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190 お転婆侯爵令嬢

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「我が家はご存知のとおり夫は文官、上の二人の息子もそれぞれ部署は違えど王宮に文官として勤めております。あなたのご夫君のように武官として仕えるのが悪いと言っているわけではありませんが、 カーマリング家は代々そうやって国のために忠義を尽くしてきました。なのにこの子ときたら………小さい頃から誰に似たのか元気が過ぎるとは思っておりましたが、まさか私たちに隠れて使用人相手に剣術の真似事などしているとは」
「真似事などではありません!私はちゃんと…」
「黙りなさい!あんなものは子どものお遊び以下です!侯爵家の娘が手の平にマメなど!恥ずかしいと思いなさい!」

反論の機会すら与えられずミレーヌ嬢は不満そうに押し黙った。言葉では母親には勝てないと悟っているのだろう。

「一度は諦めさせて普通の令嬢らしく読書や刺繍、ピアノにと取り組ませたのに、我が家にいらした客人からあなたの噂を聞いて、また悪い虫が騒ぎだしたのです。同じ女性で立派に護衛をしている人もいるのだから、自分も、とね。年明けの社交界デビューに向けてそろそろ最後の仕上げにかからねばならないと言うのに……」

こめかみに指を当てて夫人が困り果てたように呟く。

「あなたも女の身で何を思ってそのようなことをされているかわかりませんが、女が殿方と同じように張り合うなど愚かなことです。あなたはたまたまそのような仕事に就かざるをえなかったかもしれませんが、それがどんなにバカらしいことか、どんなに大変なことか、あなたの口からこの子に教えてやって欲しいのです」

夫人は私が他に生きる手立てがなかったから護衛をやっているのだと決めつけて話を続ける。
護衛は男の仕事。女が入り込むなど言語道断と言いたいのだろう。
隣で黙って座るミレーヌ嬢の表情が強張り、小刻みに震えているのにもまるで気付かない。
親に意見を押し付けられ必死に抵抗しようとしているのだとわかる。

でも素直に従うところは深窓の令嬢らしい。
母親に一喝されて何も言えないのも育ちがいいからだろう。

侯爵には会ったことはないが、長子が跡を継ぐものだと言っている夫である侯爵も、きっと同じ意見かもしれない。

ちらりとアンジェリーナ様の様子を見ると、表面上は穏やかに見えるが、膝の上に置いた手がスカートの生地を掴んだり放したりしている。

娘が……しかも貴族の令嬢が武芸を習いたいと言い出したならこれが普通の反応と言える。

戸惑いながらもモーリス師匠をつけてくれた両親がいかに寛容だったことかと改めて感謝した。

「親の言うとおりに行儀見習いだけをしていれば、そのうち立派な殿方と結婚して幸せになれるというのに、なぜわざわざ難しい道を行こうとするのですか。何が不満なのですか」

夫人の言葉は意地が悪いわけではなく、一般的な貴族の親なら誰でも思うことだと思う。
侯爵家の娘ともなれば、まして母親譲りの器量があれば、社交界デビューとともにすぐに相手も見つかるだろう。
今のような性格だと知られなければ、という条件つきではあるが。

「私……や、やってみないとわからないではないですか!現に女性でも腕を買われて護衛をされているではないですか、わ、私だってやればできる力はあります」

そう言って何故か私を期待と羨望の眼差しで見つめる。
その横から夫人が余計なことは言うなと無言の威圧をかけてくる。

やりにくい。

「私は両親を亡くし天涯孤独となったので心機一転王都にやってまいりました。幸い良き出会いに恵まれこうやって現在ハレス子爵様の所でお世話になっております。女でも私に武芸を嗜ませてくれた両親のおかげだと思っております。私のように自分で自分の身を立てなければならない者にとっては武術であれ何であれ、何かしらの技術を身に付けておくことは無駄ではないと思いますが、お嬢様のようにご立派なご両親がいてお兄様もいらっしゃるお立場なら、その必要はないのではありませんか?」
「そうですよ。彼女の言うとおりです。やはり彼女とあなたでは境遇が違いすぎます。それに、社交界に出ていずれどこかのご子息に嫁ぐあなたに、剣の腕など必要のないものです」

私の発言に夫人は気をよくしたようだ。

「人には生まれ持った性分というものがあります。お嬢様が一般的な貴族の令嬢が嗜むものより体を動かしたり剣術を好まれることを悪いこととは思いませんが、ご両親に反抗してでも貫く気合いがないなら、諦められた方がいいと思います」

少しきつい言い方だったかとは思うが、ミレーヌ嬢の態度は思春期特有の反抗心でしかない。

きっと彼女は私に味方になって欲しかったのだろう。
厳しいことを私の口から言われ、ミレーヌ嬢は今にも泣きそうになっている。

助けになってあげたいが、私には彼女の助けになる身分も何もない。

「厳しいことを言って申し訳ありません」

気が引けてついつい謝ってしまった。
でもこれくらいで引くようではこの先やっていくことはできない。
私でさえ獣を殺したことはあっても人を殺したことがないため、甘いと言われているのだから。

「いえ、はっきり言っていただけてこの子も目が覚めたことと思いますわ。思春期特有の反抗だと思えば仕方がないわね。年が明ければ大人の仲間入りなのだし、もうそろそろ無駄な反抗はやめましょう」

対する夫人は娘の肩に手を置きご機嫌な様子だ。

「わ、わたし………」

「ミレーヌ?」

ミレーヌ嬢は肩に置かれた母親の手を振り払い睨み付け、それから私にむかってきつい視線を向けた。

「あなたならわかってくれると思ったのに、ひどい!」
「ミレーヌ!」

立ち上がって座っていた椅子をガタンと倒しミレーヌ嬢が叫び、まだ少し温かいお茶の入った茶器を私に投げつけた。

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