必ずいるとは限りません」
「わかっております」
「何もなければジベルに報告だけして解散ということで、皆さんも休んでもらってください」
アンジェリーナ様の部屋から出て、ハレス邸の他の夜勤の護衛の人達と周囲を巡回したが、ミレーヌ嬢どころか猫の子一匹見つからなかった。
選考方法の不公平さから選考担当者が降格し、それにより式部の人事に大きな異動があり、カーマリング侯爵も陛下からきついお叱りを受け、責任者から外された。
副官が取りあえずの責任者になり、残った者で宴を取り仕切る必要があるということで、式部は上を下への大騒ぎだった。
ひとつの部署にそのような大きな変動があったということで、少なからず王宮内の全てがごたつき、貴族社会もカーマリング侯爵の粛正人事により明日は我が身かと緊張が走った。
そのことを私が知ったのはずっと後のことだったので、そんなことになっているとは全く知らなかった。
そういう事情もあり子爵とも顔を会わせることもなく、レイノルズ氏について伝えることもできないでいた。
最初の頃はいつサラヴァン商会から連絡が来るかと毎日のように緊張していたが、二日経っても三日経っても連絡がなかった。
王宮でのことがあってから一週間、商会を訪れてから六日後の夜、ハレス子爵家の扉を力強く叩く人物がいた。
その日子爵は夜勤勤務のため留守となっていた。
ジベルさんが不安に思いながら対応に出ていた。
私たちは既に寝支度を終えていたが、まだ殆どの者が眠りにはついていなかったため、万が一に備えて私はいつでも動けるよう身支度を整え、護衛のためにアンジェリーナ様の部屋で待機した。
アンジェリーナ様の部屋は裏庭に面しているため、正面玄関を覗くことはできないし、邸もそれなりの広さがあるため、玄関でのやり取りは聞こえてこない。
「こんな遅くに、余程のことがあったのかしら」
アンジェリーナ様もなかなかジベルさんが状況を伝えに来ないことに不安を口にする。待つということは時間の流れが余計に遅く感じるものだ。
「奥様、よろしいでしょうか」
待つこと三十分程度。ジベルさんがアンジェリーナ様に報告にやってきた。
「ジベル、誰が訪ねてきたの?旦那様に何かあったの?」
ジベルさんが入ってくるや否やアンジェリーナ様が、私の手を握りながら訊ねる。
「ご安心ください。旦那様のことではありませんでした」
「そう……」
それを聞いて握っていた手の力をアンジェリーナ様が緩める。
「……では、誰がどのような用件で?」
子爵のことでないなら、誰が何のためにこんな時間に訪ねてきたのか。
「訪ねてきたのはカーマリング侯爵家の方です……そのご令嬢が行方不明だとこかで、此方に来ていないかと。もちろん、こちらには来ていないとお帰りいただきましたが」
「ミレーヌさんが!」
ほんの少し前出会った彼女の姿を思い浮かべる。祝賀の舞のことなどでゴタゴタしていてとっくに侯爵家での出来事は過去の出来事だった。
ちょうど一週間前には王宮でカーマリング侯爵も見かけたが、あまり関わり合いになりたくなくて、彼のことは避けていた。
「心配なことですけど、事情もわかりませんし、こちらには来ていないのですから、仕方ありませんね。一体我が家に来ているなどと、どうして思ったでしょう」
子爵が留守の夜の不意の来客にアンジェリーナ様は身構えていらっしゃったが、何もできることはない。
「ご苦労様でした。警護の者達には悪いけれど、邸の周りを巡回して、不振な人物が……ミレーヌ嬢がいないか確認しておいてください。何もなければいいけれど……」
「私も行った方がいいでしょうか?他の皆さんはミレーヌ嬢の顔を知りませんし」
私が申し出るとアンジェリーナ様は一瞬考え、頷いた。
「そうですね。でも、必ずいるとは限りません」
「わかっております」
「何もなければジベルに報告だけして解散ということで、皆さんも休んでもらってください」
アンジェリーナ様の部屋から出て、ハレス邸の他の夜勤の護衛の人達と周囲を巡回したが、ミレーヌ嬢どころか猫の子一匹見つからなかった。
1
お気に入りに追加
1,935
あなたにおすすめの小説
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
目が覚めたら夫と子供がいました
青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。
1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。
「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」
「…あなた誰?」
16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。
シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。
そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。
なろう様でも同時掲載しています。
婚約破棄された侯爵令嬢は、元婚約者の側妃にされる前に悪役令嬢推しの美形従者に隣国へ連れ去られます
葵 遥菜
恋愛
アナベル・ハワード侯爵令嬢は婚約者のイーサン王太子殿下を心から慕い、彼の伴侶になるための勉強にできる限りの時間を費やしていた。二人の仲は順調で、結婚の日取りも決まっていた。
しかし、王立学園に入学したのち、イーサン王太子は真実の愛を見つけたようだった。
お相手はエリーナ・カートレット男爵令嬢。
二人は相思相愛のようなので、アナベルは将来王妃となったのち、彼女が側妃として召し上げられることになるだろうと覚悟した。
「悪役令嬢、アナベル・ハワード! あなたにイーサン様は渡さない――!」
アナベルはエリーナから「悪」だと断じられたことで、自分の存在が二人の邪魔であることを再認識し、エリーナが王妃になる道はないのかと探り始める――。
「エリーナ様を王妃に据えるにはどうしたらいいのかしらね、エリオット?」
「一つだけ方法がございます。それをお教えする代わりに、私と約束をしてください」
「どんな約束でも守るわ」
「もし……万が一、王太子殿下がアナベル様との『婚約を破棄する』とおっしゃったら、私と一緒に隣国ガルディニアへ逃げてください」
これは、悪役令嬢を溺愛する従者が合法的に推しを手に入れる物語である。
※タイトル通りのご都合主義なお話です。
※他サイトにも投稿しています。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
村娘になった悪役令嬢
枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。
ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。
村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。
※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります)
アルファポリスのみ後日談投稿しております。
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる