上 下
195 / 266

193 二人の侯爵

しおりを挟む
領地から戻って1ヶ月、未だエリゼ宮に籠ったままの王弟。
そして距離を取る国王と王弟。
弟は兄を慕い、兄は弟を慈しむことで有名だった。
六年の間、マイン国へ行ったきりだった時期を除き、常に国王兄弟は仲が良かった。

噂によれば何か女性に関することで二人は揉めたと言うが、国王夫妻は常に仲睦まじい。
と、すれば王弟の女性問題か?

これまで王弟には浮いた噂がなかっただけに、それも疑わしい。

「カーマリング侯爵こそ、陛下から何かお聞きになっているのではないですか?」

祝賀行事の諸々について朝議に出す前から先に国王へ事前相談に行っている。
その際にもっと詳しいことを聞いているのでは、とルードリヒ侯爵は思っているのだろう。

「いえ、特には」

正直に答える。

体調をみながら出席を考慮する。朝議で国王が話したこと以外は特別な説明は何もされていない。

「……そうですか」

その答えに嘘偽りがないか探っているかのようにルードリヒ侯爵はカーマリング侯爵の瞳を見つめていたが、嘘が込められていないと悟ったのか視線を外してため息混じりに呟いた。

当てが外れてがっかりしたような口ぶりにカーマリング侯爵は少し気分を害した。

「殿下の容態について卿の方こそ何か知っておられるのですか」
「……少し噂を耳にしたものですから」
「噂?」
「気になりますか?」

自分の知らない情報を持っていることに優越感を滲ませる言い方に益々カーマリング侯爵は腹を立てる。

「根も葉もない宮中内で囁かれる噂など、暇な人間のすること」
「それが、噂は王宮内からではないのです」
「それはどういう……」
「実は我が家に少し前から客人を招いておりまして、話はその客人から聞いたことです」
「どのような客人が、殿下の容態について高位貴族の我々ですら知らされていないことを知っていると言うのですか」

そして何故ルードリヒ侯爵のところに。カーマリング侯爵の心に不信感が芽生えた。
それが表情に表れていたかどうかはわからない。

「その噂が真実だと、卿は信じていらっしゃるのか?」

内容はわからないがルードリヒ侯爵に取ってそれが真実だと確信する何かがあるのだろうと思った。

「一度我が家にお越しになりませんか。ご紹介しますよ。明日にでも」
「明日は……」
「先約でも?」
「娘のことでちょっと……」
「ご令嬢の?そう言えばもう社交界に出てもいい年頃ですね」
「よくご存知で……年が明けたらデビューです」

カーマリング侯爵はこれまであまり娘のことを話題にしてこなかった。
息子たちは部署は違っても立派に文官として勤めている。こちらから敢えて吹聴しなくても耳に入る息子たちの評判はなかなかのものだ。

だが、娘は。同じ年頃の他の令嬢とあまりにかけ離れているその動向に、夫婦で頭を悩ませ息子たちは我関せずを決め込んでいる。

最低限の付き合いでこれまで誤魔化してきたが、年が明け社交界デビューしてしまえばそうも言っていられない。破天荒な性格がばれ婚期が遅れることを心配している。誰が好き好んで剣を振り回す娘を嫁にしたいと思うか。
娘には今の自分がどれ程親不孝か気づいていないのだ。

「卿のご令嬢なら、デビューすればさぞや求婚者が列を成すでしょう」
「さ、さあ………どうでしょうか。甘やかすばかりでろくな礼儀作法も身に付けておらずお恥ずかしい限りです」

自分から話を持ち出しておきながら、娘の話をこれ以上続けて何か失態を口にしないかと侯爵はヒヤヒヤする。

「年頃のお嬢様を持つと我々男親は大変ですね」
「そ、そうなのです。まったく何を考えているのか。妻は元々他人ですが、半分血が繋がっているのに 男親からすれば娘はまるで未知の生き物です」

ハハハとわざとらしい笑いで誤魔化す。

「我が家には娘はおりませんが、二年前に成人した息子がおります。跡継ぎですがまだ結婚相手も決まっておりません。どうです?一度奥方と共に我が家へ。こちらからお伺いしても構いませんし」
「そ、それは……」

カーマリング侯爵は脳裏にルードリヒ侯爵の息子の姿を思い浮かべる。

誰もが認める美男子とは言えないがそれなりに顔立ちの整った青年で、中肉中背で真面目な印象だったと記憶している。

「確か……近衛騎士団に」

「第一近衛騎士団に所属しております。まだ階級は小隊長程度ですが」

侯爵の頭のなかでカチカチと損得の算段が働いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

不貞の末路《完結》

アーエル
恋愛
不思議です 公爵家で婚約者がいる男に侍る女たち 公爵家だったら不貞にならないとお思いですか?

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

(完)妹の子供を養女にしたら・・・・・・

青空一夏
恋愛
私はダーシー・オークリー女伯爵。愛する夫との間に子供はいない。なんとかできるように努力はしてきたがどうやら私の身体に原因があるようだった。 「養女を迎えようと思うわ・・・・・・」 私の言葉に夫は私の妹のアイリスのお腹の子どもがいいと言う。私達はその産まれてきた子供を養女に迎えたが・・・・・・ 異世界中世ヨーロッパ風のゆるふわ設定。ざまぁ。魔獣がいる世界。

実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~

空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」 氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。 「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」 ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。 成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。

妹がいなくなった

アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。 メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。 お父様とお母様の泣き声が聞こえる。 「うるさくて寝ていられないわ」 妹は我が家の宝。 お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。 妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?

私が死ねば楽になれるのでしょう?~愛妻家の後悔~

希猫 ゆうみ
恋愛
伯爵令嬢オリヴィアは伯爵令息ダーフィトと婚約中。 しかし結婚準備中オリヴィアは熱病に罹り冷酷にも婚約破棄されてしまう。 それを知った幼馴染の伯爵令息リカードがオリヴィアへの愛を伝えるが…  【 ⚠ 】 ・前半は夫婦の闘病記です。合わない方は自衛のほどお願いいたします。 ・架空の猛毒です。作中の症状は抗生物質の発明以前に猛威を奮った複数の症例を参考にしています。尚、R15はこの為です。

処理中です...