192 / 266
190 お転婆侯爵令嬢
しおりを挟む
「我が家はご存知のとおり夫は文官、上の二人の息子もそれぞれ部署は違えど王宮に文官として勤めております。あなたのご夫君のように武官として仕えるのが悪いと言っているわけではありませんが、 カーマリング家は代々そうやって国のために忠義を尽くしてきました。なのにこの子ときたら………小さい頃から誰に似たのか元気が過ぎるとは思っておりましたが、まさか私たちに隠れて使用人相手に剣術の真似事などしているとは」
「真似事などではありません!私はちゃんと…」
「黙りなさい!あんなものは子どものお遊び以下です!侯爵家の娘が手の平にマメなど!恥ずかしいと思いなさい!」
反論の機会すら与えられずミレーヌ嬢は不満そうに押し黙った。言葉では母親には勝てないと悟っているのだろう。
「一度は諦めさせて普通の令嬢らしく読書や刺繍、ピアノにと取り組ませたのに、我が家にいらした客人からあなたの噂を聞いて、また悪い虫が騒ぎだしたのです。同じ女性で立派に護衛をしている人もいるのだから、自分も、とね。年明けの社交界デビューに向けてそろそろ最後の仕上げにかからねばならないと言うのに……」
こめかみに指を当てて夫人が困り果てたように呟く。
「あなたも女の身で何を思ってそのようなことをされているかわかりませんが、女が殿方と同じように張り合うなど愚かなことです。あなたはたまたまそのような仕事に就かざるをえなかったかもしれませんが、それがどんなにバカらしいことか、どんなに大変なことか、あなたの口からこの子に教えてやって欲しいのです」
夫人は私が他に生きる手立てがなかったから護衛をやっているのだと決めつけて話を続ける。
護衛は男の仕事。女が入り込むなど言語道断と言いたいのだろう。
隣で黙って座るミレーヌ嬢の表情が強張り、小刻みに震えているのにもまるで気付かない。
親に意見を押し付けられ必死に抵抗しようとしているのだとわかる。
でも素直に従うところは深窓の令嬢らしい。
母親に一喝されて何も言えないのも育ちがいいからだろう。
侯爵には会ったことはないが、長子が跡を継ぐものだと言っている夫である侯爵も、きっと同じ意見かもしれない。
ちらりとアンジェリーナ様の様子を見ると、表面上は穏やかに見えるが、膝の上に置いた手がスカートの生地を掴んだり放したりしている。
娘が……しかも貴族の令嬢が武芸を習いたいと言い出したならこれが普通の反応と言える。
戸惑いながらもモーリス師匠をつけてくれた両親がいかに寛容だったことかと改めて感謝した。
「親の言うとおりに行儀見習いだけをしていれば、そのうち立派な殿方と結婚して幸せになれるというのに、なぜわざわざ難しい道を行こうとするのですか。何が不満なのですか」
夫人の言葉は意地が悪いわけではなく、一般的な貴族の親なら誰でも思うことだと思う。
侯爵家の娘ともなれば、まして母親譲りの器量があれば、社交界デビューとともにすぐに相手も見つかるだろう。
今のような性格だと知られなければ、という条件つきではあるが。
「私……や、やってみないとわからないではないですか!現に女性でも腕を買われて護衛をされているではないですか、わ、私だってやればできる力はあります」
そう言って何故か私を期待と羨望の眼差しで見つめる。
その横から夫人が余計なことは言うなと無言の威圧をかけてくる。
やりにくい。
「私は両親を亡くし天涯孤独となったので心機一転王都にやってまいりました。幸い良き出会いに恵まれこうやって現在ハレス子爵様の所でお世話になっております。女でも私に武芸を嗜ませてくれた両親のおかげだと思っております。私のように自分で自分の身を立てなければならない者にとっては武術であれ何であれ、何かしらの技術を身に付けておくことは無駄ではないと思いますが、お嬢様のようにご立派なご両親がいてお兄様もいらっしゃるお立場なら、その必要はないのではありませんか?」
「そうですよ。彼女の言うとおりです。やはり彼女とあなたでは境遇が違いすぎます。それに、社交界に出ていずれどこかのご子息に嫁ぐあなたに、剣の腕など必要のないものです」
私の発言に夫人は気をよくしたようだ。
「人には生まれ持った性分というものがあります。お嬢様が一般的な貴族の令嬢が嗜むものより体を動かしたり剣術を好まれることを悪いこととは思いませんが、ご両親に反抗してでも貫く気合いがないなら、諦められた方がいいと思います」
少しきつい言い方だったかとは思うが、ミレーヌ嬢の態度は思春期特有の反抗心でしかない。
きっと彼女は私に味方になって欲しかったのだろう。
厳しいことを私の口から言われ、ミレーヌ嬢は今にも泣きそうになっている。
助けになってあげたいが、私には彼女の助けになる身分も何もない。
「厳しいことを言って申し訳ありません」
気が引けてついつい謝ってしまった。
でもこれくらいで引くようではこの先やっていくことはできない。
