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197 再びの侯爵家
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初めてカーマリング侯爵の家を訪れてから二日後、私は再びアンジェリーナ様と侯爵家の門を潜った。
事情を聞いてハレス子爵も同行をしてくれると言ってくれたが、侯爵家からは色好い返事がもらえなかった。
侯爵家に着くとすぐに中庭に面するテラスへ案内された。
そこには既に侯爵夫妻が初めて招かれた時に座っていた椅子に座って待ち構えていた。
「お前が女護衛か……ふん、格好だけは一人前だな」
アンジェリーナ様が挨拶する間も私を睨み付けていた侯爵は立ち上がりもせず憎々しげに言いはなった。
いつもこんな風なのか、それとも私に苛立っているのか。
「この度はわざわざお時間をいただきありがとうございます」
しかしこの場に当のミレーヌ嬢がいないことに小首を傾げていると、侯爵の声が飛んできた。
「勘違いするな。お前の相手は娘ではない」
「それは……」
「例え我が家の敷地内と言えど剣の打ち合いをしたと噂が流れては娘の縁談に差し障る」
昨日、ルードリヒ侯爵から縁談話を持ちかけられて彼は考え直していた。
非公式とは言え、娘が剣を振り回したという話が漏れては元も子もないと思い至った。
いくら注意しても人の口に戸は立てられない。
使用人の口から口へ、噂は尾ひれがついて広がる。
「娘は上の部屋から見学させる」
そう言われてその場から上を見上げると、窓にへばりつくようにしてこちらを見下ろすミレーヌ嬢がいた。
アンジェリーナ様も同じように見上げる。
両脇をがっちりと男二人に掴まれ、何やら喚いているのが見える。
「気が変わって止めると言うなら聞き入れてもいいぞ。止めたからといって責めたりはせん」
嘲るような言い方だった。
実際、平民で女と言うとこで私を嘗めているのだ。
「アンジェリーナ様………」
「あなたの好きなようになさい」
どうするべきか訊ねる私に、肩越しに振り返ったアンジェリーナ様が言った。
貴族に生まれ貴族社会の中で育ったアンジェリーナ様でさえ、侯爵夫妻のやりように怒りを覚えている。
「予定どおりお願いします」
これで引き下がるだろうと予想していたのか侯爵夫妻が意外そうな顔をした。
「後悔するなよ」
「いたしません。その変わり、私が万が一勝った時にはお嬢様のこと、認めて頂けますか」
「ふん、使用人風情が侯爵の私に交渉事か。立場をわきまえろ!こうして立ち会いの機会を設けてやっただけ有難いと思え。お前ごときに私と対等に交渉する資格などないわ!」
最初から娘に親の理想を押し付けるだけで認めるつもりなどなかったという侯爵の発言だった。
ならどうしてこの場を設けたのか。
私が勝てるなど天地が引っくり返ってもないと踏んでいるのだ。
モーリス師匠に鍛えられた私だ。絶対に勝てるとは保証できないが侯爵が思う以上に実力はあると自負している。
まして侯爵は私を侮り怒りを煽るという二重の失態を犯した。
用意している相手も適当な所で見繕っているだろう。
「クラウスを呼んでこい」
「……あなた。ハンスでは」
「クラウスだ」
側に控える執事に侯爵が命令する。
黙って執事はお辞儀をしてその場を離れた。
「何かあったのかしら」
夫人の戸惑いを見てアンジェリーナ様が耳打ちする。
クラウスだ。ハンスだ。と言っていたようだ。
「恐らく最初、私の相手はハンスという方でお二人の中で話ができていたのでしょう」
「でも呼んでくるように言ったのはクラウスという人よね」
「侯爵の考えが変わったのでしょう」
侯爵の中でクラウスという人物はハンスという人物より腕が立つか落ちるのだろう。
果たしてどちらなのか。
どちらであれ、私は全力を尽くすだけだ。
「少し準備をさせていただいてもよろしいでしょうか」
「好きにしろ」
侯爵に断りを入れてから私はテラスから庭へと移動した。
事情を聞いてハレス子爵も同行をしてくれると言ってくれたが、侯爵家からは色好い返事がもらえなかった。
侯爵家に着くとすぐに中庭に面するテラスへ案内された。
そこには既に侯爵夫妻が初めて招かれた時に座っていた椅子に座って待ち構えていた。
「お前が女護衛か……ふん、格好だけは一人前だな」
アンジェリーナ様が挨拶する間も私を睨み付けていた侯爵は立ち上がりもせず憎々しげに言いはなった。
いつもこんな風なのか、それとも私に苛立っているのか。
「この度はわざわざお時間をいただきありがとうございます」
しかしこの場に当のミレーヌ嬢がいないことに小首を傾げていると、侯爵の声が飛んできた。
「勘違いするな。お前の相手は娘ではない」
「それは……」
「例え我が家の敷地内と言えど剣の打ち合いをしたと噂が流れては娘の縁談に差し障る」
昨日、ルードリヒ侯爵から縁談話を持ちかけられて彼は考え直していた。
非公式とは言え、娘が剣を振り回したという話が漏れては元も子もないと思い至った。
いくら注意しても人の口に戸は立てられない。
使用人の口から口へ、噂は尾ひれがついて広がる。
「娘は上の部屋から見学させる」
そう言われてその場から上を見上げると、窓にへばりつくようにしてこちらを見下ろすミレーヌ嬢がいた。
アンジェリーナ様も同じように見上げる。
両脇をがっちりと男二人に掴まれ、何やら喚いているのが見える。
「気が変わって止めると言うなら聞き入れてもいいぞ。止めたからといって責めたりはせん」
嘲るような言い方だった。
実際、平民で女と言うとこで私を嘗めているのだ。
「アンジェリーナ様………」
「あなたの好きなようになさい」
どうするべきか訊ねる私に、肩越しに振り返ったアンジェリーナ様が言った。
貴族に生まれ貴族社会の中で育ったアンジェリーナ様でさえ、侯爵夫妻のやりように怒りを覚えている。
「予定どおりお願いします」
これで引き下がるだろうと予想していたのか侯爵夫妻が意外そうな顔をした。
「後悔するなよ」
「いたしません。その変わり、私が万が一勝った時にはお嬢様のこと、認めて頂けますか」
「ふん、使用人風情が侯爵の私に交渉事か。立場をわきまえろ!こうして立ち会いの機会を設けてやっただけ有難いと思え。お前ごときに私と対等に交渉する資格などないわ!」
最初から娘に親の理想を押し付けるだけで認めるつもりなどなかったという侯爵の発言だった。
ならどうしてこの場を設けたのか。
私が勝てるなど天地が引っくり返ってもないと踏んでいるのだ。
モーリス師匠に鍛えられた私だ。絶対に勝てるとは保証できないが侯爵が思う以上に実力はあると自負している。
まして侯爵は私を侮り怒りを煽るという二重の失態を犯した。
用意している相手も適当な所で見繕っているだろう。
「クラウスを呼んでこい」
「……あなた。ハンスでは」
「クラウスだ」
側に控える執事に侯爵が命令する。
黙って執事はお辞儀をしてその場を離れた。
「何かあったのかしら」
夫人の戸惑いを見てアンジェリーナ様が耳打ちする。
クラウスだ。ハンスだ。と言っていたようだ。
「恐らく最初、私の相手はハンスという方でお二人の中で話ができていたのでしょう」
「でも呼んでくるように言ったのはクラウスという人よね」
「侯爵の考えが変わったのでしょう」
侯爵の中でクラウスという人物はハンスという人物より腕が立つか落ちるのだろう。
果たしてどちらなのか。
どちらであれ、私は全力を尽くすだけだ。
「少し準備をさせていただいてもよろしいでしょうか」
「好きにしろ」
侯爵に断りを入れてから私はテラスから庭へと移動した。
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