上 下
210 / 266

208 懐かしい人々

しおりを挟む
次の日、私は師匠と共に街に出た。

ウィリアムさんは仕事に出掛け、マシューさんは一通り任務の報告も終わり奥さんの待つ夏離宮のある町へ帰っていった。

「確か……こっちだったかなぁ」

師匠がお礼を言いたいと子爵邸へ帰るついでに、私が最初に世話になった「月下の花」へと行くと言い出したからだった。

「お前……方向音痴だったのか」

ウィリアムさんの家から舞屋まで久しく通っていなかったのと目印にしていた店が変わっていて、何人か聞き込みをしながら街を歩いた。

「………王都が広くて道が複雑し過ぎるんです」

そう言いながら何とか舞屋に辿り着く。
キルヒライル様の護衛になって、そのまま公爵領に向かったため実に数ヶ月ぶりだった。

「師匠は私が紹介するまでここで待ってて下さい。いきなり玄関に師匠が立っていたら腰を抜かしますから」

ここへ来る間も何人かに遠巻きにされていたことを思い出して注意する。

「わかってる」

自覚があるのか師匠も文句を言わず扉の陰で待機する。

「ごめんください」

声をかけ扉を叩くと中から返事がした。声の様子からティータさんだと思われた。

「どちら様かしら?」

目の高さに取り付けられた覗き窓から二つの目が覗く。

「ご無沙汰しております。ローリィです」

覗いた二つの目に向かってお辞儀をして名を告げると、その目が大きくて見開かれ、次に何度も激しく瞬きをした。

「ロ……」

そう言って覗き窓がぱたりと閉じてバタバタと奥へ走っていく音がしたかと思ったら、中から複数の足音と騒がしく叫ぶ声がしてバァンと扉が大きく開かれた。

「うそぉ!!」「ほんとにローリィ?」「やだ」

現れたのはミリィ、フラー、カーラ。それから遅れてティータさん。

「あんたたち、私を追い越して行くなんて」

「皆さん、お元気でしたか?」

「わぁーん、ローリィ!会いたかったよぉ」
「急に出ていっちゃうんだもん」

最初にミリィ、それからほぼ同時にフラーとカーラががばっと私に飛びかかってきた。

「く、苦しい」

三人に羽交い締めにされて思わず声を洩らす。

「こら、あんたたち、ローリィが困ってるじゃないか」

ティータさんが皆を嗜め一人一人私から剥がしにかかる。

最後にミリィが離れるとティータさんがぎゅっと私に抱きつく。

「ずるい、お母さん」
「うるさい、こんな時は年長者に譲るものだよ」
「あ、あの……ティータさん」

皆で口々に言い合うのを無理矢理話を遮り声をかける。

「実は……一人で来たわけではないんです。紹介したい人がいまして」
「紹介したい人?」
「まさか、ローリィ……恋人を連れてきたの」
「きゃあ!いやだ」

ミリィが言い出し皆がまた喚きだした。

「誰よ!どこにいるの!どんなお金持ちで男前でも許さないから」

キョロキョロ見渡し周囲を窺う彼女たちの視線が殺気立つ。

「え!」

その視線の先に扉から死角となった位置に立つ師匠の姿を認めて皆が凍り付く。

「こちら、私の師匠で、モーリス・ドルグランとおっしゃいます」
「弟子のローリィがお世話になりました」

私の背後に立ち扉を塞ぐようにそびえ立つ師匠を見上げ、皆がぴたりと口を閉じた。

「あ、えっと………舞屋の主……ティータ……です」

さすが年の功。ひきつりながらもティータさんが名前を名乗った。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

運命の歯車が壊れるとき

和泉鷹央
恋愛
 戦争に行くから、君とは結婚できない。  恋人にそう告げられた時、子爵令嬢ジゼルは運命の歯車が傾いで壊れていく音を、耳にした。    他の投稿サイトでも掲載しております。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

かわいがっているネズミが王子様だと知ったとたんに可愛くなくなりました

ねむ太朗
恋愛
伯爵令嬢のアネモネは金色のネズミを見つけ、飼う事にした。 しかし、金色のネズミは第三王子のロイアン殿下だった。 「頼む! 俺にキスをしてくれ」 「えっ、無理です」 真実の愛のキスで人間に戻れるらしい…… そんなおとぎ話みたいな事ある訳ないわよね……? 作者おばかの為、設定ゆるめです。

非処女は聖女にあらず?

ことりちゃん
恋愛
パン職人の私『桜乃川りり』は仕事帰りに異世界召喚とやらに巻き込まれてしまいまして・・・ で、こちらの世界には人それぞれステータスというものがあるらしくて、私のはこうなってました。 ででん! ============== ステータス:***(非処女) MP:*** 特記事項:*** ============== これ、どう思う? 他の情報は伏字なのにカッコ書きのとこ、どうしてそこだけオープンにしたんでしょうね? どうせなら全て伏せとけば良かったんじゃないの?って私は思うんですよ。 と、まぁ初っ端からこんな感じでイヤな目に遭いながらも、可愛い男の子に癒されたり、イケメンを眺めたりしながら、そして結局は好きなパンを作ったり焼いたりしながら日々なんとか過ごしています。 そんな私の異世界暮らしを良かったらどうぞ覗いてみてください。

転生したら攻略対象者の母親(王妃)でした

黒木寿々
恋愛
我儘な公爵令嬢リザベル・フォリス、7歳。弟が産まれたことで前世の記憶を思い出したけど、この世界って前世でハマっていた乙女ゲームの世界!?私の未来って物凄く性悪な王妃様じゃん! しかもゲーム本編が始まる時点ですでに亡くなってるし・・・。 ゲームの中ではことごとく酷いことをしていたみたいだけど、私はそんなことしない! 清く正しい心で、未来の息子(攻略対象者)を愛でまくるぞ!!! *R15は保険です。小説家になろう様でも掲載しています。

婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~

tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!! 壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは??? 一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

乙女ゲーのモブデブ令嬢に転生したので平和に過ごしたい

ゆの
恋愛
私は日比谷夏那、18歳。特に優れた所もなく平々凡々で、波風立てずに過ごしたかった私は、特に興味のない乙女ゲームを友人に強引に薦められるがままにプレイした。 だが、その乙女ゲームの各ルートをクリアした翌日に事故にあって亡くなってしまった。 気がつくと、乙女ゲームに1度だけ登場したモブデブ令嬢に転生していた!!特にゲームの影響がない人に転生したことに安堵した私は、ヒロインや攻略対象に関わらず平和に過ごしたいと思います。 だけど、肉やお菓子より断然大好きなフルーツばっかりを食べていたらいつの間にか痩せて、絶世の美女に…?! 平和に過ごしたい令嬢とそれを放って置かない攻略対象達の平和だったり平和じゃなかったりする日々が始まる。

処理中です...