私でさえ獣を殺したことはあっても人を殺したことがないため、甘いと言われているのだから。
「いえ、はっきり言っていただけてこの子も目が覚めたことと思いますわ。思春期特有の反抗だと思えば仕方がないわね。年が明ければ大人の仲間入りなのだし、もうそろそろ無駄な反抗はやめましょう」
対する夫人は娘の肩に手を置きご機嫌な様子だ。
「わ、わたし………」
「ミレーヌ?」
ミレーヌ嬢は肩に置かれた母親の手を振り払い睨み付け、それから私にむかってきつい視線を向けた。
「あなたならわかってくれると思ったのに、ひどい!」
「ミレーヌ!」
立ち上がって座っていた椅子をガタンと倒しミレーヌ嬢が叫び、まだ少し温かいお茶の入った茶器を私に投げつけた。
「真似事などではありません!私はちゃんと…」
「黙りなさい!あんなものは子どものお遊び以下です!侯爵家の娘が手の平にマメなど!恥ずかしいと思いなさい!」
反論の機会すら与えられずミレーヌ嬢は不満そうに押し黙った。言葉では母親には勝てないと悟っているのだろう。
「一度は諦めさせて普通の令嬢らしく読書や刺繍、ピアノにと取り組ませたのに、我が家にいらした客人からあなたの噂を聞いて、また悪い虫が騒ぎだしたのです。同じ女性で立派に護衛をしている人もいるのだから、自分も、とね。年明けの社交界デビューに向けてそろそろ最後の仕上げにかからねばならないと言うのに……」
こめかみに指を当てて夫人が困り果てたように呟く。
「あなたも女の身で何を思ってそのようなことをされているかわかりませんが、女が殿方と同じように張り合うなど愚かなことです。あなたはたまたまそのような仕事に就かざるをえなかったかもしれませんが、それがどんなにバカらしいことか、どんなに大変なことか、あなたの口からこの子に教えてやって欲しいのです」
夫人は私が他に生きる手立てがなかったから護衛をやっているのだと決めつけて話を続ける。
護衛は男の仕事。女が入り込むなど言語道断と言いたいのだろう。
隣で黙って座るミレーヌ嬢の表情が強張り、小刻みに震えているのにもまるで気付かない。
親に意見を押し付けられ必死に抵抗しようとしているのだとわかる。
でも素直に従うところは深窓の令嬢らしい。
母親に一喝されて何も言えないのも育ちがいいからだろう。
侯爵には会ったことはないが、長子が跡を継ぐものだと言っている夫である侯爵も、きっと同じ意見かもしれない。
ちらりとアンジェリーナ様の様子を見ると、表面上は穏やかに見えるが、膝の上に置いた手がスカートの生地を掴んだり放したりしている。
娘が……しかも貴族の令嬢が武芸を習いたいと言い出したならこれが普通の反応と言える。
戸惑いながらもモーリス師匠をつけてくれた両親がいかに寛容だったことかと改めて感謝した。
「親の言うとおりに行儀見習いだけをしていれば、そのうち立派な殿方と結婚して幸せになれるというのに、なぜわざわざ難しい道を行こうとするのですか。何が不満なのですか」
夫人の言葉は意地が悪いわけではなく、一般的な貴族の親なら誰でも思うことだと思う。
侯爵家の娘ともなれば、まして母親譲りの器量があれば、社交界デビューとともにすぐに相手も見つかるだろう。
今のような性格だと知られなければ、という条件つきではあるが。
「私……や、やってみないとわからないではないですか!現に女性でも腕を買われて護衛をされているではないですか、わ、私だってやればできる力はあります」
そう言って何故か私を期待と羨望の眼差しで見つめる。
その横から夫人が余計なことは言うなと無言の威圧をかけてくる。
やりにくい。
「私は両親を亡くし天涯孤独となったので心機一転王都にやってまいりました。幸い良き出会いに恵まれこうやって現在ハレス子爵様の所でお世話になっております。女でも私に武芸を嗜ませてくれた両親のおかげだと思っております。私のように自分で自分の身を立てなければならない者にとっては武術であれ何であれ、何かしらの技術を身に付けておくことは無駄ではないと思いますが、お嬢様のようにご立派なご両親がいてお兄様もいらっしゃるお立場なら、その必要はないのではありませんか?」
「そうですよ。彼女の言うとおりです。やはり彼女とあなたでは境遇が違いすぎます。それに、社交界に出ていずれどこかのご子息に嫁ぐあなたに、剣の腕など必要のないものです」
私の発言に夫人は気をよくしたようだ。
「人には生まれ持った性分というものがあります。お嬢様が一般的な貴族の令嬢が嗜むものより体を動かしたり剣術を好まれることを悪いこととは思いませんが、ご両親に反抗してでも貫く気合いがないなら、諦められた方がいいと思います」
少しきつい言い方だったかとは思うが、ミレーヌ嬢の態度は思春期特有の反抗心でしかない。
きっと彼女は私に味方になって欲しかったのだろう。
厳しいことを私の口から言われ、ミレーヌ嬢は今にも泣きそうになっている。
助けになってあげたいが、私には彼女の助けになる身分も何もない。
「厳しいことを言って申し訳ありません」
気が引けてついつい謝ってしまった。
でもこれくらいで引くようではこの先やっていくことはできない。
私でさえ獣を殺したことはあっても人を殺したことがないため、甘いと言われているのだから。
「いえ、はっきり言っていただけてこの子も目が覚めたことと思いますわ。思春期特有の反抗だと思えば仕方がないわね。年が明ければ大人の仲間入りなのだし、もうそろそろ無駄な反抗はやめましょう」
対する夫人は娘の肩に手を置きご機嫌な様子だ。
「わ、わたし………」
「ミレーヌ?」
ミレーヌ嬢は肩に置かれた母親の手を振り払い睨み付け、それから私にむかってきつい視線を向けた。
「あなたならわかってくれると思ったのに、ひどい!」
「ミレーヌ!」
立ち上がって座っていた椅子をガタンと倒しミレーヌ嬢が叫び、まだ少し温かいお茶の入った茶器を私に投げつけた。
2
お気に入りに追加
1,935
あなたにおすすめの小説
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
一年で死ぬなら
朝山みどり
恋愛
一族のお食事会の主な話題はクレアをばかにする事と同じ年のいとこを褒めることだった。
理不尽と思いながらもクレアはじっと下を向いていた。
そんなある日、体の不調が続いたクレアは医者に行った。
そこでクレアは心臓が弱っていて、余命一年とわかった。
一年、我慢しても一年。好きにしても一年。吹っ切れたクレアは・・・・・
転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?
美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました
市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。
私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?!
しかも婚約者達との関係も最悪で……
まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!
剣聖~約束の花嫁~
冴條玲
ファンタジー
『剣聖』の称号を賭けた剣術大会がシグルド王国で開催されると聞いて、参加することにした十六歳の少女シルクは、死霊術師(ネクロマンサー)が支配する大帝国カムラの皇女様。
何代か前の剣聖の子孫であるシルクは、一応、第二シードであるものの、親類縁者から反則勝ちを期待される間違えました心配されるような、天真爛漫で可憐な美貌の姫君。
優勝候補のメイヴェルに一目惚れしたシルクだったが、甘い恋のときめきにひたる間もなく、第五試合でメイヴェルの弟エヴァディザードにファースト・キスを奪われてしまう。
そのエヴァディザードこそは、神座の霊媒師エンの密命を受けた、砂の国からの略奪者だったのだ。
目には目を、歯には歯を。
今こそ、魔皇レオンに略奪された砂の国の花嫁を略奪し返す時――!
だが待て。
シルクは容姿だけなら国が傾くほどの美貌だけど、中身はしょせん魔皇レオンの娘だぞ、いいのかエヴァよ。
そうか、いいのか。
ならばよし!
ヤンデレお兄様に殺されたくないので、ブラコンやめます!(長編版)
夕立悠理
恋愛
──だって、好きでいてもしかたないもの。
ヴァイオレットは、思い出した。ここは、ロマンス小説の世界で、ヴァイオレットは義兄の恋人をいじめたあげくにヤンデレな義兄に殺される悪役令嬢だと。
って、むりむりむり。死ぬとかむりですから!
せっかく転生したんだし、魔法とか気ままに楽しみたいよね。ということで、ずっと好きだった恋心は封印し、ブラコンをやめることに。
新たな恋のお相手は、公爵令嬢なんだし、王子様とかどうかなー!?なんてうきうきわくわくしていると。
なんだかお兄様の様子がおかしい……?
※小説になろうさまでも掲載しています
※以前連載していたやつの長編版です
傾国の魔女、王子の教育係になる ~愚王に仕立てようと育てたらなぜか有能になったんだけど、どうして……
虎戸リア
恋愛
千年の時を生きる魔女(国を亡ぼすのが趣味)のイルナが、次に目をつけたのは北の小国であるボーウィンだった。彼女は使い魔である鴉のザザと共に巧みに経歴を詐称し王家に取り入れると、ジーク王子の教育係になった。
まだ幼いジークは次期国王候補であり、今から堕落させて愚王に仕立てあげれば、きっと国が面白いように滅びていくだろうとアルナは期待を胸に、ジークや周囲に自分が魔女とバレないようにしつつ〝反教育〟を始めたのだが――
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる